第18話 新しい展開 (5)
「優、寒くなったね」
「うん、もう今年も終わりだから」
優は、カリンと初めてデートした四月のあの日からもう八ヶ月が経っていることを思い出していた。
知り合って五回目のデートでカリンを初めて抱いて、それから一ヶ月で、自分の家で“カリンとお母さんが結婚の約束”をしてその後二ヶ月で婚約。気がついてみれば今年も暮れようとしていた。
金曜日の夜は、会社が終わると渋谷でデートするのが、いつの間にか決まりになっている。
優は、カウンタの自分の席の右側に座る彼女のさわやかな顔を見ながら思い出していた。
いつか、自分の母親がカリンの事を“はるかぜさん”と言ったことがある。彼女は、時々人を驚かす時がある。
別に彼女が何をした訳ではない。そこに立っているだけで“何か、春風の様な空気がそよぐ感じをうけるのだ”そんな愛おしい彼女の横顔を見ながらジャックダニエルの琥珀の液体と氷の間にある透明感を不思議な感じで流し見した。
秋山は今年いっぱいで産休に入るらしい。もう秋山ともあれ以来、会っていない。ただ会社で優の顔を見ると嬉しそうな顔を見せていた。優は、初めて、責任と言う言葉の意味を知った時でもあった。
「ねえ優、何考えているの。お正月はどうしようか。優のご両親に挨拶行かないといけないし。着物かな、洋服かな。優のお母さんお正月はどうしているの。来年の正月はいつもの年とは違うんだから緊張するね」
嬉しそう話ながら、水かお酒か解らないほど薄めたジャックダニエルのグラスに手を添えて指で氷を回していた。
彼女を見ながら“緊張しているのか”と思って見ていると
「ねえ、お正月はどうすごすの。聞いているんだから答えて」
甘えるように言う彼女に嬉しそうな顔をしながら、
「うーん、大みそかはカリンとデートした後、家にいる。正月を迎えたらカリンの家に行って挨拶して二人で初詣行ったら、カリンを僕の家に連れて行って挨拶する。そうしたらもう夜だね、たぶん。次の日は、カリンを誘って新春映画を見に行って食事しようか」
少しの沈黙の後、
「で、その後は」
彼はカリンの顔を見て“何を期待しているの君は”という目を向けると彼女は優の目を見返して
「ねえ」と甘えた声をだした。
彼女を甘えた顔を見ながら“まさか”と思ったが、
「うーん、その後、カリン誘っちゃおうかな」
とちょっと冗談っぽく言うと下向いて嬉しそうな声で
「エッチ」
今度は急に彼の顔を見ると嬉しそうな顔をして、
「じゃあ、優の家に元旦ご挨拶行く時は和服で、次の日は洋服だね」
優は、少し椅子から滑り落ちそうになりながら、微笑むと
「母親は、いつも着物だよ。お正月は。でも元旦が着物だから次の日は、洋服でも全然問題ないと思う」
「えーっ、それはまずいよ。困ったな。自分一人じゃあ着れないし」
優は、またまた“なにを考えているの君は”と思いながら彼女の顔を見ると
「正月はおとなしくしていようか」
またまた、椅子から落ちそうになった優は、“カリンも変わったな”と思った。
初めての日とすぐその後以来、しばらく間があったが、婚約が決まってからは、月に二回位二人で体を合わせた。
それが終わるとカリンは、甘えるように彼の腕の中で横になるのが好きになった。とても幸せそうな顔をして。
「そうだね。そうしよう。ところでカリン、もう一〇時だよ。帰ろう」
彼の顔を見ると
「最近、お母さん一二時まで大丈夫になったよ」
「でも後二時間だし」
「じゃあ、もう少しだけここにいよう」
そう言うと彼女は嬉しそうな顔をして優の腕に自分の頬を寄せた。
しばらくそうしていると何かを思い出したように、彼女は急に顔をあげて
「そう言えば、優は弟さんが居たでしょう。正月はどうするかな」
「令はいない。お父さんから今年の正月くらいいなさいと言われたけど、結局友達と年末からスキー。仕方ないさ」
「そうか」
カリンは、少し、ほっとしたような気がした。
「あれ、カリンも弟がいただろう」
「うん、あれもスキー、年末から行くんだって」
カリンは、彼の顔を見ると目を緩ませて
「お互いに似たような弟みたいね。仲良くしてくれるといいな」
「大丈夫だよ、趣味が合うってことは良いことだし」
「そうだね」
最近は、カリンを送っていくとお母さんが、リビングでお茶だけ出してくれた後、ベッドルームに行ってしまう。
