第11話 人影

「ねえ」


 私たちよりも先に進んでいたアスカがこちらに走ってきたので、私は屈んでアスカの身長に合わせた。


「ちょっとアスカ、勝手に行動しちゃだめでしょう」

 私はたしなめたが、彼女は興奮気味でそれどころではなかった。

「人がいたっ」

 小声で私とエドワードに言う。私たちは同時に顔を合わせた。

「アスカ、それどこの部屋?」

「何人いたんだ?」

「男、女?」

「危なそうな奴か?」

「拳銃とか持ってた?」

「ちょっと待ってよっ」

 アスカは手を挙げて、質問ばかりする私たちを止めた。

「そんなに一度に言わないでよ。ちゃんと答えるから、待って」

 アスカは得意気な顔をすると、私たちに分かりやすく報告した。


「ここから二つ先の部屋をこっそりのぞいた時にいたよ。多分男の人。人数は、一人みたい。しずかだったし、他の人がいるかどうかまでは分からなかった」

「男は扉のほうを見ていたか?」

 エドワードが聞く。するとアスカは首を横に振った。

「ううん。その人ね、椅子に座ってた。ゆーらゆーらする椅子に。それでね、音が聞こえるの」

「音?」

 私が聞き返すと、アスカは頷いた。


「うん。音。ぽろん、ぽろんって音がするの。とっても綺麗なんだよ。でも、ここに人がいるのっておかしいんだよね?」

 アスカは心配そうに私を見る。

「悪い人なのかな?」

 私はアスカを見た。彼女は何かを案じているようだった。

「それはまだ分からない。今から確認してみるから」

 私は屈めていた体を起こし、トランシーバーで宗平に伝える。

「宗平聞こえる? どうぞ」

 すると任務中に自分に来た連絡に、嬉しそうな声で対応する。


『はい、聞こえます。……あ、どうぞ!』

 慣れていないため、ぎこちない話し方である。

「アスカが男の姿を見たらしい、どうぞ」

 そういうと次々に声が聞こえてきた。「なに?」「それはどういうこと?」という声だ。

『どういうことなの? 説明してもらえる? どうぞ』

 冷静な声がトランシーバーから聞こえる。椎名だ。


「私とエドはまだその姿を確認してはいませんが、アスカが言うにはいるようです。男性一人。アスカの話からだと、安楽椅子に座り、その部屋からは音が聞こえるようです。どうぞ」

『音って、どういう音? どうぞ』

 私は何と言おうか迷ったのだが、アスカの表現の仕方では伝わらないだろう。

「少なくとも危険な音ではないようなんですが、まだ確認をしていないのでわかりません、どうぞ」

『そう……』


 椎名は悩んでいるようではあったが、『他の階にいるメンバーにもその階に来てもらった方がいいかしら?』と聞いた。これからの行動をどうすればいいのか迷っているようだった。

「どうする?」

 エドワードの方を見ると、彼は横に首を振った。男一人ならば、逆に今の人数の方がいいと判断したのだろう。私もそれに賛成だった。

「援護は不要です。それにその人物が危険人物であったとしたら、他の部屋の調査は怠らないほうがいいと思われます、どうぞ」

 それを聞いた椎名ははっきりとした声で答える。


『分かったわ。それでは現場のメンバーは引き続き捜査を続けて頂戴。そしてその他はそのまま待機ですね、リーダー、どうぞ』

『ああ。諸君、くれぐれも気を付けたまえ、どうぞ』

 すると、あちこちから、了解、ラジャー、という声が聞こえた。だが、一人だけまだ納得いっていない人物がいた。

『メアリーさん! どういうことです? これって俺の任務なんじゃ……』


 宗平だ。彼は私との通信がいつの間にか、椎名になっていることに疑問を抱いていた。だが、今はそれについて説明している場合ではない。任務は現在も続いているのだ。


「ごめん、通信切るね。何かあったらちゃんと連絡します。それから宗平、私情でトランシーバー使わないで」

『そんなぁ……』

「詳しいことはこの任務が終わってから教えるから、きちんと仕事をするのよ。それじゃあ、一度切ります」

 と言って、私は通信を切った。宗平が最後のほうで、喚き、椎名に一喝入れられていたのは想像に難くない。

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