第5話 振る舞いと相手への理解
「どうするの?」
車に戻ってきた私にアスカが尋ねた。しかし私は今から突入するのに必要なものを準備するのが優先で、彼女の質問にすぐに答えなかった。
「さあな。でも、突入はするだろ」
その為、宗平が代わりに思ったことを答えた。
本当は会議に参加したかったようなのだが、私に「ここにいろ」と強く言われたので拗ねているのだ。彼は窓越しに外を見ている。
「宗平に聞いているんじゃないんだから、勝手に答えないでよ」
彼女を含め、子供たちは一度聞いたことを二度聞かない。何度も聞くとうるさいと言われるからだ。大人たちが返事をしてくれればラッキーだし、返事が返ってこないのなら「黙っている必要がある」と教育されているのだ。
そのため宗平が答えたことに、アスカは文句を言ったのである。
「メアリーさんが答えないんだから、少しは黙ってろよ。それに年上を呼び捨てにするな」
宗平は拗ねたまま、アスカに八つ当たりするように言った。しかし彼女もそれで負けるほど
「メアリーは『呼び捨てにするな』なんて言わない。朝美だって、ザックスだって、椎名だってそうよ? 何で宗平だけそんなことにこだわるの?」
宗平は八歳の娘に色々言われて嫌な気分になったのだろう。ため息まじりに言い返す。
「俺のところはそういう文化なの。年上なら名前の後に『さん』ってつけるんだ。少しは分かれよ……!」
宗平の出身地はアスカとは違う。無使用建築物探険家の本部がある国から、西にある大きな海を挟んだところにある小さな島国である。
私はその国に行ったことはないが、よく宗平の父である
自然豊かな場所で四季の景色があり、人々はその自然の流れに身を任せて生活していると言っていた。また年下の者は年上の者を敬うことを常としている、とも。
私たちの国では意見が活発に交わされることもあり、相手が年上だからと言って年下が遠慮することはあまりない。そしてアスカもそこで生活しているため、宗平の言っていることが分からないのだろう。
光が言っていたことは、ここでは受け入れられにくいことかもしれない。しかし宗平はその文化の中で育ってきている。だからそれを尊重したいと思った。
「そうね。宗平の母国ではそれが礼儀なのよ。ね?」
私はカーゴルームの方から宗平に同意を求めた。すると彼は振り返って強く頷いた。
「そうです」
私は宗平からアスカに視線を移す。
「朝美も同じ国の出身だけど、あの姿を見れば分かるわよね。彼女は三つの国の血が混じっているから、そういうことは気にしないのかもしれない。でも、自分の文化を大事にできる宗平は素敵だと思う」
すると彼は冷静さを取り戻したのか、少し悲しそうな表情を浮かべていた。
「でも、ここではそういうことを持ち出さないほうがいいんですよね」
彼もそういうことでつっかかることは、よくないことだと分かっているのだろう。私は静かな声で答える。
「そういうときもあるかな……。でも、最初から否定するのもよくない。だから――」
アスカの黒い瞳を見ながら言葉を続けた。
「宗平がそう言ってもあまり怒らないであげて。周りの大人がみんな宗平よりも年上だから、宗平、宗平っていうけれど、あなたたちがそう言うのは慣れないみたいだから」
すると彼女はしぼんだ花のようになる。
「分かった」
自分の行為が悪いものだったと反省しているようだった。
「文化が違っていて、しかも知らなかったのだから仕方がない。でもね、アスカ。きっとこういうことはこれからもっと沢山あると思う。だから、ちゃんと宗平のことも大切にしてあげて。ね?」
「……分かってるよ」
そして彼女はそっぽを向きながらも「そーへいさん」と呼んでみた。宗平も彼女の心遣いが分かったのと、彼女の言い方が新鮮でくすぐったかったようで笑っていた。
分かり合えて良かったなと思う。
文化の違いによって、受け入れられない出来事もあるかもしれない。
しかし、私たちの仕事は色々な国や種族の人たちと協力しなければならないことから、出来うる限り相手のことを尊重してあげたいと思う。難しいかもしれないが、最初から諦めたりしないで、出来ることから受け入れられたらいい。今日のアスカのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。