第12話 扉の向こうに

「援護はなしだな?」

 エドワードに確認され、私はトランシーバーをしまいながら答えた。

「うん。私たちだけで乗り込む」

「了解」

「私も?」

 アスカが聞いたので、私は頷いた。

「エドの後ろにきちんとついていくのよ」

「ラジャーっ」


 アスカは目をキラキラさせて言った。

 そのとき、一瞬だけ宗平のことが頭を過ぎる。車に残らせるためにあんなことを言ったが、宗平は傷ついたかもしれない。


「どうした?」

 エドワードは、何かを察して声をかける。私は小さく首を振って、宗平のことを振り払った。今は宗平のことよりも、目の前のことに集中しよう。

「大丈夫」

 私はエドワードから向かうべき部屋を見て言った。

「行きましょう」



 私が先頭に立ち、美しい装飾が施されたドアをゆっくりと開ける。後ろに続くエドワードは慣れたもので、すぐに武器をとれるように準備をしていた。アスカはエドワードの傍にいて、彼のジャケットの裾を軽くつかんでいる。


 ほんの少し開かれたドアの向こうに見えたのは、アスカの言ったとおり男性が一人だけいるようだった。安楽椅子に座りゆらゆらとゆっくり揺れている。そのため時折、椅子のきしむ音がした。


 だが、聞こえて来る音はそれだけではなかった。

 これはきっと、アスカが聞いたという音だ。確かにぽろん、ぽろんと音がする。私は音の正体が分かると、「あ」と声を出していた。


「オルゴール……」

「おい、メアリーっ」

 後で止めるエドワードの声が聞こえたが、私は迷うことなく部屋に入り、その男性の視界に入っていた。やせ細った老人の前に。

「……!」

 彼は私を見ると大きく目を見開いた。驚いているのだろう。彼の瞳は、小刻みに揺れていた。

「なんと……。神は私の元に最後のお客を贈ってくださったのか……?」

「おじいさん、あなたはなぜこのような所に?」


 私は彼に訊ねた。だが老人はその問いに答えることよりも、私たちが何者なのかが気になったようだった。


「家族かね?」

 柔らかい笑みを浮かべて彼は問いかけた。どうやら彼は、私たちを幼い娘を連れた若い夫婦だと思ったようだ。

「はい」

 迷いなく答える私の傍に、エドワードがアスカを抱き上げて立った。

「そうか、そうか。長旅であったことだろう。しかし何故、こんな山奥に?」

「それは――」


 私は部屋の状態を目の端で捉えながら、彼の話を聞いていた。

 部屋には窓の前に大きなグランドピアノが置いてあり、老人の左側の壁には子どもの背の高さ程のクリスマスツリーが飾られてあった。どうやら目につくところには危険なものはない。老人の手にも武器はなく、代わりに丸いガラス玉のようなものを大切そうに手の中に収めていた。


「――道を誤ってしまったようです。吹雪いて視界が悪く、気が付いたらここに辿り着いていました」


 この人に、私たちが「無使用建築物の探険家」であることを説明する必要はない。私は平然とこの人に対して嘘を積み重ねていく。


「それは難儀であっただろう。ここで良ければいくらでも休んでいくといい」


 老人は優しい笑みを浮かべてそう言った。

 この仕事をしていると、嘘をつくことが当たり前になってくる。それ故に、嘘を付くことへの抵抗も少なくなっていくのだが、私が言った嘘を本気で信じている人を見ると、時折苦しくなる時がある。相手が優しく、気に掛けてくれれば尚更だ。

「……ありがとうございます」


 そのため、感謝の言葉くらいは本気で伝えようと思う。偽りの家族で、ここへ来た経緯も真っ赤な嘘だが、あなたに対して申し上げる感謝の気持ちだけは本心であるように。それは単なる私の自己満足でしかないのだが。


「幸せかね?」

 突然老人が尋ねた。

「え……」


 私の声が沈んでいたからだろうか。思わぬ質問に、私は内心狼狽えた。

 何と答えていいのか分からなかった。私は「幸せ」である。しかし、この偽りの家族としてどう言ったらいいのか、答えに窮してしまったのだ。

「ええ」

 私の代わりに老人の問いに答えたのは、エドワードだった。

「幸せですよ」


 老人の問いに対してエドワードが平然としている。悔しいがここはエドワードに任せ、私はただ黙って聞いていることにした。


「綺麗な奥さんだね」

 老人はまるで眩しいものを見るかのように、目を細めた。

「僕にはもったいないでしょう?」

「いいや」と老人は首を横に振った。「お似合いだよ」

 エドワードはさり気なくアスカにフードを被せた。彼女は金髪碧眼の私とも、金髪に灰色の目の彼とも似ていないからだ。


「ここのお屋敷には他に誰かいないのですか? 玄関でお声をおかけしたのですが、返事がまるでなかったものですから、気になって」

 すると、老人は申し訳なさそうに謝った。

「それはすまなかった。ここに私以外の人が来ることがないものだから、エントランスから離れた部屋にいても平気だと思ってここにいたんだ」


 すると老人は悲しそうな顔をした。白髪の髪に青色の瞳。小さな顔に大きな鼻が目立つ人は言った。


「それでも昔は……ここに多くの人が集まる別荘だったんだよ」

「ご家族ですか」

「そうだね。親戚も沢山来てくれた」

 そう言って彼は遠い先を見るように言った。

「昔はとても賑やかな場所だったんだよ」

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