第18話 埋もれていく屋敷

『メアリーさん、早く乗ってください!』


 地上に降り立つと、宗平がトランシーバーで催促してきた。

 そんなことは分かっている。私はエドワードが下りた後、急いで機械とフィーネトレッドを回収すると全力で走り出した。


 すると宗平が運転するランクルが近づいて来たので、並走しながら乗ろうと試みる。だが、そう簡単には乗ることが出来ない。手にはロープがしまい切れていない機械が邪魔している。どうしようか思案していると、宗平が思いがけず運転しながら、助手席のドアを開けてくれて、私に手を伸ばした。そして腕を掴むと、強い力でひっぱりあげてくれたのである。


「……ありがとう」

 助手席のドアを閉め、自分が無事に車に入ったことを実感すると、私は宗平にお礼を言った。

「いいえ! どういたしまして!」


 彼は運転に必至でそれどころではなかったが、私は彼の意外な能力に驚いていた。

 何だ、いいものを持っているじゃないか。

 こんなときだったが、私は少しだけ口元に笑みを浮かべた。宗平の活躍を後で上に報告してやりたいと思った。


 そして、私が車に乗ってから一分も経たないうちに、斜面に積もった雪の均衡が崩れた。地響きに似た音を立てながら、白い雪は全てを飲み込んでいく。そしてそれに追いつかないように、宗平は最後尾で車を必死で操っていた。


 アスカはというと、その揺れる車内の中で必死に後ろを向き、あの建物が雪崩に巻き込まれる様子を見ていた。そして、私もドアミラーからその様子を見ていた。そしてあっという間に灰色の建物は雪に埋もれてしまった。


 私たちは雪崩が来ない場所まで来ると一度降りて、建物の様子を遠くから見ていたが、もうこの建物は使い物にならないことが確認されたので、すぐに引き上げることになった。


 朝美は改めて私に雪崩が起こった理由を教えてくれた。そして霧が少しでも晴れてくれなかったら、私達はこの雪崩に巻き込まれていたかもしれないと言った。


「命拾いしたわね。天は我を見捨てなかったか」

 朝美は運命とか幸運とかは信じない人だけれど、たまにこういう経験をするとそう呟く。


 それから今度は私が彼女に、屋敷で出会った老人の話をした。すると彼女は、少しの間じっと私を見ていたが、その後私の肩をぽんぽんと叩き颯爽とセドリックが運転する車に戻っていった。

 私とアスカは前方の車が走り出すまで外にいて、あの建物があった場所を見ていた。


「……」


 宗平は外に出ると震えるほど寒いと言っていたが、私は何故か心が温かくて、それほど寒さを感じなかった。もしかしたら、それはアスカも同じなのかもしれない。


「おじいさん、幸せ……だったのかな?」

 アスカは泣きそうな声でそう言った。

「どうかな」


 私はダウンのポケットに入れていたスノーグローブのオルゴールを、手のひらに載せて見つめた。きらきらと雪のようなものが舞う中に、あの屋敷に似たフィギュアが置いてある。


「わからない。けど、私達に会ったときは幸せそうだったよ」


 アスカも同じようにあの老人からもらったプレゼントを握っていた。もうすでに開けてあり、髪留めであったことが分かる。きっと彼の親族の中に小さな女の子がいたのだと想像する。


「……」


 私は再出発するまで、アスカと共にその屋敷があった場所を見つめた。そして何度もあの老人の優しい温かな笑顔がよみがえる。私が部屋を出る前に見た、彼の最後の顔はきっと忘れないだろう。


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