第21話 新しい展開 (8)


「うわあ、寒かった。送って行って来たよ」

そう言って、いかにも送ったような声を出して。

「お母さん、寒い、お風呂空いている」

「空いてるわよ。先に入りなさい」

そう言ってお母さんの声がリビングから聞こえてくると

「はあい」

と言って二階の自分の部屋に上がった。


カリンは、湯船につかりながら少し浮いている自分の少し大きすぎる胸を見ながら左胸のトップを触って見た。前ほどに無頓着な感じではないが、何かやっぱり違う。不思議に思いながら

「うーん、なぜなんだろう」

考えることも無いことを考えながら、お酒がまだ入っている体を温めた。少し体が“ほってて”来ると、また“じーっ”と見た。何となくまた、触ってみた。

“えっ、そんな”カリンは、“自分の体がそれを覚え始めた”そんな不安が頭をよぎった。

それでも、一気に湯船から出ると洗面所で体を拭いて鏡でお酒も入っているせいか、普段透き通るような肌がほんのり赤みを帯びていた。


「あーっ、気持ちよかった。お母さん、出たよーっ」

大きな声で言うと、二階に上がり、自分の部屋に戻って、テレビをつけながら髪の毛を拭いた。

髪の毛も乾かし、酔いもまだ残っているのか段々“うとうと”してくるとカリンは、パジャマのまま、ベッドに潜り込む様に寝た。少し時間がたったようだった。

“うーん。今何時だろう”そう思いながら目が“ぼやーっ”と天井を見ると天井の明かりがつけたままになっていた。

“いけないっ”と思って、電気を消そうとしたが、喉の渇きを覚え“今日はちょっと飲みすぎたかな、気をつけなきゃ”と言いながらドアを開け、階下を見ると真っ暗だった。

カリンは、たぶん両親は寝ているのだろうと思い、階段を足音を立てないように下りていくとベッドルームから親の声が聞こえた。

「花梨、素敵な人見つけたようね」

「ああ、幸せになるといいんだが」

「私もそう願うわ」

そんな両親の言葉を聞きながら“幸せにならないとな”と思いながらリビングを通り、キッチンに入った。電気をスモールにしてゆっくりと冷蔵庫を開けると、喉の渇きをいやす為、健康飲料をコップに三分の一くらい入れてゆっくりと飲んだ。


「はーっ」

喉の渇きがいえたカリンは、また静かにリビングに戻り、廊下を上がろうとすると

「うっ、あっ、あなた」

“えっ”とカリンは思った。階段の下で足が動かなくなり、そのままいると

「花梨に聞こえる。だめ」

「大丈夫。花梨はもう二階で寝ているよ。ちょっとだけ」

そう言って静かになると

「あっ、ああ」

「あなた、あっ」

カリンは、それ以上聞けなかった。ゆっくりと階段を音がしないように上がると自分の部屋のドアを階下に聞こえないようにゆっくりと締めた。

カリンは少しの間、ベッドの横で下を向いていたが、そのままベッドにもぐりこんだ。

どの位寝たのか分らなかった。何となく海の底から水面に手が届くような感覚の中でまだ浮いているような気がした。

何の気もなしに自分の右手が自分の左の胸に行った。彼を思いながらゆっくりと横に手を広げて柔らかく触るようにすると明らかに気持ちのいい感触が伝わった。

なにも考えなかった。遊びのつもりで胸を触ると、彼に触れられている感覚と同じ感覚がよみがえった。少し触っていた。そのここち良い感触を半分眠りの中に浸りながらゆっくり左手を下に伸ばしていった。

“優”彼の名前を呼びながらカリンは、自分の指にされるままに感情に浸った。


カリンは、自分が怖がっていた事を体が覚え始めた事に涙がすこしずつこぼれた。創立以来の才女と言われ、それは百億光年も向こうにあるものと思っていた。友達の話や本では知っている。でも“自分が”と思うと心の中が整理しきれないでいた。

