死ぬかかわるかの果てに

 戦争は二年続いて終わった。勝者はなし。どちらも消耗がひどくて続けることができなくなって休戦から停戦、講和へとなしくずに進んだのだ。

 トウキチは復員する隊列の中にいた。二年の戦争で下士官に進級していた。つまり殺し合いをしのいできたし、下級の兵たちの命を預かって敵の命を奪ってきたということだ。

 彼は、自分は人を傷つけることのできないよう条件づけられていると思っていたし、そのせいで前線では役立たずだろうと思っていた。

 初めて敵兵に向けて撃った時は、相手の姿は見えなかった。発射音と、時折見える銃口の閃きに向けて撃ったのだ。

「いいからうちやがれ」

 「本物」がそう命じた。人を傷つけるのは嫌だとかそんなことを言ったような気がする。

「ふん、ぶっぱなしたって当たるもんか。だが、相手は撃たれてる間は動けねえ。当たりにいくようなもんだからな。そうやって牽制しとかないと味方が死ぬぞ。てめえは仲間を殺すのか」

 それでトウキチは当たらないよう祈りながら大雑把に乱射した。思ったより抵抗はなかった。てっきり何か条件付けでもされているのかと思ったが、そうではなかったらしい。

 だが、相手の姿を見ないとばかりにはいかない。乱戦になったときには、ほんの十メートルの距離で敵兵と対峙した。相手は一人で、出っ会したトウキチたちに驚き、銃口を向けようとしていた。

 トウキチたちは三人、彼以外はその敵に気づくのが遅れた。彼だけが敵兵に先んじることができた。逃げてくれ、そう思いながら彼は撃った。敵兵は糸のきれた操り人形のように崩折れた。

 まったくためらわなかった自分に彼はおののいた。

 朱に染まったその男の顔を忘れまいとし、戦争が終わったら家族に届けようと遺留品を拾い上げたが、記憶は薄れて消え、物はどこかになくなってしまった。

 ためらいはないが、常にどこかおののきを持っている。いままで知らなかった自分に、それも矛盾を感じるそのありかたに、トウキチは戸惑うしかできなかった。

 「本物」のトウキチは相変わらず、残酷で合理的だった。これもアカネから聞いていた「兄さん」とはずいぶん異なる人物だ。あれは弱いものにはとことん強い典型的な小悪党タイプではなかったのか。戦死者のポケットから小銭をまきあげるところはまったくそうではあるが、大それたことを考えて実行するところは大悪党の風格すらある。好きになることはないと思ったが、彼が部隊の多くの命を救っていることは認めざるを得なかった。その代償が敵ばかりか、融通のきかない味方の犠牲であるとしてもだ。

 停戦命令が行き渡り、戦場は静かになった。トウキチは復員したあと、アカネにどういわれるのだろうとふと不安になった。あの娘は鋭い。トウキチさえ気づかないことを言い当ててくるかもしれない。

 もう、失職をおそれておどおどしていたトウキチではなかった。

 そして「本物」。政府が事実を隠蔽して育成した犯罪者兵士であるが、ここまで混乱が進むともうそんなことも関係なく自由に復員するだろう。あの男はアカネのところに行くのだろうか。

「アカネのやつは、おめえになついているのか? 」

 ある日、「本物」は妙なことを聞いてきた。

「あんたは兄さんで、俺は兄ちゃんらしい」

「ふうん、そうかい」

 「本物」はタバコを大きくすって、大量の煙を吐いた。

「じゃあ、あれはおめえにやる。せいぜい仲良くやってくれ」

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