第20話 お前はそうならないように
「そうだったのね……」
無使用建築物の調査は危険が付きまとう。だけど、時折このような稀な出会いもある。
そして私の場合、その場所で過ごしたことのある人が、楽しい時間を過ごした場所であるからこそ、残された建築物を見て様々な感情が生まれる。
土地や建築物にこだわらない人もこの世にはいるが、その建物から物事を推測する癖がついてしまった私にとって残された建物を思うと時折悲しさを感じる。そしてあの建物は、大事にしていた主人とともに雪に覆われて消えた。もうあの建物のことを思い出す者はいないのかもしれない。
私は感情的になり、涙をこらえるために空を見上げた。すると高いビルの間から見える青空が見えた。今、この街の空は快晴で冬の澄んだ空気が心地よい。
「泣いてる?」
エドワードが私の顔を覗き込んでそういった。
「違うわ」
そう否定したつもりだったが、たまった雫はぽろりと私の目から零れ落ちた。
「これはちがっ……」
エドワードがからかうと思ったので、すぐに否定しようとしたが、彼はそんなことはしなかった。いつ取り出したのか、ハンカチで私の目元を拭く。それも真面目な顔で。
「エ、エド?」
彼らしくない行動をされたので、私はどうしたらいいかわからず、なされるままになっていた。そして、涙が止まると彼は私に言った。
「……お前はそうなるなよ」
「え?」
彼の意図することが分からず聞き返した。
「そのままの意味。もちろん場所も大事だけど、そうじゃなくて大切な人とか、いつも楽しくさせてくれる人が傍にいてくれるようにしろってこと」
すると彼はぱっと笑い、いつも通りの表情に戻ると、再び私をぐいぐい引っ張って歩き出した。
「ちょっと、エド⁉ 今度は何なの⁉」
「そうだ。俺もあのじいさんが言った言葉を現実にしてぇな」
「え? 何を現実にするの?」
「秘密」
「なにそれ」
「ま、とりあえずカフェに寄ろうぜ? 俺ケーキ食べたい」
エドワードが勝手にカフェに入ろうとするので、私は抵抗する。何故エドワードとカフェに行かなければならないのだ。
「え、なんなの? 勝手に自分で食べればいいでしょ。私は行かないぃ」
クリスマスに男女が一緒にいるとカップルと思われてしまう。冗談ではない。
「一人じゃつまんねーからな、付き合えよ。その代わりお前の好きなチョコレートのやつを奢ってやる」
「チョコレートケーキ?」
私は無類のチョコレートケーキ好きなのだ。お陰で気持ちが揺れ動く。
「……ほんとぉに、奢ってくれるのね?」
「何でそんなに疑うんだ。ちゃんと買ってやるって。ほら
「そう、分かった」
チョコレートケーキを買ってくれるというのであれば、仕方ない。
私はこの状況に対して開き直った。
「だったら、一番高いのを買ってもらうわよ」
「そうこなくっちゃ!」
結局私はエドワードの勢いに押されて仕方なくカフェに入り、一番高いものを奢ってもらった。
甘くてほろ苦い、ガトーショコラ。
だが、何故かエドワードといると楽しいものになってしまう。
あのおじいさんとの思い出も、ほろ苦いはずなのに、温かいものだけが残ったような気がする。
私たちの仕事は単に建物の調査をするのが目的なだけだ。
しかしそれらの建物は、人が利用するから存在する、と考えると私は時折建物とそこで過ごした人たちのことを想い、感情的になってしまうことがあるのだ。しかし、私は何故建物に対してこんな風に感じてしまうのか、いまだに謎だ。いつかこの不思議な理由が分かる日がくるだろうか。
しかし今回の探険で一番不思議で、さらに意図が読めなかったのは、エドワードの考え方だったかもしれないが。
(完)
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