第19話 新しい展開 (6)
「カリン、いってらっしゃい。葉月さん、娘を宜しくお願いします」
深々と頭を下げるカリンの母親に優もしっかりと頭を下げて
「分りました」
とだけ言った。
助手席に乗るとき、頭の飾りをぶつけない様に助手席に座ると彼はゆっくりと助手席のドアを閉めた。
「カリン、行こうか」
「うん」
優はいつもよりゆっくりと“黄色いカリーナ”をスタートさせた。バックミラーにずっと娘を見守る母親の目が映っていた。
「優、すごい人波、これ行くの」
「うん」
駐車場に車をなんとか停めた彼は、カリンと一緒に参道を明治神宮へ歩いた。
「いつもは、近くの神社で簡単に済ますんだけど、今年はカリンとここに来て見たかったんだ。でももう十一時過ぎているのにこんなに人がいるんだね」
驚きながら、回りを見て歩いていると、“ふっ”と何か違和感があった。“カリンは僕のそばにいる。なんだろう、この違和感は”そう思って、すれ違う人の目線を追っていると
カリンを見ていた。
「優、怖い、帰りたい気分。何か変」
そう言って、自分の手で彼の手をきつく掴むと回りを見ながら、彼は事情を理解した。そしてカリンの耳元に顔を寄せると
「カリンの可愛さにみんな驚いているんだよ。“にこっ”とくらいしてごらん。冗談で、こける人いるかもよ」
といたずらっぽく言うと優の言葉にカリンは、誰を見るでもなく、前を見て“にこっ”と笑って見た。
初詣を終わって参道を帰ってくる人が、こけることはなかったが、カリンの笑顔に多くの人が立止った。
「ほらっ」
と言って耳元で囁くとカリンは、
「うん」
と言って笑顔を見せた。
やがて、境内のそばに来ると少し偏った人の流れになっていた。どうしたんだろうと思って少し野次馬根性で彼と彼女が行くと、流れにくい人並みの先で
「カリン」
と呼ぶ声があった。
「かおる」
偶然にも見つけた大切な友達に回りの人を無視して彼女に近づくと頬に頬を付けない様にして、彼女を抱き締めた。そして少し離すと
「可愛いカリン、お母様に着付けしてもらったの。いいな」
そう言ってまた、抱き締めた。
「くっ、くるしい、かおる、やめて」
「あっ、ごめん」
「ただでさえ、限界なのに」
「分った。ところで。珍しいね。カリンがここに来るの」
「うん、彼に誘われて」
かおるは、隣にいる男の顔を見て、少しだけ厳しい顔をすると
「葉月さん、明けましておめでとうございます」
と言った。彼も
「明けましておめでとうございます」
と言うと、かおるの視線が緩んでいないことに少したじろんだ。
「葉月さん」
そう言って、きつく彼の顔見ると何も言わず目だけで何かを言っていた。
容姿端麗というのは、かおるのことを言うのだろうと思う位に綺麗だった。前に会った時とは違い、明らかにオートクチュールと思われる服装をしていた。
「カリン」
「かおる、なに」
と言うと回りに人の流れが止まっていた。かおるは、
「カリン、これからお参り。私たち終わったけど、もし時間あるなら、せっかくだから、少しお茶しない」
カリンは彼の顔を見ると何も言わず“だいじょうぶ”という目をした。
「かおる、だいじょうぶだよ。でも私たちこれからお参りするから少し時間が掛かる。かおるたち少しどこかで待たないといけないよ」
「大丈夫、カリンと一緒にもう一度境内に行く。お参りは済ませたから横で待っている」
「分った」
「優、いい」
彼は、何も言わず顎を引いて“うん”という仕草をするとかおるは、
「カリン、じゃあもう一度」
と言って境内に歩き出した。彼は、何となく視線の多さを気にしながら境内に歩いていくと明らかに自分だけを見ている視線が有った。
かおるとカリンが彼の左を話しながら歩いていくと、境内の方からマタニティドレスを着た美しい女性がゆっくりとこちらに向って歩いてきた。
大きくなったお腹を大事そうに抱えながら少し年配の美しい女性と一緒に。見間違う事の無い顔だった。
優は、ただすれ違うだけの女性“元花”の微笑を目の中に見ながら、何も言えず過ごすと
「綺麗な人」
「えっ」
かおるは、カリンには何も言わず一言だけ言うとカリンと一緒に境内に歩いた。
ただ彼に対する見て見ない鋭いまでの視線が彼に向けられると、彼は背筋の縦に流れる神経が、しびれる感じがした。
「葉月さん、ご婚約おめでとうございます。カリンの友達としてとてもうれしく思います」
整った顔、透き通るような肌、磨かれるほどに綺麗な髪に大きく切れ長な瞳が、怖いまでに美しかった。
かおるが用意した近くのレストランの、道路に近い場所のテーブルで彼に目線を鋭く送りながら言うと
「かおる、怖いよ。どうかしたの。正月だよ」
かおるは、狂おしいほどに可愛い大切な友達に
「カリン、何でもない。男は最初が肝心よ」
「「えーっ」」
彼と彼女の友達は、ハーモニーをした。
「ふふ、カリン、とても可愛いわ。抱き締めたくらい」
事実、四人の席の周りは人の動きが遅かった。
「ありがとう、かおる。ところでお父様とお母様は、どうしたの」
