第9話 犬みたいな人

「行くもん」

 急にむすっとした表情になった彼女に、私は視線を合わせて話かける。

「でもね、アスカ。あなたに危険が及ぶかもしれない。あなたに何かがあったら、リサが悲しむ」

「分かるもん」  

 アスカが私の手を握る手に力を込める。

「でも、行きたいもん。役に立ちたいもん」

「……」


 アスカは宗平とは少し違うのだが、一度与えられた任務を取り消そうとすると駄々をこねる。それは、母親の仕事に役に立ちたいという気持ちからなのかもしれない。

 私は体勢を戻すと、ギオルグに言った。


「ここはデータ上は人がいないことにはなっていますが、もしかしたら組織の人間ではない、人がすでに住んでいる可能性も捨て切れません」

「まあな」


「でも、出入りしている人は組織の人間とも限らない。もし私たちがここで出会う人が単なる一般人だったとしたら、万が一出くわしてしまっても彼女がいてくれると無断で立ち入った言い訳がしやくなるのではないでしょうか。そのため連れて行っても構わないかと。それに、なによりアスカはちゃんと私が責任を持って守ります」


「そうか」

 ギオルグは頷いた。私に任せてくれるということだろう。

 任務に私情を考慮するなど私の性格上考えられないのだが、どうやら宗平の「ひたむきさ」を浴びせられて、少しだけ考えが甘くなっているのかもしれない。それがいいのか悪いのかは分からない。しかしこれを決断したからには、アスカは絶対に無事に帰還させる。

 そうなると、私だけでは心許ない。


「ですがその代わり、私の所にもう一人ついてもらえると助かるのですが……」

 するとすぐに手が挙がった。

「だったら俺が行くよ」

 エドワードが軽い調子で立候補する。

「僕でもいいよ」

 エドワードに続いて、セドリックが手を挙げる。

「メアリーは人気があるね」

 椎名の知的な黒い瞳が不敵に笑う。

「でもエドワードの場合は、細かい雑務をしなくて済むからよ。メアリーは細かい雑務も、現場での戦いも上手いからね」


 朝美はエドワードが考えていることを当てたようだった。その彼は悔しそうに唇を突き出しながら言う。


「それじゃあ、俺じゃなくてセドリックかよ」

「あ、でも実践的なことを考えたなら、僕じゃなくてエドワードのほうがいいかもしれないね。僕は射撃とか得意じゃないから」

 セドリックが遠慮するように言うと、今度はそれに突っかかる。

「だったら何で『僕でもいい』って言ったんだよ」

 するとセドリックは弁明した。

「サポートだから。全面的に守るのは無理だけど、メアリーのサポートならできると思ったんだ」


 エドワードはセドリックの言葉を噛みしめながら、難しいことを無理して理解しようとしている顔を私に向けた。

「なによ」

「どっちにすんだ」

 エドワードは私に決めろという。私はため息をついた。全く何を言っているんだ、この男は。

「決めるのは私じゃなくて、リーダーであるギオルグよ」

「だけど、現場で使うのはお前だぞ」

「そうかもしれないけど現場の責任はリーダーにあるのよ。判断はギオルグに任せます」

 私は思わずきっとギオルグを振り返る。すると彼は肩をすくめて言った。

「確かに最終的な判断は俺が下すが、メアリーに何か考えがあるのなら聞くぞ」

「え?」

「ほら、早く言え。さっさとしないと、仕事をする前に夕暮れになっちまうぞ」

「エド、うるさい。でも、いいんですか……?」

 私はギオルグを見返すと、彼は深く頷いた。それでいいのだろうか。

「どうするんだ」


 エドワードは早く決めろと急かす。全く余計なことを……」と彼を一度睨んでから急いで考える。エドワードとセドリック、どちらを同行させるか。

 私はほんの数秒の間に高速シミュレーションをし、どんな場面にどちらがいた方がいいのか考える。そしてどう考えても、彼になってしまうので私はため息を吐きながらも諦めたように答えを出した。


「そうですね……。私はエドに同行してもらった方がいいと思います」

 一同意外そうな顔をしていたが、一番驚いていたのはエドワード自身だった。私は続けて手短に理由を述べる。


「セドリックは自分で言うほど射撃の腕は悪くないです。サポートするだけなら彼で充分でしょう。しかし万が一のことが起きたとき、アスカを抱えて逃げなくてはいけないこともある……。そうなったら、セドリックでは心許ないというのが正直なところです」


 セドリックはエドワードと同じくらいの背丈だが、体の線が細い。その点エドワードは程よい筋肉が付きつつも身軽だ。

 セドリックは私の意見を受け入れるように、小さく何度か頷いた。


「……確かに、僕にはアスカを抱えて走るのは無理だ」


「今回は『アスカに危険を及ばないように』ということなので、危険をまるで犬のようにキャッチできるエドワードのほうがいいと思います。彼は判断も行動も早い上に力もある。それがアスカの安全を考えたときに一番良い策だと思います」


 途中でエドワードが、私に突っかかろうとしていたが、ザックスがそれを抑え「まあ、まあ」となだめる。

「犬、か。なるほどなぁ……」


 私が言い終わると、ギオルグはしみじみと頷いた。エドワードは自分が選ばれた理由には納得していないようだったが、結局彼が私とアスカと行動を共にすることになったのだった。


 そして作戦を開始するために、各自が定位置に移動しているときである。

「犬ってなんだよ」

 と、エドワードが小さく吠えたが、

「そのまんまの意味よ。否定する要素なんて一つもないじゃない」

 というと俺は犬と同じかよ、とため息と同時に肩を落とすのだった。

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