第8話 怪しい足跡
「見て来たよ。屋敷の周り」
メンバーの一人、セドリックが屋敷の周辺の偵察から戻って言った。そして何故だか小首をかしげている。彼は私よりも二つ年下だが、経験を積んでいる彼がそういう表情を浮かべるのは珍しい。
「どうかした?」
私が尋ねると、
「屋敷の前に人の足跡があったんだ」
と彼は答えた。すると集まったメンバーの雰囲気が一気に堅くなる。
「なに?」
ギオルグは低いしゃがれた声で聞き返す。
「何人分の足跡だった?」
「俺が見る限り一人でした。足跡は一種類しかなかったので。ちなみにそれは靴の大きさや雪が踏み締められた深さなど、分かる所まで見た上での判断です」
「はっきりしていたか?」
その問いに、セドリックは首を横に振る。
「残念ながら。でも、今日の天候でその足跡が残っていたくらいですから、少なくとも一日から二日以内のものだと思います」
「そうか。ご苦労だった」
ギオルグの労いに、セドリックは充実した表情を浮かべる。
「はい。ありがとうございます」
「しかし足跡があるってことは、ここに人がいるんだろうな」
「でもここに来るまでは、誰かが通ったような痕跡はありませんでした」
私はメンバーの雰囲気が変わった中で一言言った。
「だったら、ここには今も誰かが住んでいるっていうのか?」
とザックス。
「まさか」とエドワードは笑う。今度は突入する部隊の話し合いのため、セナではなく彼がここに来ていた。「町からこんなに離れた雪山で、どうやって食料を確保してんだよ」
「そうよね……」
椎名が同意する。
その一方で、朝美は否定した。
「私はいると思うわ。私達の足跡でないなら他に人がいるって考えた方が自然じゃない?」
「お前冷静だなあ」
ザックスが言ったが、
「別に驚くことではないでしょ」
「いや、ここに人がいるってことはおかしいんだぞ? もしかしたら危ないやつかも」
ザックスは困った顔で言う。
「それを調べるのが私達の仕事じゃない」
「そうだけどさー……」
「彼女があまり驚かないのはいつものことですよ。あなただって知っているでしょう?」
するとジェラルドはそう言って不敵に笑った。
彼は三十三歳の独身の紳士。
このメンバーの中で男性の独身者は多いが、彼は容姿も良く背が高いのが特徴だ。その上どんな仕事でもこなしてしまうので、彼がなぜ結婚しないのか謎めいていた。そういうことに関心のない私だが、本部の「恋愛の情報屋」といわれているアイリスが言うには、「ジェラルド様は昔恋をしてから、その人だけを想い続けているみたいなの。だから誰に告白されても付き合うこともしないんですって」と言っていた。
だが私から見れば、女性との付き合いの多い彼は、ただ単に一人の女性を選べないだけではないかと思っている。
……おっと、これは余計な情報だった。
「そうだったかな……」
「ザックスは観察力にかけるから」
キースが笑って言う。彼は私の弟だ。私と同じ金髪碧眼であり、私とは違って母似の容姿端麗で大人しそうな顔をしている。しかしその顔に騙されることなかれ。実はいたずら好きの二十四歳である。そのため、エドワードとプライベートでも仲がいい。
「そんなことより」と、朝美が話を戻した。「どうします? そのまま突入します?」
「そうだなぁ……」
ギオルグは腕組みをして少しだけ沈黙する。しかし、彼は仲間をほとんど待たせなかった。
「突入しよう。作戦は変えないで行く。危険はあるかもしれないが、セドリックが見た靴の痕跡は一種類だったというし、組織が存在している可能性は低いとみる。仮にそうであったとしても、人数はそう多くないだろう」
彼の決定にメンバーが皆強く頷いた。
「ただ、アスカだけどうするかなぁ」
人がいるかもしれない場所に、アスカを連れて行くか否か。判断が難しい。
だが、その当人は強く首を横に振った。
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