第4話 作戦会議

「思ったよりも大きいな……」


 今回結成されたチーム(といってもいつもほとんど同じ)のリーダーであるギオルグが、感嘆と不安が入り混じったような声で言った。


 不安があるように聞こえたのは、マフラーで口が隠されくぐもった声だったからそう思ったのかもしれない。なにせ防寒具で顔をぐるぐる巻きにされた中で、露出していたのは細い眼と赤い鼻だけだったから。


 私はチームの先頭を走っていたが、トランシーバーで報告した後、少し道を戻り後続と合流した。車は全部で六台あり、それぞれに二人が運転席と助手席に座っている。


 その内二台には、めいいっぱいの生活用具と医療道具が詰め込まれており、内一台には武器と燃料。残りに人とその他に詰められるものが入っていた。


 そして、今外に集まっているメンバーは車ごとの代表者である。それ以外の人たちは車で待機のため、暖房のついた暖かい車内で待っていられるはずなのだが、今回は山奥での調査のためエンジンを切ってある。いつどのように状況が変化するのか分からないので、燃料の節約をしなければならないので仕方がない。

 それでも雪は最初にここを通った時よりも落ち着き、やわらかく降っていた。


「私も、イメージしていたものとは少し違う印象だわ」


 ルージュの口紅を塗った朝美あさみは言った。ニット帽から薄茶色の髪が少し見える。そしてきれいなスカイブルーの瞳は、この場所と妙に似合っていた。

 彼女は、低く魅力的な声で発言をつづける。


「情報が違っていたのかしら?」

「道を間違えたとか?」


 朝美の問いに応えたのは、ザックスである。色見の薄いサングラスを掛け、革のジャケットに手袋をつけていた。


「でもこんな雪の中に建物なんて、そんなに沢山あるものかな?」

 セドリックが言った。彼の顔は寒具でほとんど隠れてはいるが、声はいつもと変わらずよく通る。

「確かになあ……」


 ザックスが答える。彼は体格がよく強面であるが、その見た目とは裏腹に性格は素直で単純である。そして自分の意見にあまり執着しない。元々、頭で考えるよりも勝手に体が反応する方が向いている。


「では、やはり間違っていないのでは?」


 そう言ったのはセナだった。だが声が酷く震えていた。見ると彼はダウンジャケットを羽織ってはいるものの、それ以外の防寒具を身に付けておらず、首元や顔、手などが冷たい風にさらされて赤くなっている。

 見ているとこちらまで寒くなってきたので、私は自分が使っていたマフラーを外し彼に巻いてやった。


「え、メアリーさん⁉」

「ごめん、私のだけどないよりマシだと思う」


 私よりも五つ歳下の彼は、データー収集がうまい。だからこういう会議に出されると思われがちだが、本当の理由は「身代わり」である。

 本来は「エドワード」という、セナとペアの人物がここへ来るべきなのだが、話し合って決めることが面倒なのかいつも後輩のセナに押し付けるのだ。

 そして想像するにセナのマフラーは、エドワードが取ったに違いない。彼は自分のマフラーは持って来ていても、後ろの積み荷から出すのが面倒で、セナのものを奪うようにして借りたのだろう。

 悪い人間ではないが、時折メンバーに面倒をかける奴なのだ。


「確かに暖かいですけど、メアリーさんは? 寒くないんですか?」

「私は大丈夫」

「寒いわよ」


 そう言ったのは朝美である。彼女は貸してしまった私のマフラーの代わりに、自分のネックウォーマを貸してくれた。


「大丈夫なのに」

 と言いつつも、彼女が今までつけていたそれは暖かかった。

「いいから」


 彼女は私よりも四歳上だ。「探険家」という家業に女性が参入できているのは彼女のような人が入るお陰である。さりげない気遣いや気配りが出来る人が周囲にいてくれるだけで、女性はずっと仕事がしやすくなる。そしてそれが朝美の優しさだ。


 するとそれを見ていたギオルグは朝美に「俺の使うか?」と言ったが、朝美は「お気になさらず」と笑みを浮かべて丁重に断る。


 それを見ていたザックスは「それじゃあ、俺のだったら受け取る?」と冗談めいたことを言ったが、朝美に「馬鹿じゃないの?」と冷たく言い放たれた。


 気の抜けたやり取りを混ぜながらも、五分程度で作戦を確認し合う。大抵目的地へ行く前に綿密に話し合い、幾つか行動パターンを決めているので、現地ではそれを元にどういう風に行動するのかだけを確認する。これは、メンバーのことを良く知った私たちだからこそ出来ることだ。


「それじゃあ入るか、あのに」


 ギオルグがそう言ったので、私たちははっきりと頷いた。

 今から入ろうとしている建物は「屋敷」とそう言うのにふさわしかった。レンガの壁が上にも横にもそびえている。まるで主人に忘れ去られた今でも、忠実に待ち続ける犬のようでもあった。


「そうだね。行こう」

 セドリックが言う。メンバーはみんな頷いた。

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