第12話 橘蓮⑫

 十年前の病院。

「僕が母さんを殺めた……」

 病室のベッドで蓮が横になっている。

「ああ」

 傍らで制服姿の瑠衣がゆっくり頷く。

 瑠衣は特に怒っているようでは無いが、蓮に対し、複雑な感情を抱いているのは、間違い無かった。

 蓮の母親は瑠衣にとっての大事な姉でもあった。

 瑠衣は筋金入りのシスコンで、大好きな姉を失ったのだ。悲しく無い訳が無い。

 蓮の母親は一週間前に死んだ。

 もう火葬も済ませた。

 蓮はそれに参列していない。

 それが許される訳が無く、瑠衣は姉の葬式の事を話に来たのだ。

「それより」

 蓮が起き上がる。

「なに?」

「恨んでる?」

「ああ、正直な所」

 それでも、殴る気力が無かった。

「じゃあ、どうして僕は生きているんだ?」

 蓮は機械のように話す。

「なっ、蓮!」

 瑠衣が叫ぶ。

「だって、そうだ。僕がいなかったら……」

「それ以上言うな。それで姉さんが喜ぶのか? 確かに蓮は恨まれても仕方ない。だが、俺が蓮を恨み、やっちまったら、姉さんの遺志はどうなる? 俺は目先の感情より姉さんの遺志を尊重したいんだ。それには蓮の意思は無い。姉さんの為に生きるんだ。お前が自ら命を絶つ何て馬鹿げた事も無しだ。いいな」

「分かった」

 蓮は俯き考える。

「どうした?」

「僕はこんな時どんな顔をすればいいんだ?」

「なに、訳の分からねー事聞いているんだ。悲しけりゃ、泣けばいいんだよ」

 瑠衣はぶっきらぼうに言う。

「泣く。どうやって? 教えて?」

 蓮は無表情で瑠衣に聞く。

「蓮。お前」

「分からないんだ。母さん失ったのは分かる。これが悲しい事も頭では分かる。でも、それをどう表せばいいのか、分からない。いや、分からなくなった」

「蓮……」

 瑠衣は考えるより先に、蓮を抱き締めた。

「だったら、俺が蓮の分まで泣いてやる」

「……」

「だから、姉さんの意に反する事は絶対しないでくれ、俺が居場所を作るから」

「うん」

 蓮は無表情に頷いた。

 嬉しいのだろう。しかし、それを顔や体で表現が出来なかった。

 それから十年。蓮は一度も笑って、泣いて、喜ぶ事はしなくなった。

 力の暴走により背負う事になった罪に、十歳の心が耐えられなかったのだ。

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