第19話 調査を終えて

 今回の仕事を終えると、私達は無使用建築物探険家の本部に戻った。


 場所はどこであるかは極秘なのでここに書き記すことはできないが、人が多く賑やかな街にある。そして今回の調査対象の書類作成や会議などが終わった頃、クリスマス・イヴだったこともあり、雪景色の街の大通りには沢山の人がショッピングを楽しんでいた。


 私は仕事を終えて報告書を提出し、近くの自宅に帰ろうとしたときだった。丁度エドワードも同じく帰宅しようとしていたので、彼の腕を掴んで呼び止めた。聞きたいことがあったのだ。


「どうした?」

 彼は不思議そうな顔をして私のことを見た。私が呼び止めるという行為自体珍しかったからかもしれない。

「聞きたいことがあるんだけど」

 私は自分よりも身長の高い彼を見上げる。

「何か気になることでも?」

 彼は無邪気に笑った。

「茶化さないで」

「別に茶化していないさ」


 彼は手に持っていた書類を受付に渡すと、さっと私の手を掴み建物の外に出た。

「え、ちょ……ちょっと、離して」

 私は彼の手を離そうとしたが、がっちり掴まれていて離せない。

「……」


 諦めて抵抗するのを止めると、エドワードは私を引っ張るのを止めて横に並ぶ。そして私の手を掴んだまま、自分のジャケットのポケットに手を突っ込んだ。


「……なに」

「人が多いし、はぐれたら困るだろ。まあ、誰も見てないから気にするな」

 彼は笑ったが、私は笑えない。

「新手の嫌がらせ?」

「は? 違うけど」

「じゃあ―……」

 なんなのだ。そう言おうと思ったときだった。彼は私に言った。

「お前が俺に聞きたいことって、建物に取り残されたじいさんのことだろ」

「え……」


『建物に取り残されたじいさん』とは、今回の探険で私とエドワードとアスカだけが出会ったおじいさんのことである。まだ彼のことは分かっていないが、本部で調べれば後からどういう人物だったか分かるだろう。


 だがそれはこの社会で生きていくためのデータだけであって、彼の人間性まではつかめない。私は彼と直接接してしまった事から、どうしても彼の最期を聞きたかったのである。


 しかし私はエドワードにまだ何を聞くか言っていなかったので、何故それが分かったのか驚きだった。

「なんで分かったのかって顔だな」


 また心を読まれた気がして、私は顔を背ける。押し黙った私にエドワードは独り言のように語った。


「俺はあの人を連れて行こうと思った。あんなところで独りで生涯を終えるなんて寂しいと思ったから。だけど、あのじいさんにとって、あの場所は独りでいなくてすむ場所だと言っていた。思い出を鮮明に思い出すことができる場所だと」


 それを聞いて私はエドワードを見て反論した。


「そんなの寂しすぎる。だって彼には子供もいたのでしょう? それならまた同じようにクリスマスを祝えばいいじゃない。あの場所じゃなくてもきっと楽しいに決まってる」


 そう言ってから、私は付け加えた。


「言っておくけど、エドのことは責めていないわよ。あの人のことは確かに助けてあげたかった。そうできるなら、そうしたかった。けれど、私たちはスーパーマンじゃない。ヒーロー気取りで仕事が出来るほど、善人じゃない。だから、それとこれとは話が別。あの老人があそこに残りたいって言ったのに対して、あなたがいつまでも付き合う必要はない。そんなことをして、命を落とす方が馬鹿げてる」


「分かってるよ」

「それに、あなたが責めているとしたら私も同罪だから。私はあなたにだけ、任せてさっさと立ち去ったんだから」

「俺は自分の意思でやったんだよ。でも、うん……ありがとうな」

「……別に」


「メアリーこそ、本当に気にしなくていいぞ。俺があの人を助けられなかったのは仕方がなかったんだ。それは分かってる。『どうやったら助けられただろう』とは考えるけど、責めてはいないから」


「そう。それならいいけど」

「実はさ、本部に帰ってからあの屋敷について調べたんだけど、あのじいさんはすでに手放しているんだ。だから俺たちに調査が下ったんだ。つまり彼にはあの建物を管理する力がない。できないんだ」

「そういうこと……」


「あのじいさんは元々、結構なお金持ちだった。だけどいつからかあの屋敷を手放さなくてはならないほど、お金がなくなった。それから子供がどうなったか。大人になっていたらいいだろうけど、そうじゃなかったら? 今までの生活ができなくなった子供達はどうなるだろう。もしかしたらいい子達ばかりで、彼の面倒を見ようとしたけど、あのじいさんが断ったか、それとも子供達は不甲斐ない親を嫌い、見捨てたか」


「……それでも、あのおじいさんにとってはあの場所が特別なところだったのね」

「ああ。きっと一番楽しい時間を過ごせた場所なんだと思う」

「……」


「そしてあそこは結局、買い手がつかなかったんだ。今回の雪崩で分かったろう? 暖炉はついていたけどさ、多分夏場しか使わなかったんだと思うぜ」

「それで買い手が付かなかったの? じゃあ、どうしておじいさんは冬場にわざわざあそこへ?」


「言ってただろ。あそこで最期を迎えたいって。つまり、分かっていてあそこにいたんだよ。それに、夏場じゃ伐採業者が立ち入る。あの人の姿を見られたら、建物の無断使用で通報されただろうしな」

「そういうこと……」


「だから彼は、毎年この時期にだけこっそりここにきて、奥さんとクリスマスを過ごしていたんだと思う。あの建物は暖炉だったからガスがなくても火は使えたみたいだし、水も持ってきてはいたみたいだけど、足りなければ外の雪を溶かして飲めたしな」


「雪を水に?」


「朝美たちから聞いた。あいつらが調査したところが調理室で、見に行ったらそういうのがあったって言ってた。多分外に足跡があったのは、あの人が外から雪を取りに来たときについたものだ」

「そう……」

「そして、いつもはクリスマスが終わったら元の生活に戻っていたんだろう。彼にとっては惨めな生活に。だから、あのじいさんにとってはあそこでクリスマスを過ごすことに大きな意味があったんだよ」



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