第2話 橘蓮②
春になったばかりの、心地よい気候の、昼過ぎの東京都のとある場所。
高層ビルと雑居ビルが並ぶ、オフィス街のある一角に、主人公のいる、3階建てのビルがありました。
橘探偵事務所。
そこから、お話はスタートする。
橘探偵事務所は3階建てビルの2階にあります。
窓ガラスには大きく『橘探偵事務所』の文字が並んでいる。分かり易い意志表示だ。
ちなみに1階は雰囲気のいいコーヒーの美味しいカフェで、三階はテナント募集中である。
世知辛い世の中であるのは、どの日本も同じである。
とりあえず、2階に足を運ぼう。
2階の扉を開けると、十畳程の小さな部屋が広がる。
客をもてなす2人用のソファ一つと、1人用のソファ2つ、中央にテーブルが一脚、それから、事務用の引き出し付きの机が一脚ずつ、びっしりと本がしまってある、本棚があるだけの質素な部屋である。
他にもキッチンや寝室、資料室何かも隣の部屋にあるが、今はあまり触れ無いで置こう。
橘蓮は悪い夢から目を覚ます。
いつの間にか、2人用のソファの上でうたた寝をしていたようだ。
主人公の橘蓮は、日本人にしては少し身長が小さく痩せ型、黄色人種にしては色白で血色が悪く不健康な体であった。
橘蓮を一言で表すなら、タダのモヤシである。
そのモヤシが主人公で、事務所の所長何だから世も末である。
蓮は少し目つきが悪く、極端な色白以外は、平均的な顔つきで、そして、性格は根暗であった。
「おう。起きたか」
蓮の正面の1人用のソファで、左手にスプーンを持つ左利きの男が、カレーライスの山盛りを、食べていた。
長身で鍛えられた痩せ型の体、キレイに染めた茶髪に、鋭い切れ長の目に、整った鼻立ち、薄くキレイな唇と、見るからにカッコいい男である。
名前は柳川瑠衣。蓮の叔父で一応モデルである。見た目性格は蓮とは反対で、実に社交的な性格だった。
「おはよう。叔父さん」
目を擦り起きながら、一言。
「叔父さんは止めてくれ。お兄さんだ。いい加減、からかうの止めてくれよ」
確かにそう言う関係だが、25才で『叔父さん』と呼ばれるのは、瑠衣としては不本意なのだ。それは耳で聞いた時、中年男性の『オジサン』と変わらないからだ、それは確かに不本意だ。
しかも、5才しか蓮とは離れていないのだ。だから、蓮には名前で呼ぶよう頼んでいる。
そして、その叔父、いや、瑠衣がここにいるのは、蓮に取っても、瑠衣に取っても普通の出来事で、ここで大食らいするのも瑠衣の日課であった。
瑠衣はあっという間に山盛りカレーライス3皿目を食べ終えた。
それにしても食欲旺盛な男だ。
「蘭ちゃん。お代わり」
赤いキレイな石の指輪を薬指に嵌めた右手を振り、お代わりをねだる。
まだ、足りないようだ。
「いい加減、働け!」
蘭と呼ばれる女の子が怒りながら、蓮から見て、右隣の部屋から出てきた。
カレーの匂いがその部屋から漂う。
右隣の部屋はキッチンであった。
「それが、仕事が全くこねーんだよ。はははっ」
瑠衣が屈託無く笑う。
日本の景気の悪さは世界が変格しても、変わらず起こる出来事で、失業率も5%超えは当たり前であった。
瑠衣の仕事のモデルだって、誰かが求めなければ、仕事は来ないし、瑠衣自身売れていないので暇なのだ。
瑠衣のここでタダ飯を食う日課は、年下の甥っ子が、年上の叔父を養う可笑しな構図なのだ。
しかも大食らいで、少しも遠慮していない。
もしかしたら、遠慮と言う言葉を知らないのかもしれなかった。
「これ以上食べたら蓮君の分が無くなります!」
女の子。いや、蘭と呼ばれる子が怒りながら言う。
すっかり彼女の紹介を忘れていたが、名前は浅野蘭。
貧乳と少し長身である事を除き、ごくごく普通の黒髪の女の子で、蓮の一応助手である。
