第14話 緊急事態

 私は急いでトランシーバーのスイッチを入れる。すると、そこから忙しなく受け答えがされているのが聞こえた。


『今すぐ戻れ! ここは雪崩が発生する可能性がある危険区域だ!』

 ギオルグの緊迫した声が聞こえる。


『メアリーさん、早く出てください! そこは危険なんです! 今まで霧がかかっていてよく分からなかったんだけど、この屋敷の後ろには急な斜面があってあまり木もないみたいなんだ!』


 宗平が焦る声でそう言う。


『朝美、キース、ジェラルド、セドリックのチームの確認は取れた! メアリー! 聞こえているなら応答して! あなたのところだけまだよ! どうぞ』

 椎名が珍しく声を張り上げている。私は急いで返事をした。

「こちらメアリー、どうぞ」

『メアリー! やっと通じたわ』

 椎名は私の声を聞いて少し安堵しているようだった。だが、事は差し迫っているようで、椎名の声からは現場の緊張が伝わってくる。


『とにかく急いで退却してちょうだい! 今、双眼鏡で上のほうを確認したんだけど、本当に今にも雪崩になる可能性があるわ! それに今雪が降ったり止んだりを繰り返している。どこか均衡が崩れたら表面雪崩が発生してしまうかもしれない。表面雪崩は時速八〇㌔にもなるから……もしかしたらこの屋敷ごと流される可能性もある。流されないとしても生き埋めになる可能性は大きいわ! だから今すぐ戻って!』


「――了解」

 そう答えてトランシーバーをしまうと、私はエドワードに言った。

「ここに雪崩が来る可能性があるみたい」

「そうか」

 彼は私と同じく至って冷静だった。

「なだれぇ⁉」

 驚いているのはアスカのほうだった。彼女はそれがどういうものかわかっているのか、体をぶるぶるっと震わせた。

「大丈夫よ。来る可能性はあるけど、まだ来ていないもの。ちゃんと脱出できるわ」

 そう言って安心させる。そして私は次に、老人に手を差し伸べた。

「もしかしたらここに雪崩が来るかもしれません。おじいさんも逃げましょう」

 そういうと彼はにっこりとほほ笑んだ。

「ありがたいが、私はここに残るよ」


 彼がこう言うであろうことは何となく想像していた。しかし生きている人が残っているのに、どうして残していけるというのだろうか。

「置いて行くわけにはいきません」

「大丈夫だよ」

 老人は笑った。

「ここには妻がいる。君もそう言っただろう?」

「……」


 老人は部屋を見渡した。私も同じく見渡す。きっと彼はここでクリスマスを祝うつもりだったのだろう。それも一人で。

 だけど準備したクリスマスツリーの下には、プレゼントもいくつか添えてある。来ることのない子どもや孫たちのことを思って用意したに違いない。それを思うと虚しく思えた。


「いいんだ」

 彼は言った。

「私はここでいい」

「でも……」


 私がどうしたらいいのかわからない顔をすると、老人はツリーの根元にあった小さな箱のプレゼントをとり、アスカに渡した。そして微笑んでいった。

「メリークリスマス。私が最後に出会った素敵なお客様」

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