第17話 八つ当たり

「さて」

 私もアスカと同じように下に降りなければ、と準備をする。

 だが肝心のエドワードがまだ来ない。私は不安に駆られながらも、窓枠に座った。

 その時である。

「ここにいた」

 軽く息を切らしたエドワードが入ってきた。

「なにしてたのよ」

 私は彼を思いやる言葉を一切かけずに、ただ、私の気持ちをかき乱した彼にそう一言言い放った。

 彼は私の反応に対し、歯を出して笑う。そして素早く降りる準備をし始めた。

「少し探したんだって」

「拳銃を使ったんだから、音は聞えていたはずでしょ?」

「手厳しいなあ。そんなんで分かるなんて犬ぐらいなもんだろ」

「あなたの本能は犬並みでしょ。分かっていたんならさっさと降りてくればいいのよ」

 すると、エドは突然私の顔を覗き込んだ。

「心配した?」

 真面目な顔で問われ、私は内心ドキリとする。だが、気持ちの揺れを悟られないようにそっけなく答えた。

「任務が終わらないかと思った」

「素直じゃないね」

「アスカは無事に下りたわよ」

 彼はそれを聞くと嬉しそうに笑った。

「もう一人でやれるんだな」

「降りるのだけはね」

「大したもんだよ」

「私も行くわよ」

 私は前を向いて、すぐに下りる態勢に入った。そうでなければエドワードが下りられない。

「ごめん」

 突然彼は言った。

「なにが?」

 その時、トランシーバーで会話をしている人の声が聞こえた。その中でアスカは無事に生還したようだった。歓声も聞こえる。

「あの人を助けることができなかったことだよ。説得できなかった」

「ああ」

 私は生返事しながら灰色の空を見上げた。

 そんなことより、早くここから脱出しなければ。

「私は別に気にしていないわよ」

「嘘だ。本当は助けたいと思っているくせに」

 彼は私の言葉を否定し、私の中にある別の心を読む。イライラする。私は振り返って、怒鳴った。

「うるさいわね! そう思っていても、出来ないことだってあるのよ! 私もあなたも人を救えるほど立派じゃないわ!」

 振り向くと彼は珍しく、ちょっとだけ驚いた顔をしていた。傷つけたかもしれない。

 それにこれは八つ当たりだ。私は自分が出来なかったことを彼のぶつけただけである。

 それが分かっているから恥ずかしくて、表情の変化を隠すように前を向いた。

「もう行きましょう。私、こんなところで雪崩に巻き込まれている場合じゃないのよ」

 そう言って、窓枠を蹴る。すると微かに彼がこう呟いたのが聞こえた。

 ――ありがとう、メアリー。

 何が「ありがとう」なのだろう。

 私はお礼を言われるようなことを何一つしていない。

 老人のことはエドワードに任せてしまったではないか。そして彼ならば、抱えてでも連れて来てくれるのではないかと期待していたのだ。

 人を死なせたくないと思ったのは私で、でも助けることが出来なかったのも私だ。彼ではない。だから、お礼を言われる理由なんてないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る