まあ、だからって事件に対して、何か特別な成果を上げた事はない。
しかし、蓮の身の回りの世話、炊事、洗濯、掃除、そして、一番大事な瑠衣への突っ込みは彼女がやるので、役に立つ必要なキャラなのは分かる。
「ああ、もう。そん位しか無いのか」
瑠衣はスプーンを加え、まるで犬のように物足りない顔をした。
「僕、動いて無いし、いらない」
蓮はもう一度横になり、欠伸をする。
別に叔父だから我慢すると言う訳ではなく、食欲が始めから無いのだ。
「ダメ! 食べなさい!」
身の回りの世話と言うだけあって、蓮の食事の世話もちゃんとする。
蓮は必要以上に何かを食べる事はしない。
瑠衣とは違い、食に対する頓着がまるで無いのだ。
蘭に取ってそれこそが最大の悩みであった。
いざとなれば、瑠衣の底無し胃袋は生コンを食わせて、胃を固めればいい。
今も昔も世界を問わず、それは犯罪だが、蘭は許せると勝手に思っている。
瑠衣にそれだけの事をしても、罰は当たらないと蘭は思っているのだ。
彼が蘭の望む働きをした事は一度も無い。
こうやって食事を与え、時には家賃や光熱費の工面もしている。
蘭、いや、この事務所は瑠衣に恩をタダ売りしているのだ。
そして、絵に描いたダメ人間を家主の蓮は特に咎めたりはしなかった。
だから代わりに蘭が言っているのだ。
しかし、本人が食べないとなると話は別だ。
蓮の胃袋程、機能していない気がして、蘭は心配なのだ。
「そっか~もう、それだけしか残って無いのか~今度からもっと作ってよ」
ダメ人間がダメなお願いをする。
そう言うおねだりが許されるのは、成長期の子供位だ。
本当にダメな叔父だ。
「あんたね。自分の立場分かってる?」
「ん? 蓮の血縁者。可愛い甥っ子を見るのと飯を食うのは俺の唯一の楽しみだからな」
瑠衣にとって蓮は、目に入れても痛くない、可愛い甥なのだ。
まあ、傍目はタダの無気力なモヤシ人間にしか見えませんがね。
それでも、瑠衣は蓮を可愛がっていた。
「唯一とか言って、2つ並べているから、唯一の意味分かってる? って、そー言う事言っているんじゃ無いの!」
ちなみにこの会話は、毎日少し違うが繰り返されている。
「はあ」
蓮は大きなため息をついた。
当事者ならまだいいが、毎日聞く被害者が一番辛いからだ。
「蓮君。この人を出入り禁止にして!」
「何で?」
こうやって、振られるのも日課で、蓮はその都度訳を聞き返す。
「何で、って」
蘭は困る。
その位、理由を聞かなくとも分かる物だが、探偵事務所の所長が何も言わないのだから、蘭に決定権は無い。
そうやって蘭は毎日泣き寝入りするしかなかった。
蓮が瑠衣を咎めない理由は分からないが、蓮はダメな叔父を迷惑とか思っていないようだ。
「蓮君。今月ピンチなのよ」
こうなると、蘭は経済的な話を始める。
「あっそう」
蓮は特に焦る事はしない。『果報は寝て待て』精神が蓮には働いている。
そもそも探偵の仕事が、早々来る訳ではないのだ。
景気が悪いのもそうだが、蓮は特殊な事件を専門に扱う探偵でもあるので、更に数は限られる。
そんな蓮の精神が、蘭を追い詰め、財布のやりくりが難しくなり、月末はピンチになのだ。
今でも蘭は不思議に思っているが、蘭がここの助手になる前は、火の車必至の家計をどうやりくりしていたか、考えれば考える程、謎であった。
「何とかなるって、だって、蓮だしな。蓮が食わねーなら、俺貰うよ」
「うん」
蓮は頷き、瑠衣はキッチンに潜り込んだ。
「もう」
蘭は呑気な2人に苛立った。
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