新暦二十三年 ポート・シティ

 俺が何をしたのだろうといつもトウキチは思う。いや、何もしなかったわけではな

い。なにもしなくて人格再構成刑を受けるわけはないのだ。

 人から聞けば、彼は未成年であったころに強姦や恐喝をくりかえす鼻つまみもので、とうとう強盗殺人の現場で警官に撃たれて逮捕されたのだという。

 そういわれてみれば、そういう記憶があるような気もするが、あまりにも遠く、あまりにもそれを覆うかすみが濃くてそれが自分のことだとどうしても実感できない。

 だいたい、彼は暴力は嫌いだった。暴力を受けることはもっと嫌いだった。そして肉体的にも精神的にも人を傷つけることも、自分が傷つくことも恐れていた。

 だが、実際に彼は傷つけられていた。極刑を受けた前科者にろくな仕事などなく、ようやく見つけた廃棄シャトル解体の仕事は意外に危険が多く、重労働で、そして雇い主はけちな上にしょっちゅう彼の時間外手当てを切り捨てていた。しかしトウキチは我慢した。もっと傷つく結果になるのを恐れていたのだ。だから彼はボスが快適な事務所でビールを飲みながらくつろいでいる間も文句一ついわず炎天下、無害とはとうてい言えない溶剤を用いてシャトルの接着剤を溶かしてはがす作業を日がくれるまで毎日行った。

 が、やはり納得はいかないものである。凶悪犯のトウキチは別人だった。ここにいる小心者のトウキチはただ、ささやかな幸せを願っているだけに過ぎない。凶悪犯のトウキチの一番の被害者は自分かも知れない、と彼は思った。

 市役所からの呼び出しを受けた時、トウキチはどうしようもない理不尽さに対する怒りを覚えた。いったい、なんとか受け入れてもらおうと懸命に働く自分の何が気にいらなかったのだろうと彼はおののく。

 ところが彼の不安をよそに役所の受け付けは福祉課にいけという。福祉課が何の用だろうとトウキチはいぶかった。そして福祉課の窓口から上等の家具を備えた応接室に通されてびっくりした。

「人違いじゃないんですか?」

 思わず案内してくれた女性職員にそうたずねてしまう。

「わたしもくわしいことは知らないんだけど」

 女性職員は微笑んだ。

「あなたにとても大変なことをお願いするようね」

 彼女はもっと知っている風であったが、それ以上は教えてくれようとしなかった。トウキチは慣れない革張りのソファの端に、ぎこちなくちょんと腰をおろして彼を呼び出した者たちを待った。

 ずいぶん長い時間を待ったような気がする。トウキチの心に窓の外の風景をゆっくり眺めるゆとりが生まれた頃、がちゃりとドアの開く音がして三人の男たちが入ってきた。

 一人は福祉課の奥に座っているのを見た生え際の後退した男。福祉課長だろう。もう一人は見たことのない初老の男だが、どうやら福祉課長より上らしい。そして、最後の一人はトウキチも映像では何度か見たことがあった。地元出身の国会議員だ。

 この顔ぶれにトウキチはすっかり畏縮してしまった。

「まあ、そうかたくならずに」

 簡単な自己紹介を終えて議員は微笑む。が、トウキチはその目が笑っていないことに気付いていた。

「君には、妹さんがいます。覚えていますか?」

 トウキチは首をふった。

「いるのです」

 すっと差し出された写真から髪もとかしつけていない少女がやり場のない怒りをたたえた目でトウキチを睨み付けていた。警察で撮影した写真だ。

「アカネさんといいます。歳は十六歳。もちろん未成年です」

 議員の語調は紳士的であったが、トウキチは不愉快なものを感じた。

「この娘がなにか?」

「万引きでつかまりましてね。余罪もいろいろあるようなのですよ」

 たかが万引き娘のことでなぜ議員が出てくるのだろう。そして人格再構成を受けた前科者の家族をわざわざ呼び出したのだろう?

「この娘を預かって、監督していただけますか?」

 トウキチは目を丸くした。

「しかし、僕は・・・」

「あなたが人格再構成を受けた人だからこそお願いしているのです」

「親は・・・?」

 それが自分の親でもあるということを彼は忘れていた。

「刑務所にいます」

「……」

 つくづく、ろくでもない家族だとトウキチはめいった。

「これは君にとってもチャンスです。人格再構成者はみなきちんと更正しているにも関わらず、相変わらず犯罪予備軍のように思われて来ました。実際、元の家族に戻した結果、数年後やはり犯罪に走った者もいます。しかし、それは環境のなせることであって、人格再構成者本人だけの問題ではありません」

 議員はまるでトウキチのかわりにテレビのマイクにでも語りかけているようだった。

「ですから、人格再構成を受け、立派に社会復帰された君が妹さんを更正させることができれば、君ばかりでなく人格再構成を受けた全員が社会にもっと受け入れてもらえるようになるでしょう」

「でも……」

 でも、でも、言いたいことは山ほどあった。

(なぜ僕なんだ?)

 質問する必要も、答えをもらう必要もなかった。誰でもいいのだ。

「引き受けたまえ。悪いようにはせん」

 それまで、一言も発しなかった初老の男が低い声で命じた。

 そう、これは命令なのだ。トウキチは議員の微笑みの仮面に気づいて悟った。所詮、自分は前科者なのだ……。

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