第9話 橘蓮⑨

 レンタカーに四人は乗っている。

 蘭と桜は後部座席に座る。

 蓮が助手席に座り、瑠衣に道案内していた。

「そこ右」

「あいよ」

 瑠衣だってこの位は役に立った。

 補足だが、モデルの仕事がそうとう暇なので、車の免許の他に漢字検定一級の資格、危険物取扱の免許、そして、税理士の免許もあれで持っている。

 暇だからと言ってそんな面倒な試験はウケない。他に、瑠衣が所属するモデル事務所の社長の命令でもあった。

『持っていたら面白いだろう』

 そんな言葉を社長から聞き、働かないで居座る対価として、資格を取ったのだ。

 社長の目論見や目指す方向が全く分からない話だったが、ちゃんと取得している辺り、瑠衣はバカでは無いし、対価のお陰で社長にも気に入られていた。

 仕事は上手くいっていないが、人間関係は円満に進める事に瑠衣は飛び抜けて長けている。

 これも、蓮が人との関わりを極端に苦手としていて、それをフォローする為に手に入れた生きる術であった。

 瑠衣はいざという時の為にかなりの人脈を作り、備えを怠らず、時にはその人脈を利用し、蓮の仕事を手伝っていた。

「叔父さん」

「お兄さんだ。なんだ?」

「いざと言う時は依頼人と一緒に逃げられる?」

「縁起の悪い事を簡単に言うな。敗北が似合わないよ。それに、そんな事を俺は許さないから、そーなったら、俺も手を出す」

「うん」

 蓮は静かに頷き、瑠衣の右手薬指に光る真っ赤な指輪を見ている。

 たまに蓮は思うのだ。

 力が無ければ、母親は失わなかった。

 瑠衣に恨まれ、殺されても仕方はない。瑠衣は蓮を愛している訳ではなく、隙を伺っているのだ。と。

 そう考え無いと瑠衣がここまで、蓮に尽くす理由が成り立たない。とも。

 愛され方が分からなかった。蓮は世界に絶望するより、自身に絶望しているのだ。

 だから、瑠衣にそう言った質問をする。そうする事で、まだ心変わりしてない事を確認し、存在を認めて貰いたいのだ。

 母親を殺め、十年。探偵を始めて五年、瑠衣は一度も蓮を見捨てる事はせず、優しく笑ってくれた。

 それは表情には出なかったが、とても嬉しい事でもあったと思っている。

 まだ、嫌われていない事が分かり、生きていい事が分かるからだ。

 蓮の心は、そこまで閉ざされているのだ。

 後部座席でも女性同士で深刻な話しをしていた。

「兄さん……」

 いざ会ったとして、どんな顔していいのか分からなくなったのだ。

 能力者は忌み嫌われるもので、桜も昔、能力者を嫌った。

怖いのだ。

 普通では無い力が人を恐怖に落とし入れるのだ。

 能力者は人から差別される事を恐れ縮こまる事もあるが、武力行使も多い。

 能力を持たない人間はその武力に屈するしかなかったが、能力者はまだまだ多くないので、数で負けてしまい、心を閉ざす能力者も少なくなかった。

「蘭さんは怖く無いんですか?」

「なにが?」

「能力者と一緒にいて」

「ああ、怖く無いよ。全然、だって、蓮君そんな非行に走る事しないから」

「そうですか?」

「うん。ああ、でも初めは怖かったかな。だって、口が悪いし、愛想無いから、ただ、痛みを知っているから、一緒にいられるし」

「痛み、か」

 桜は考えた。

「着いた」

 車が止まり、蓮が短く言う。

「愛想無くって悪かった」

 蓮は形式だけ言っていた。

 そりゃ、全て聞こえるのだ。無理もない。

 別に悪口を言われても、傷付く事は殆ど無い。

 しかし、瑠衣には傷付く振りをしろと言われていた。

 感情を半分以上失っている蓮にとってリハビリなのだ。

 とは言うが、それで、良くなる訳では全く無いが、少なくとも、人間らしさは出るので、淡々とではあるが、ちゃんと反応するようにしている。

「ゴメン。蓮君」

「別にそう思っていたの知ってたし」

 ちなみに口が悪いのは、生まれもっての物だった。

 その証拠に、蓮は小学生の頃から、五つ上の瑠衣を『叔父さん』と呼んでいた。

「その曲がった臍直しなさい!」

 蘭はその腐った腹が嫌いであった。

「ああ、そうか」

 桜はそれを見て何か納得し、笑った。

「どうしたの?」

「いえ、お二人があまりにも仲がいいから、お二人って付き合っているんですか?」

「はっ?」

 蓮は言っている意味が分からず、思考停止する。

「ちっ、違う。そんなじゃないわ。ほっとけないだけ、私はお姉さんの代わりをしているだけよ」

 蘭が笑う。

「姉? 余計、意味が分からない」

 蓮はまだ理解していないようだ。

 確かに蘭は蓮より少し年上だが、姉らしい事をされた覚えが無かった。

「でも、お二人を見ていて分かりました。私は兄を恐れちゃいけないって。兄の味方になれるのは、私だけだから」

「ふうん。よく、分からないけど、やる事見つけたんなら早く行こう」

「蓮君。余計な事言わないの!」

 蘭は蓮を叱る。

「女って分からない」

 蓮はこれ以上蘭が五月蝿くなる前に先に歩いた。

 その先には瑠衣が笑顔で待っている。

「私達も行きましょう」

「はい」

 桜が頷く。

 二人も後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る