第16話 窓からの脱出

 私の考えでは、三階から降りるのがいいと考えていた。


 エドワードが言っていたフィーネトレッドは、直径一センチの細いロープみたいなものなのだが、その細さの割にかなり頑丈であるため、こういう現場ではよく使われる。そしてそれは、三階から降りるとなると少しはあるが今回はアスカがいるし、できうる限り仲間がいる場所にいち早く着いたほうがいい。


 私たちは三階につくと、南に面した部屋に入った。誰もいないことを確認し、急いで窓を開けようとするのだが、長い間空いていなかったせいであろう。なかなか開かない。


「開かないの?」

 心配そうにアスカが声をかける。

「大丈夫よ」


 そういうと私はアスカを後ろに下がらせ、その窓の鍵がかかるところに拳銃を構える。


 パアン!


 乾いた音が鳴り響き、空になった薬きょうが甲高い音を立てて転がる。その後窓に回し蹴りを入れた。


「でやっ!」


 すると窓枠が外れたのと同時に、もろくなった窓ガラスが割れる音がした。風が南から北西に吹いているため、ガラスの破片がこちらに入ってくる。私はとっさにアスカを庇い、破片をしのいだ。

「んぐっ」

 かばわれたアスカは私の肩に鼻をぶつけたようで、痛みをこらえていた。

「さて」


 私は掌に収まる大きさの円盤型の機械をリュックから二つ取り出す。

 これはフィーネトレッドをしっかりと張るための道具で、片方をこちら側に、もう片方を行きたい方向へ放り投げる。するとロープがピンと張り、安全に移動できるように固定してくれるという、なんとも便利で優れた機械なのだ。


 私はそれを開いた窓ガラスから放り投げ、できるだけ遠くに飛ばす。

 正直向かい風のせいで思ったほど遠くまでは行かなかったが、こちらに残っているもう一つの円盤のパネルには、もう片方の円盤の位置情報があり、そこで点滅している点を指でスライドすると、目的地側に向かった円盤が移動してくれるのだ。私はそれを使い、できるだけ円盤を遠い所に向かわせる。

 機械の性能がいいのは、本当に助かる。


「さあ、アスカ行けるわね?」


 そういうとアスカは頷き、肩に掛けていたショルダーバッグからフィーネトレッドを伝っていくフック上の機械を出す。またそれに付いている紐を、身に付けているベルトに固定し命綱とした。ここまで来れば、もうフックが勝手に操作をしアスカを下まで導いてくれる。


 彼女はあの老人にもらったプレゼントをほんの二、三秒見つめていたが、すぐにカバンにしまう。だが、その動作は大切なものをしまうように丁寧だった。


「エドは?」


 アスカは降りる際に私を振り向いて彼のことを確認したが、私にも分らなかったので首を振った。


「分からない」

 だが、「彼のことだ」と思ったので、

「けど、何も心配はいらないわよ」

 と言ってアスカに笑顔を向けた。彼女はそれを見て頷くと、窓枠を蹴って下に滑っていった。


「こちらメアリー。今、アスカが下りていった。あとはよろしく。どうぞ」

 私はトランシーバーでアスカを無事におろしたことを伝える。すると、

『了解』  

 短くリサの返事が聞こえた。


 彼女は現場に自分の娘を連れてくることは幸せであるとは感じてはいたが、それでもやはり危険に巻き込んでしまうことを、内心ではよくは思っていないのだろう。彼女の短い返事には、不安が払拭された安堵が感じられた。

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