第5話 橘蓮⑤
蘭と桜は急いで探偵事務所に戻った。
「蓮君。心配したんだよ!」
「僕、帰るって行った」
蓮は作業用の机でアイスコーヒーを飲みながら、ノートパソコンを動かしていた。
「帰り方って物があるでしょう!」
蓮の所に向かいながら蘭は叫ぶ。
「そう」
蓮は素っ気なく返事をする。
「そう。じゃない!」
蘭が怒りに任せ、作業用机を叩く。
「五月蝿い」
「他に言う事は?」
「犯人が分かった。そう言えば大人しくなるの?」
「えっ、分かったの!」
「うん。と、言うか始めから分かっていたし、後は場所の測定だけだったから」
「ちょっと、何で話さないのよ」
蘭は机を何度も叩いた。
「結局、怒る」
蓮には、蘭の行動が理解出来なかった。
蓮は女の子、と言うか人の扱いが分かっていないのだ。
「会話のキャッチボールが出来ていないからよ!」
投げたボールが真っ直ぐ帰って来た事何て、殆ど無かった。
蓮の性格なら、それは無理と言う物だ。
「ただ、解決したらつまらない。とっておきは最後まで、取っておく。叔父さんが言っていたから」
「はいはい。結局、蓮君も瑠衣が好きなのね。分かった。分かった」
蘭が呆れる。
蓮と瑠衣は親戚以上の関係が成り立っていた。
「別に」
蓮は認めていない様子。
「それより、犯人は? 兄の居場所は?」
桜が身を乗り出し、蓮と目を合わせ聞く。
「まず、犯人はあんたの兄さんだよ」
蓮はアイスコーヒーを飲み干した。
「そんな。嘘です。兄が勝手に私から姿をくらますなんて」
「そんなの、僕は知ったこっちゃ無い。僕は犯人を提示しろと言われたから。まっ、大方、望まない能力を手に入れて、迷惑がかかるから消えたんだよ。よくある話だ。しかも、その力すら、まだ、コントロールしきれないでいる。そんな奴を兄に持てば、負担になる。だから、突然姿を消した」
「そんな」
「しかも、君の兄さんは政府に認可もされていないからな。それも決定打になったと思うよ」
能力者の数を把握する為、日本の政府は登録を義務づけた。
今まで日本政府が登録した能力者はざっと3000人。
しかし、現状は全てを把握している訳ではなく、予備軍、登録がしたくも出来ない。又はあえてしない無法者の能力者が沢山いて、政府が把握しきれていない。
全てを合わせると、日本でも数万、全世界で数千万いると言われている。
未知の能力、力を持つ故、情報の開示を行っていない事実も沢山あった。
何より、日本政府に認められる事の方が難しく、色々な試験が待っていた。
日本政府は把握を目的としているはずだが、能力者が増える事も同時に恐れていたのだ。
「それはわかりましたが、それで、兄の居場所は?」
「それは全く分からないな。登録してあるなら、登録者名簿をハッキングして、記録している行動パターンを把握し、ある程度予測は出来るが」
「ハッキングは犯罪!」
蘭が生真面目に言う。
「だから、話したく無かったんだけど」
蓮はため息混じりに言った。
「もう、どうして、こう偏屈なのよ!」
蘭は蓮のそう言う所が嫌いだったし、蓮もいちいちコミュニケーションを取ろうとしている所が苦手であった。
蓮が蘭に連絡しないのも、必要以上に聞いてきて、疲れるのが、分かっていたからだ。
しかも、蘭は蓮とは違い真面目だ。蓮と蘭はあまり相性が良くなかった。
「はあ」
そして、泣き出す女はもっと苦手だった。
桜は泣き出し、蓮はそれを見て、眉間にシワを寄せる。
「あのさ。別にこれでお手上げだから、帰って下さい。とは一言も言って無いだろう。そんなに、僕が信用出来ない?」
蓮は桜を睨む。
「蓮君。言い方を考えて」
蘭は桜を庇った。
「そうだろう。僕はお金を貰っているんだ。五十万一括で、諦める方が無理だから、働かないと誰かが五月蝿いしな」
最後は蘭に対して文句を言った。
「それは悪かったわね。それで、どうやって探すの?」
「風の力を使うんだ。風は至る所に吹いているから、風に探して貰う」
蓮は立ち上がった。
「でも、密閉された場所にいたらどうするのよ」
「屁理屈」
「いいから、答えなさい!」
蘭が何度も机を叩く。
「はあ、そんな所の方が少ないだろう? クーラーだって、地下鉄の電車が通り抜け時だって風が起こしているだ。仮に部屋の窓を閉め、クーラーも換気扇も点けていなかったとしても、窓から風が入ってくるよ。瑠衣叔父さん。昔、窓閉めて、ベランダでタバコ吸っていたホタルだったけど、それすらも僕嫌がったから。結局、禁煙したけど。タバコの煙が部屋の中に入るのは風が入っている証拠だ。それが部屋に巡るのは、風が吹いているからだ。違う?」
「そうかも、それでもあるでしょう。何処かの研究所とか、特殊な倉庫とか」
「確かにあるけど、逆にそんな所に何でいるの? 今回の事件は自分で消えたんだ」
「別の人って考えなかったのですか? 兄が能力者じゃなくって」
「ああ、そっか。忘れてた。この能力は自分と触れた物にしか、発動出来ないんだ。つまり別の能力者が触れたとなれば、いくら周りに無関心でも、気付く人がいるだろう」
「誰よ」
「依頼人。君だよ」
「私?」
桜は驚き目をパチパチさせる。
「そう。仮に他の人が犯人だとしたら、何故、君は気付かなかったの? いくら、能力者でも、ゼロ距離で発動するのが、最低条件で、数秒しか目を離していない君が、すぐ後ろにいた人の気配に気付かないはずはないだろう。ゼロ距離まで気配を消せる人間はいないから。最も、その話全てが嘘で、君が僕を出し抜いたのなら話は全て変わる。が、五十万も出して、こんな場所にわざわざ足を運んで、そんな嘘を付くとは思えないから、僕は依頼を受けた訳。まだ、何かある?」
「そこまで分かっていて、何で、最初から力使わなかったのよ!」
「疲れる」
大きい力を使えば、それだけエネルギーを消費する。カロリーを燃焼するのは身体を動かすのと同じなのだ。
「そうよね。蓮君ってそうよね」
蘭はどっと疲れ頭を抱える。
蓮はあまり、食事を摂らないし、動こうともしないのは、疲労するのが嫌だからだ。
日光も浴びなかったせいなので、背も伸びず、見事なモヤシに育ったのだ。
「よく分からないが、他に文句が無いなら、さっさと始めるよ」
蓮はどんどん先に進んだ。
「もう、本当に勝手何だから!」
二人も蓮の後に付いて行った。
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