第10話 屋敷の中へ

 私たちは、建物の周辺に気を付けながら近くまで来ていた。山の中に建てられたこともあって、辺りには身を隠すための木々がある。有難いことだ。


「……」

 私は屋敷を見上げる。

 五階建のそれは近くで見るとますます大きい。

「準備はいいか?」

 周りの状況を確認したエドワードが、アスカと私に尋ねた。

「うん」

「いつでもいいわよ」

「それじゃあ、行くぞ」


 エドワードが飛び出した後に、アスカと私が続いて走り出した。木々が密集している所から建物までの間に、開けた場所が二十メートルくらいあるのだ。


「よし、無事に着いたな。あと三分したら中に入る。OK?」

 エドワードが尋ねたので、私は短く頷いた。

「ええ」


 他のメンバーは既に建物の中に侵入している。今のところ、持っているトランシーバーには何の連絡も入っていないため、問題なく調査が進んでいるのだろう。そのため、私たちの班もこれから建物の内部に潜入する。


「……」


 いよいよ内部に入るときが近づいて来た。その時である。私の中である感情が妙に強くなった。それは「寂しさ」である。

 全ての建物に感じるわけではないが、今回の「屋敷」はそう感じさせるものが何故かある。何が要因なのかは分からない。それは、白い雪で全てが覆いつくされようとしているからだろうか。


「そろそろ時間だ。行くぞ」


 エドワードに聞かれて一気に現実に引き戻された。

「はーい」

 小声だが元気よく返事をするアスカに続き、私は答えた。

「……もちろん」


 そして、屋敷の中に入っていく彼とアスカの後ろについて行くのだった。

 さて、この屋敷の中には何が残されているのだろうか……。


 仲間と別れて十五分ほど経ったころである。

「なんだか物悲しい建物だな」

 ふとエドワードがそんなことを口にした。

「なに、突然」


 私たちは四階の担当である。彼はその階にある三部屋目を見終わった後に、私の傍に寄ってきて小さな声で言った。当然「何を言っているのか」と思ったのだが、それと同時に自分と似たようなことをエドワードが思っていたのが意外だった。


「今まで見た部屋、すべてベッドがあった」

「そうだけど……」


 確かに今まで見た部屋にはベッドがあった。長いこと使われていないのか少し埃っぽさはあったが、軽く掃除をすればすぐにでも使えそうな状態にはある。


「部屋の装飾がやけにこっていた。カーテンも、壁に掛けられている絵も、クローゼットもすべて」

「確かにね」

 私は頷いた。


「部屋も人がいなかった時期があったとは思えないほど、綺麗に片づけてあった」


 それも同意できる。「人がいない」とされているには、綺麗すぎるくらいだ。見えるところにある棚の上なども、薄っすらとしか埃が積もっていなかったのである。


「私たちじゃないが片付けたんじゃないの」

 茶化したつもりだったのだが、彼は意外にも真面目に受け取った。

「そういうこともあるかもしれない……」

「……」

「何だよ」

「冗談で言ったつもりだったから、そんな答えが返ってくるとは予想していなくて、返答に困った」

 正直にそう言うと、彼は深くため息を吐く。

「お前なぁ、そういうことは思ってても黙っとけよ。人が折角いい方向にとらえたっていうのに」

「それがいい方向なの?」

 尋ねると、彼は唇を突き出して不服そうに言った。

「……違うけどさ」


 これ以上私と話をする気が失せたのだろうか。彼は私から離れて部屋の中に不審なものがないか調査を再開させてしまった。

「……」


 だが、先ほどの彼が言った「悲しい」と言った感情。これが気になって仕方がない。私は早々に自分が調べる必要のあるところを調べ終えると、エドワードの方に寄って自分からさっきの話に戻した。


「それで? ベッドが綺麗にされていることが、悲しいって思った理由は?」

「何だよ、興味ないんじゃなかったのかよ」

「興味はあるの。ただエドが感傷に浸っているのが珍しかったからそう思っただけ」

「お前、俺にばっかり意地悪するよな」

「はい?」

「まぁ、いいけどさ」


 何がいいのか分からなかったがエドワードは急に真剣な表情で部屋を眺めた。


「あのさ、今まで見てきた部屋だけど、全部子供部屋だよ」

「子供部屋? そんな子供らしいような部屋だった?」

「まあ、家具だけみればそう思うのは無理ないけど。子どもたちが大きくなって、子供用のものを全て入れ替えたんだよ」

「何でそんなこと分かるのよ」

「ベッドの下を懐中電灯で照らしてみたとき、よく見たら床の色が違ってたんだ」

「床の色が?」

「日焼けの跡。あれは小さいベッドが置いてあった証拠だ」

「でも、それと『悲しい』ことがどう繋がるのか分からないんだけど」

 私は彼が意図することがよくわからず、首をかしげた。

「ここは、沢山の子供が出入りする場所だったんだよ」

 彼は眉をよせて悲しげな表情でつづけた。


「大人にしては小さなベッドに、可愛らしい部屋。つまりここは多くの子供を持つ人の家だったか、今時期のようなクリスマスやニューイヤーを迎えるときに、家族や親戚が集まる場所だったんじゃないかって思うんだ。それが、いつからか使われなくなった。こんなに人が集まる場所だったのにもうここには人が来ない。人を迎える場所だったのに、もう人が来てくれないんだ。だから、悲しいって思った」


 私はエドワードをじっと見つめた。彼は普段、建物に対して感情的になるような人間ではないし、同情もほとんどしない。それなのに珍しく、ここに住んでいた人のことを思っている。そしてこの建物のことを思っている。

 でも、それは私も同じだった。


「そうね」


 今まで感じていた寂しいという感情。なぜそう思うのかはまだよくわからないが、この建物からは何かを感じる。「霊」とか「心霊現象」などを信じてはいないが、人が住んでいた場所には思いがある。

 そしてこのように秘境の地で、多くの人が来るのを今も待っていると思うと切なかった。


「私も、ここに寂さを感じる」

 胸の前で手を握る。するとエドワードが

「抱きしめてやろうか」

 と、ふざけたことを言ったので、

「そういうこと少しも思ってないのに言わないの」


 冷たい目で睨みながら言い返した。

 すると、エドワードは声を殺し、子供のように嬉しそうに笑う。だが私には、彼がなぜ笑ったのかよく分からなかった。

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