“優、会いたい”涙がこぼれていた。今、カリンの心の中は全てが彼だった。


「ただ今、優早かったわね。もっとゆっくりしてくると思ったわ。どうでした。あちらの家は。きちんと挨拶できましたか」

「お母さん」

まるで、小学生に言うように彼の母親は声を掛けると、玄関から上がってきた可愛い息子から出る日本髪につける油独特の匂いに

「優、頬に唇の後が」

そう言ってからかうように言うとベッドルームに入っていった。

「えーっ、また」

そう言って急いで洗面台に行くとなにも着いてない。

「お母さん、からかわないで下さい」

そう言って、そのままお風呂に入った彼は、風呂から上がると、自分のシャツに何か独特のにおいが付いているのが分った。

「かなわないな。気をつけないと」

そう思いながら、二階にある自分の部屋に行った。


ベッドに入ってからずいぶん時間がたったような気がする。いきなり彼女が呼んだ様な気がした。

カリン。何となく心にわだかまりを覚えながら酔いが抜け切れていない優は、もう一度眠りの虜になった。


彼は、次の朝、正月の三日目、九時に迎えに来た。

「優、おはよう」

彼の顔を見て嬉しそうに微笑む彼女に彼は、微笑んだ。カリンは、今日は洋服だ、落ち着いた色の洋服に二子多摩川のデパートで買ってあげたネックレスをつけている。

今日は、きちんと口紅も付け、薄いお化粧もしていた。

「カリン、綺麗だよ」

そう言って微笑む彼にカリンは

「うん、ありがとう、洋服でも優のお母さんに隙は見せられないもの」

優は、“なんで女性はこんなに強いんだ。男には理解できないな”と思いながら視線を彼女の隣に移すと彼女の母親が、微笑みながら

「優さん、おはようございます」

そう言ってそれ以上はなにも言わず、二人の姿を微笑みながら見ていた。


「優、今日はどうする」

「取りあえず、我が家に一度よってから、二子多摩川のデパートに行こう。初売りの二日目だから少し空いているだろうし」

“えーっ、優の家に行くの。また、お母様に厳しい目で見られてしまう。それに今日は洋服だし、まいったなあ。でも優がそう言うから仕方ないか”そう思いながら

「うん、いいよ」

そう言って、彼の顔を見て“にこっ”と笑った。

彼女の笑顔に彼は“カリンの笑顔は、ほんと可愛いな。言葉に出ないよな。あの時、お母さんが、カリンに言わなかったら”自分の勇気では言えなかった一言を自分の母親に“サラッ”と言われてしまったことを今は、とても嬉しく思った。


「なにを考えているの。なんか、一人で含み笑いして。教えなさい。優」

そう言って彼の左の頬を突いた。彼は嬉しそうな顔をして、

「カリンのことだよ」

と言うと右目を前方に放さずに彼女の方を“チラッ”と見て微笑んだ。


車を駐車場に入れて玄関にまわると

「お母さん、ただいま」

そう言って、玄関のドアを開けると既に彼のお母さんが玄関の上がりに立っていた。

「花梨さん、いらっしゃい。今日もいらっしゃるのを楽しみにしていたわ」

真っ向から戦線布告されたカリンは、彼の母親の目をしっかりと見るときっちり三〇度角度でお辞儀をした。

彼は、その光景を見ながら

“なぜ、女性ってこんなに強いの。初めてカリンに会った時、かよわそうな女性に見えたのに。まさかお母さんと正面から太刀打ちできるまでになるとは”

優は女性の心の変化の早さに驚いていた。

「優なにをしているの。早く花梨さんを応接に通して」

そう言いながら、玄関から上がろうとするカリンの動きを一点も逃さずに見ていた。


応接に通されたカリンは、マホガニーのテーブルのそばにあるソファに座った。ソファの高さが、カリンの身長に微妙な高さだったのでほんの少し横すわりになるとハンドバックを自分の横に置いた。

その時、ちょうど彼の母親がプレートに紅茶を持って応接室に入ってきた。

“ちらっ”とカリンを見るとプレートを一度テーブルに置いて、ゆっくりとティソーサーとティカップそれにティポットを置き、ティポットからティカップに紅茶を注いだ。

「花梨さん、どうぞ」

そう言って自分もカップと手に取った。

カリンは、カップを手に取り、香を少し楽しんだ後、カップに唇を少しつけて紅茶を口に含んだ。口の中に上品な芳香と味が広がった。

とても美味しいと思って、また少し飲むとティソーサーにカップを戻し、膝に置いてあるハンカチで口紅が付いているカップの縁を軽く拭いた。

その仕草に彼の母親は“にこっ”と笑った。葉月家の嫁として一点の落度も見逃そうとしない彼の母親の目にカリンは少し慣れてきた気がした。


「お母様、美味しいですね」

そう言って笑顔を見せるカリンに

「優、花梨さんのこの笑顔、お母さんたまらなく大好き。お母さん楽しみだわ。花梨さんが、早く我が家に来て頂ける日が」

そう言って自分も紅茶を口にした彼の母親に

「お母さん、まだ半年あります。そんなに気をせかないで下さい」

「えっ、後、五ヶ月と二日よ」

と言って笑う母親に優は“お母さんには、かなわないな”と思った。


「今日も厳しかったな。優のお母様の視線。もう耐えられそうに無い私」

そう言って運転する彼の顔を見ながら甘えた顔で言う彼女に

「カリンも今日は、結構真っ向からお母さんに勝負挑んでいたでしょう。分ったよ」

「あらっ、分っていたの。お母様にもばれたかな」

そう言って“ぺろっ”と舌を出す彼女に可愛いなと思いながら運転していると、彼の顔を見ながら真剣な顔をして

「優、結婚したら、葉月家に直ぐに入るの嫌だな」

「えっ、どういう意味」

一瞬優は、心に不安を感じながら言うと

「結婚したら二人で暮らしたい。優と二人だけの生活をしたい。もちろんそれなりの時間がたったら、葉月家に入らなければいけないのは分るわ。でも優も同じ気持ちでしょ」

彼も自分の心と一緒だという思いを持って言うと

「うん、実は僕もそれを考えていた。いつ両親に言い出そうかと思っていたんだけど」

そう言って、彼女の顔を見ると大きな目を更に大きくして嬉しそうな顔をした。

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