第3話 橘蓮③

 そして、何とかなるのが、お話の世界である。

 5分後、待ちに待った仕事が舞い込んだ。

「依頼ですか?」

「はい」

 蘭とは違い落ち着きのあるキレイな女性であった。

 ちゃんと、胸もあり大人のお姉さんであった。

「それで依頼って何ですか?」

 蘭はコーヒーを振る舞う。

「ふうん。可愛い子じゃん」

 最後の山盛りカレーを食べながら、瑠衣が笑う。

「あんたは裏に籠もっていなさい」

 蘭がキッチンに押し込む。

「すみません。見苦しい物をお見せしました」

「いえ」

 とは言ったが、女性の顔は歪んでいる。

(この人達に頼んで大丈夫かな?)

 ごもっともな突っ込みだ。

「疑ってる?」

 蓮は正面にいる女性の顔を凝視する。

 無気力ではあるが、女性の事を人間観察しているのだ。

「いっ、いえ」

「別に他行ってもいいよ」

 探偵事務所なんて、いくらでもある。蓮はなるべく面倒な事はやりたくなかった。

「蓮君! いつもみたいに、帰らせ無いでよ!」

「何で?」

「何ででも! 理屈抜きでピンチなの!」

「あっそう」

 蓮は面倒くさそうに座り直す。

「ごめんなさい。気を悪くしないで下さい」

 蘭が必死に謝り、無理矢理引き止める。

「お話しして下さい」

 蘭が無理矢理、進める。

 ここで、引き下がってしまう人は結構いるからだ。

 蘭が必死になるのも無理は無かった。

「はあ、私の名前は高橋桜です」

 依頼人が自己紹介する。

「ああ、すみません。名前がまだでしたね。私は浅野蘭です。こっちはこの事務所の所長、橘蓮君です」

 瑠衣は無視している。

 事務所の人間でないのだ。

「よろしく」

 蓮が一応挨拶した。

「それより、依頼ですが、人を探して下さい。私の兄です」

 やっと本題に入る。

 ここまでかなりの時間が掛かったが、やっと本題に入った。

「人ですか?」

「はい」

「それは警察がやる事」

 蓮は目を半分閉じてやる気を無くしていた。

「それが出来たらとっくにやっています!」

 桜は少し怒っていた。

 まあ、素っ気ない態度取られたら無理も無いだろう。

「能力者絡みと言う事ね」

 蘭が更に話を進める。

「恐らくは」

 桜は俯く。

「ふうん」

 蓮は無関心を装っているが、話はちゃんと聞いていた。

「確かに蓮君の仕事だわ。詳しくお聞かせ下さい」

「はい」

 桜は話を始めた。

 要するに、突如として、人が消えたのだ。それも一瞬にして。

 三秒間、目を離しただけで、隣にいた桜の兄は消えてしまった。まさに神隠し。

 勿論、種はあった。

 兄のいた場所で強い風が吹いたのだ。

 兄は何だかの形でそれに引っ掛かり、吸い込まれ風のように突如として消えたのだ。

 警察は勿論、聞く耳を持ってはくれなかった。

 途方に暮れていた桜だが、口コミでここの評判を聞き、意を決してやって来たのだ。

 ちなみに『口は悪いし、無気力だが、凄腕の探偵』と言う噂が流れている。

 それがいいのか悪いのかは、分からないが、こうして、人がやって来ているのだから、蓮はそこそこやるのだ。

 桜が話を終え、蓮が始めに口を開く。

「50万。一括払い。それが出来たら、依頼を受けるよ」

「それはちょっと高いから」

 蘭が慌てる。

「そう? 50万で命が助かるなら、安いと僕は思うよ。それに躊躇っている時間も無いはずだよ。違う?」

 蓮は淡々と無感情に話す。

 これが蓮のやり方である。

 それには誰も口出しが出来ない。

 いつの間にか、キッチンから出て来た瑠衣も、腕を組み静かに話を聞いていた。

「分かりました。用意します。だから、兄を絶対救って下さい」

 桜は強く言った。

「分かった。確かに仕事は受ける。誓約書にサインしてくれる?」

 蓮は蘭に合図を送る。

 蘭はあらかじめ用意していた誓約書を桜に見せる。

「あんた。運いいよ。本当ならこんな割の合わない仕事やらないから」

 蓮が愚痴を零す。

「蓮君。そう言う事言わないの。せっかくの仕事何だから、本当にすみません」

「真実だから、能力者が絡む事件は下手したら、死ぬから。そう言う意味じゃ、僕は50万円で命を売った事になる」

「はいはい。その位でいいでしょう。ほんと、腕は確かなのに、性格が気難しいんだから、本当にスミマセン」

 蘭が何度も謝る。

「蓮、手伝おうか?」

「いらない」

「そか、分かった」

 瑠衣は玄関に向かう。

「ちょっと、たまには手伝ってよ!」

 蘭が怒鳴る。

「蓮が頼んで無いじゃん」

「まあ、そうだけど……」

「んじゃ、大丈夫だろう。蓮、無茶はすんなよ」

 手伝う事はしないが、可愛い甥を気にしていない訳では無かった。

「うん」

「じゃっ、ご馳走様。ドライブ行って来るから、又、夜な」

 瑠衣はバイクの鍵をちらつかせ、出て行った。

 本当に暇人である。

「分かった」

 蓮は手を振る。

「たまには働け!」

 蘭は怒りに任せ叫んだが、扉が閉まり、瑠衣には届かなかった。

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