遠い遠い回り道

@HighTaka

インタビュウ

 人類新暦十一年、人格再構成刑設置に関するインタビューにおけるシン議員の回答

「近世初頭は技術と文化が飛躍的に発展した時代でした。いえ、正しくは技術の発展に文化のほうが引きずられて発展した時代でした。人々は変転する生活の中で、必然のなくなった多くの必要悪を捨てていきました。でも、まだ必要な必要悪も、必要悪ですらないものまで切り捨てていったのです。それが近世中期を偽善の時代に導き、近世末期には世界の覇者であったユーサ国をあのいまわしいカルト宗教に染めて近代初期の暗黒の時代へと転落させていったのです。その真の原因こそ、新しいモラルばかりを求めた点にあったのです。その一つに子供たちのあつかいがありました」

「ええ、人権という概念自体はすばらしいものでしたが、それを子供も大人も同じにあつかった点に問題があったのです。人類の大半の歴史において、子供と大人の間には厳然とした違いがありました。子供たちは成長し、儀礼を経ることによって子供としての特典を失うかわりに大人としての権利と責任を得てきたのです。人間はすべての社会的な能力を生得しているわけではありません。成長と学習によって獲得するのです。子供とはその過程にある未完成な大人です。能力的に不十分であるかわりに大人の責任も求められないし、保護も受けられます。しかし、大人が持っている権利は認められていない。

 いわば精神的には昆虫のような完全変態なわけです。ところが、近世はこの通過儀礼が過去のものとしていくつかの痕跡を残すだけになってしまったのです。その結果、大人のような子供や、子供のような大人たちがいくつもの社会問題を引き起こしたのです。

 これこそは古いものをただ悪いものとして排した弊害でした。と、ともに技術に引きずられた近世文化の欠点であったわけです。近世の大人と子供はゴキブリのように成虫と幼虫の違いがあまりない不完全変態の精神をもっていたこと。これが問題だったのです」

「近世の迷走は、大人のような子供たちの出現にうろたえ、刑罰まで大人と子供の区別をなくそうとしたところに現れています。これはいかに当時の国や社会が未熟であったかを物語っています。新進気鋭の近世史学者、ワン博士は当時の国家を体質的に分析して、古代ローマ帝国には及ばず、せいぜい秦帝国程度であったろうと酷評していますが、私はそこまでひどかったとは思いません。ただ、ひどい時代であったことは確かです。ギリシャのデマゴーグの横行した時代程度であったでしょう」

「ああ、すみません。話を戻しましょう。子供というのがいまだ成長過程にある人間であり、大人のように自律する責任能力を育てている途上にあるという以上、その犯した罪への対処は大人と同じでは健全な次世代は育ちません。子供が罪を犯すということは、育てかたに過ちがあったとみなすのがふつうです。したがって、再教育こそが基本方針です。悪いことを悪いことと教えて反省を促さなくてはいけません。このため、従来は保護者への説諭から民生委員による訪問と助言、施設に収容しての教育といった刑罰がせいぜいでした」

「はい、現代の我々もたくさんの問題を抱えています。特に、成人前の子供たちによる凶悪犯罪の増加は近世の迷妄を思い出して未来に暗い影を落とすものです。しかし、我々はうろたえてはいけません。毅然と冷静にこの事実に対処しなければなりません。場あたり的な対応で原則を崩すことは賢明ではありません。原則そのものがもはや有効なものでなくなるまでは守るべきです。そして、子供たちに対する原則はこんな時だからこそ崩すべきではありません。ただし、大人の極刑にあたる子供の極刑が存在しないことは問題です」

「人格再構成刑がむごい刑だという意見はずいぶん多いようですね。でも、極刑とは本来むごいものです。それだけのことをやった以上、報いはなければなりません。子供たちは保護されるべきものですが、それは彼らが将来立派な大人になるということを求められている見返りに過ぎません。したがって、子供への懲罰は再教育という方針上、極刑はその究極のものであるのは当然です。これは大人の人権には侵害となりますが、子供の人権には侵害となりません。とはいえ、通常の方法で矯正不能と判断された場合以外に濫用するのはこのましくありません」

「既に十名の執行が行われ、経過は順調と聞いています。彼らは文字通り生まれかわったのです。心理的には安定していますし、見違えるように穏やかになりましたが、元気や意欲は失っていないようです」

「長々とありがとうございました」

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