優は、彼女と少し話した後、ゆっくりと唇を合わせて、いつものように右手でカリンの左胸を触った。カリンは、初めての時のようなことは無く、彼の愛撫を気持ちよく受け入れるとそれ以上しなかった。
もちろん彼がカリンの家だということを理解しているからだろうと思った。
「優、また明日。八時半でいい」
すがるように言う彼女に
「うん」
と言って、彼が玄関から帰るとちょっとだけ寂しい気持ちになるカリンは、直ぐにお風呂に入った。
♪♪♪
「花梨、ちょっと動かないで」
「でもーっ、ちょっときつい」
「我慢しなさい。葉月家にご挨拶に行くんでしょ。がまんしなさい」
「わかったけどっ。うーっ」
「さあ、これでいいわ。素敵よ、花梨」
「そお、でもこれじゃ何も食べられない」
「何を考えているの。着物を着た女性が、食べ物に手を出すなんて、だめに決まっているでしょ。おかしいわ。私は、あなたを小さい頃から厳しくしつけたのに、優さんと会ってからなんでこんなに甘えっこになってんでしょ」
「お母さんの子供です」
顔に笑みを絶やさず、花梨のお母さんは、娘に着物を着せていた。白を基調とし、薄いピンク色の柄が入っている。振袖の着物だ。
髪の毛は、前日から美容院で仕立ててもらい、昨日の夜はうつ伏せ寝をしたカリンだった。
「お母さん、優もう少しで来るよ、早くして」
「花梨がおとなしくしてれば直ぐに終わります」
可愛い娘の晴れ着姿に微笑みながら、“苦しい”と言い訳を言う娘の着物を着せていた。
「お母さん、葉月さんが見えたよ」
階下からお父さんの声が聞こえた。
「えーっ、どうしよう。優に着物姿見せるの初めてだし」
「当たり前でしょう。何言ってるの。出来たわよ。階段を降りる時は、こうやって裾を持って斜めに歩くんですよ」
「分ってるっ」
カリンは、どうしようもない状況に何とか一階に下りると、もうリビングに彼が来ていた。優は、まさに目を丸くした。
「カリン」
普段、カリンの母親の前では、名前の呼び捨てはしないが、元旦の今日、カリンの着物姿に心が放心した。可愛かった。この世にある“可愛い”と呼ばれる何よりも可愛かった。
そのまま立って彼女を“ずっ”と見ていると
「どうしたの優、体固まっているよ」
彼女の言葉に我に戻ると
「あっいや、その」
少し間を置いて
「綺麗だ、とっても素敵だよ、カリン」
「優、ありがとう」
普段しない化粧をしっかりして、表現しがたい可愛さになっている彼女に、優は今更ながら心を奪われた。
「葉月さん、座って下さい。車なのでお酒とは行きませんが、“お雑煮”食べます」
お母さんのその声に
「あっ、済みません、お父さん、お母さん、明けましておめでとうございます。今年から宜しくお願いします」
言葉を間違えないように言えた彼は、腰を折ってお辞儀していた体を起こすと
「明けましておめでとうございます。こちらこそ宜しくお願いします」
そう言ってカリンの両親が挨拶を返してきた。
「あっ、お雑煮頂きます」
「はい、今すぐ用意します」
優は、家ですでに食べて来たが、意固地になる必要も無く、若い故も有るが、カリンの母親の勧めを受けた。
「優はいいな、私、これじゃあ、何も食べられない」
「花梨、着物着る前にお餅二つ食べたでしょ」
聞こえてきたのかキッチンからお母さんの声が聞こえてくると、つい彼は笑ってしまった。
「葉月さん、今度来る時は、車を置いてきて下さい。娘からお酒が好きだと聞いています。こんど一緒に飲みましょう」
娘を嫁がせる相手をしっかり見ながら言うカリンのお父さんに
「はい、済みません。今度伺う時は、車を置いてきます」
そう言って微笑むと
「えっ、ほんとうれしい、その時、私の手料理食べて」
言葉を取られた父親は、目元を緩ませながら彼を見ると彼も目元を緩ませていた。
カリンのお母さんが作ってくれたお雑煮はおいしかった。自分の母親が作った雑煮とは、違ったおいしい味をしていた。
優は、腕時計を見ると
「カリンそろそろ行こうか。この時間なら空き始めた頃だ」
「うん」
そう言ってカリンは、リビングのソファを立つと少し、着物の座りずれを直して、玄関に向った。
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