ハッピーバースデー
斜偲泳(ななしの えい)
第1話 サプライズパーティー
殺された未来を救う旅を続けていたある日の事。
久々にバルオキーの村に立ち寄ったアルドは、妹のフィーネに内緒で、旅の仲間達を村はずれの池の前に集めていた。
「さぷらいずぱーてぃー、でござるか?」
アマガエルによく似た侍のサイラスが、つぶらな瞳をぱちぱちと瞬かせて尋ねる。
「あぁ。もうすぐフィーネの誕生日でさ。こっそり準備をして、驚かせてやりたいんだ。それで、出来たらみんなにも手伝って欲しいんだけど……どうかな?」
普段他人の頼み事ばかり聞いているお人よしの好青年は、自分から何かを頼むのは苦手らしい。妹の事を嬉しそうに話しながらも、どこか申し訳なさそうに聞くのだった。
「どうもこうもないわよ」
未来人のエイミは、勝気な瞳をアルドに向けると、不満そうに腰に手をやって胸を突き出す。
「私達にとってもフィーネは大切な仲間よ。その言い方は、ちょっと水臭いんじゃないかしら」
「同感ね」
合成人間のヘレナも、紫色のバイザーの下で、寂しそうに肩をすくめた。
「ソウデスよ! アルドさん!」
汎用アンドロイドのリィカがツインテール型のパーツをグルグル回し。
「フィーネはあたしの親友だもん。ダメだって言われても、勝手に祝っちゃうんだから!」
魔獣の少女のアルテナが悪戯っぽく拳を上げる。
「そういう事でござるよ」
締めくくるように、だみ声のサイラスが頷いた。
「みんな……ありがとう! 本当に嬉しいよ!」
仲間たちの言葉に、アルドは心からの感謝を伝える。
そして、ただ一人、我関せずという風に腕組みをして薄く目を閉じる最後の一人に視線を向けた。
「やっぱりギルドナは、こういうのは抵抗があるかな」
全員の視線が、精悍な顔つきをした魔獣の青年に向けられる。
今でこそ共に旅をしているが、かつての彼は魔獣王を名乗り、魔獣を率いて人間と生存権を争っていた。あれから様々な出来事があったとは言え、過去が消えてなくなったわけではない。
ギルドナは黙して語らない。その姿は、眠っているようにも見え、怒っているようにも見える。
それでも、アルドは対話を止めようとはしなかった。
「出来れば俺は、ギルドナにも祝って貰いたいと思ってる。勝手な事を言っているの分かってるけど。そうしてくれたら、フィーネの奴、きっとすごく喜ぶと思うんだ」
誰よりも、人と魔獣の共存を信じた妹である。ギルドナは、親友であるアルテナの兄でもある。そうでなくとも、アルドは共に死線を潜った戦友として、ギルドナの参加を望んでいた。
「兄さん……」
アルテナが、願うような口調で呟く。
それでも、ギルドナは沈黙を解かなかった。
バルオキーの長閑な陽気が、息苦しい沈黙を際立たせる。
やがて、不意に目覚めるようにしてギルドナが瞼を上げた。
「愚問だな」
かつて魔獣王であった者の鋭い眼差しは、どこまでまっすぐに、宿敵であったアルドへと向けられている。
「魔獣王だった俺は死に、今の俺はただ一人の魔獣として、俺とお前の妹が示した未来を信じると決めた。魔獣と人が共に歩む未来を」
「ギルドナ……それって、つまり!」
思わぬ展開に、アルドの声が震える。
「……ふん」
不愉快そうに鼻を鳴らすと、ギルドナはそっぽを向いた。
「人のお前が魔獣の俺に、妹の誕生日を共に祝おうと言ったのだ。断れば、俺は筋を違える事になる」
「なんだっていいさ! ギルドナが祝ってくれるなら、俺は大歓迎だ!」
アルドの喜びようと言ったら、今にも飛び上がりそうな程である。
そんな二人のやり取りを見て、やれやれとサイラスが呟く。
「参加したいなら、素直にそう言えばよいでござろうに――ゲコォ!?」
脇腹にエイミの肘鉄を受け、喉を鳴らす。
「まったくあんたは! 折角いい雰囲気なんだから、余計な事言わないの!」
眉を寄せてエイミが詰め寄る。
その様子に、自然と皆から笑いが漏れた。
晴れやかなバルオキーの、何気ない昼下がりの事であった。
†
「それじゃあ俺は、ユニガンに買い出しに行ってくるよ! フィーネに何か聞かれたら、ミグランス王に呼ばれたとか、適当に誤魔化しておいてくれ!」
そう言い残すと、大きな魔剣を腰に下げた好青年は、元気よくカレク湿原の方へと走っていった。
次元戦艦を使えばひとっとびなのだが、そこは、それぞれの時代でプレゼントを用意する事になった仲間達の為に残してある。
「さて。それでは早速、準備に取り掛かるとするでござるか」
アルドを見送った矢先である。
「みんな、こんな所にいたんだ」
入れ違いになる形で、透けるような銀髪の美しい、のんびりした雰囲気の少女がとことことやってきた。
「フィーネ殿!?」
ぎょっとして、サイラスが素っ頓狂な声を上げる。
「バカ!」
と、慌てたエイミがカエル侍を咎める。
不審なやり取りに、フィーネは首を傾げた。
「どうかしたの?」
「あわわわわ」
「えっと、その、あはははは」
カエル侍と未来人は仲良くしどろもどろに。
そんな姿を見かねて、合成人間のヘレナが助け船を出した。