「毎年同じよ。お父様は経済界の重鎮とかの挨拶があるとかで、毎年ホテルを借りて迎えているわ。お母様はそのお手伝い。私もそろそろ来るようにと言われたけど断った。あの世界に入るにはもう少し時間がほしいから」
少しだけ遠くを見るような目をすると
「カリン、今年はカリンの家で、“おせち”食べれる。私の一年に一度の楽しみなんだけど」
カリンは、少し黙った後、
「かおる、ごめん、これから優の家にご挨拶行くの」
かおるは彼の顔を少しにらむように見ながら
「そうか、しかたないな。今年はカリンにとって特別な年だからね。いいよ。でも今年からもう食べれないんだ。カリンのお母さんの“おせち”」
それをきいたカリンは
「かおる、大丈夫。来年から私が作るから呼んであげる」
カリン以外の三人が椅子を滑りそうになった。
「カリン」
涙を堪えるくらいうれしそう顔でかおるは言うと
「カリン、正しくは、彼のお母さんと一緒に作る“おせち”でしょ」
目の中に本当に涙を湛えながら“純真で抱き締めたいくらい可愛い”大切な友達に言うと
「そうか、それたぶん正しい」
またまた他の三人が椅子から落ちそうになった。
「三井さん、もし良かったこれから我が家に来ませんか。両親も喜ぶと思います」
彼の言葉に、目線をきつく彼の顔を見ると
「ありがとうございます。葉月さん。でも今日はお二人にとって大切な日です。また後日」
そう言って、かおるは、席を立った。
完全に回りの女性と一線を画す美しさを湛えながら、その目で見られると体が動かなくなる位に鋭い目線に優は“たじろぎ”ながら、彼女の友達を見ると
「カリン、じゃあ私たち、これで帰るね」
そう言って、もう一度彼の顔を鋭い視線で見るとカリンに微笑みながら席を立った。
車の中で
「カリン、三井さんって何者」
と聞くと
「優、知りたい」
「少し」
少し間を置いて
「じゃあ、教えてあげる」
「三井本家のご令嬢にして、財閥の次期跡取り。これ以上は知らない。でも私の一番大切な友達」
優は、“やっぱり”そう思うと
「そうなんだ」それだけ言った。
「優、どうかしたの」
「いや別に、でも三井さんの目、いつも怖い感じがして」
「かおるは、母方の血を引いてとても綺麗な子なの。覚えている、初めて優の隣街で会った時、かおるは優のことをとても厳しい目で見ていた。私の事を思って。でも気にしないで。かおるはとても優しい人。ほんの少し自分の運命というか、将来が決まっている事にまだ心が消化仕切れないでいる。優、彼女をおこらないで」
彼は、山手通りを自分の家に向いながら彼女の言葉に気を使った。
「大丈夫。カリンのとても大切な友達でしょ」
そう言ながら、頭の中で“いずれは”と思いながら、信号で停まった後に微笑むと彼女も目元を緩ませた。
「お母さん、ただ今」
そう言って、玄関に入ると彼のお母さんが玄関まで出てきた。
「いらっしゃい、花梨さん。お待ちしていました」
そう言って、玄関に立つ彼女のつま先から髪の毛の天辺まで見ると“にこっ”として
「こちらへどうぞ。夫も待っています」
強烈なプレッシャーを掛けながらカリンに言うと、彼女は後ろ向きになり、履物を脱ぐと、玄関の端に置いた。
優の母親は、その仕草を一点も見逃さずに見た後、カリンに気付かないようにしてリビングへ先に歩くと
「あなた、花梨さんがいらっしゃってよ」
リビングでソファから立って待っている彼のお父さんは、カリンの姿を見ると体が硬直するように、そして目元がとても緩んで微笑むと“確かに。優が見初めた女性だ”と心の中で思った。
「花梨さん、待っていました」
そう言ってカリンに微笑む優の父親に
「お父さん、お母さん、カリンは僕の妻になる人です。」
そう言って自分の父を目で見ながら、キッチンにいて聞こえないはずの母にも声を掛けた。
やがて紅茶のプレートを持ちながら優の母親が現れて
「優、聞こえましたよ。でも優が、今そういえるのは、私がカリンさんに“優のお嫁さんになって頂けない”と言ってカリンさんが受けてくれたからでしょ。だからカリンさんは、半分お母さんの大切なお友達」
説得力のある理解できない言葉に彼は“たじろぐ”とカリンは、うれしそうに微笑んだ。
「さあ、カリンさん座って」
そう言って彼女にソファを勧めるとカリンは少し横すわりになりながらソファに座った。
「花梨さん、ごめんなさい。もう少し待って。奥の間が直ぐに準備できるから」
母親が、マホガニーのテーブルの上に紅茶を用意すると直ぐに奥へ消えた。
優は、何故彼女を一度リビングに通したか理解した。厳しいまでの母親のカリンに対するチェックに少し腹が立ったが、仕方ないことだと思った。優は頭に、葉月家の嫁という文字が浮んだ。
「花梨さん、どうぞこちらへ準備できましたわ。あなた、優、案内して」
そう言って、リビングの入口からキッチンに行ってしまった。
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