「いつもの喧嘩よ。サイラスがそこの池で泳ごうとしたから、エイミが止めていたの」
「そうなの?」
純粋無垢な瞳が二人に問いかける。
サイラスとエイミはこくこくと頷いた。
「そんな風には見えなかったけど。ま、いっか」
不審そうにしつつも、さして気にする様子はない。
それよりも、気になる事があるようだ。
「そうだみんな。お兄ちゃんの事見なかった? さっきから探してるんだけど、どこにもいないの」
「ゲコゲコォ!?」
と、再びサイラスが喉を鳴らす。
「だから、あんたは!?」
漫才のようなやり取りを続ける二人を無視して、リィカが答える。
「アルドさんは、ミグランス王に呼ばれて、ユニガンに向かいマシタ、ノデ!」
「王様に?」
あどけない少女の顔から、笑みが消えていく。
「また、なにか危ない事が起きたのかな……」
「ソ、ソレハ……」
予想外の問い掛けに、リィカの思考プログラムがフリーズする。
「大丈夫だよ。大した事ない用事だって言ってもん。そうだよね、ヘレナ」
「えぇ。だから、心配する事は何もないのよ」
アルテナの言葉に、ヘレナが頷く。大人びて落ち着いたヘレナの合成音声には、不思議な説得力があった。
「それならいんだけど……てっきりあたし、お兄ちゃんってば、あたしの誕生日のサプライズパーティーの準備をしてると思ってたから」
「え?」
その言葉には、さしものヘレナもポーカーフェイスを崩した。
「フィーネ殿!? どうしてそれを!?」
「サイラス!? それじゃもろバレでしょうが!? ……ぁっ」
とは言え、こちらの漫才コンビの比ではなかったが。
「あちゃ~」
アルテナが額に手をやる。ギルドナはただ一人、沈黙は金なりと言わんばかりに口を閉じている。
「し、しかしフィーネ殿、どこでその話を?」
「どこって言うか、いつもの事だから」
「いつもの事?」
聞き返したのはエイミだった。
「うん。お兄ちゃんったら、毎年この時期になるとサプライズパーティーをやるから。あたしもすっかり慣れちゃって」
苦笑いを浮かべると、ふと、フィーネは寂しそうな表情を見せた。
「誕生日なのはお兄ちゃんも同じだから、本当は一緒にお祝いしたいんだけどね」
「フィーネさんとアルドさんは、同じ誕生日なのデスカ?」
初耳と言う風に、リィカが聞いた。
「うーん。きっと、本当は違うんだろうけど。ほら、わたし達、小さい頃に村長に森で拾われて育てて貰ったから。なんとなく、その日が誕生日って事になってるの」
「ナルホド、デス!」
「でも、困ったわね。フィーネにバレちゃったんじゃ、サプライズパーティーにならないわよ」
困り顔でエイミが腕を組む。
「しかし、アルドは物凄く楽しみにしておったでござるからな。今更中止というわけにも……」
うーん。と、しばしの間、この世にも奇妙な一団は頭を悩ませた。
「あの……」
出し抜けに、フィーネは言った。
「だったら、わたしにいい考えがあるんだけど」
「考えとな?」
サイラスの言葉に、控えめにフィーネが頷く。
「逆サプライズとか、どうかなって。いつも、お兄ちゃんにはお祝いして貰ってばかりだから、たまにはわたしの方から祝ってあげたくて……」
たどたどしくフィーネが言う。無邪気な言葉は、聞く者の胸に陽だまりのような温かさを呼び起こした。
「名案ね。それでいきましょう」
ニッコリと、エイミが言う。
「アルドには色々と世話になっているでござるからな。日頃の恩を返す、いい機会でござるよ!」
「ワタシも、ソウ思います、ノデ!」
「異論はないわ」
「フィーネのお兄ちゃんだもん。あたしも祝ってあげたいな!」
口々に仲間達が言う。
ワンテンポ遅れて、今まで黙っていたギルドナが、フッと皮肉っぽく笑った。
「アルドの驚く様か。それは見ものだろうな」
仲間たちの二つ返事の賛同に、フィーネの心は嬉しさでいっぱいになる。
「みんな……ありがとう! そうと決まれば、お兄ちゃんが帰ってくる前にプレゼントを用意しなくっちゃ!」
†
一方その頃。ユニガンについたアルドだったが……。
「さてと。今年のプレゼントは何がいいかな。あいつは料理が好きだから、新しい鍋とかどうだろう。背が伸びたし、服もいいよな。そう言えば、前に近所の子が持ってる猫のクッションが欲しいって言ってたっけ。あれ、何処で売ってるんだ?」
妹の喜ぶ姿を思い浮かべ、ウキウキで街を歩いていると、ふと、アルドは足を止めた。
どこかから、小さな女の子の泣き声がする。
だからと言って、大事な妹の誕生日プレゼントを忘れるアルドではない。
のだが……。
そうは言っても、助けないという選択肢もあり得ないのが、このお人よしの好青年の良い所でもあり、悪い所でも……。いや。やはりこれは、この青年の、誇るべき美点だった。
程なくして、ユニガンの端っこで泣きじゃくる少女を見つけると、アルドは何一つ躊躇する事なく、いつものように声をかける。
「どうして泣いてるんだい。俺に出来る事があるなら、助けになるぞ」
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