第16話 新しい展開 (3)
「かおる、お願いが有るの」
「どうしたの、ただいま幸せ一杯の姫様が」
「かおる、からかわないで」
「事実でしょ。彼のことで悩んでいたと思ったら、あれよ、あれよという間に婚約までするんだから」
かおるは、嬉しかった。自分の大切な友達が、早すぎるとはいえ、婚約までしたことに。ただ、相手が“葉月家の長男”ということだけを除けば。いずれカリンもその現実を知る時が来るだろう。それはもう“仕方ないこと”と割り切るしかなかった。
そして自分はどんなに好きな彼がいても一緒になることはない。
“三井の跡取りとして相応しい相手を会わせられ、その男と結婚し跡取りを生む”
それが自分の役割だと理解していた。愛情など無い。
三井の家の必要な部品として生きるだけだ。だから今の彼も現実、遊びでしかない。彼はその事が分かっているから自分からは積極的に出て来なかった。それ自身はかおるにとっても嬉しかったのだから。
「それでお願いって、なあに」
「ねえ、一緒にお料理教室に行って」
一瞬、かおるは、耳を疑った。
「カリン、今なんて言った」
「お料理教室」
「お料理教室、えーっ、冗談しょう」
かおるは驚いた。自分自身一生料理をする事等ないと思っていた。三井の家には代々から仕えるお手伝いがいる。実際、かおるは自分の母親の手作りの料理を食べた記憶がない。物心がついた後は。
母は綺麗だ。常に社交界の中心にいた。私など義務のために生んだとしか感じなかった。ところが妹が生まれた時の母の対応は違った。世に言う“母”であった。かおるは、愛おしく可愛がられる妹を見ながら自分自身の立場を小さい頃から理解した。
小学校三年の時、自分の体に理解できない事が起こった時など優しく教えてくれたのは、ずっと母の代わりをしてくれた志津であった。だから、自分はそういう生まれだと思っていた。
それだけにカリンの家に遊びに行った時など、カリンの母親の作る手料理を子供のように喜び、カリンを驚かしたこともあった。そんな自分が料理を作る事等、想像の世界の外にあった。ゆえにカリンの誘いには驚いた。
「ねえ、かおる、だめーっ」
「料理教室かあ」
少し考えた後、
「何処に有るの」
「彼の隣町にある井上料理教室と言うところ。三ヶ月のコース。私、包丁とか持ったことないし、彼のお嫁さんになってもご飯作れない」
かおるは、井上料理教室という名前に少し気になったが、
「カリン、自覚有るのね」
「お母さんに言われた」
かおるは、椅子から滑り落ちそうになった。
「ったく」
純真無垢もここまで来ると頭に“XX”がつく。しかし、カリンのことを思うと、本当はカリンのそばにいたいという思いと
“大切な友達をこのまま料理教室に行かしては”という思いと
“自分自身の興味”の為、かおるは、カリンの誘いを受けた。
「カリン、包丁って重いのね」
「えっ、知らなかったの。これは、アルミやステンと違って、安来鋼と言われて砂鉄を原料とした和鋼よ。その鋭さは世界に知れ渡っているのよ。特に全部が砂鉄系の原料の白紙、半分が砂鉄の黄紙、更に白紙にクロームとタングステンを混ぜた青紙などがあって、特に白紙は天然砥石で鋭利な刃が付くの。かおるのは、その中でも最上の村雨三井と呼ばれていて漫画のルパンに登場する、斬鉄剣と同じ素材よ。私のは、市流吉貫と呼ばれている」
かおるは、カリンの説明を呆れながら聞いていると“創立以来の秀才”という文字を思い出した。かおるは、ちょっと周りに視線を流すとカリンの説明に回りの人の手が止まっている。
「カリン、さすがね、でも一流の包丁もカリンに掛かったら形無しね。“先生、ニンジン微塵切り”と言ったのにカリンのは、ぶつ切りだよ」
カリンは、散々かおるに説明してちょっと気分良くなっていたところに水を掛けられたように回りの人のまな板の上を見ると明らかに自分のものと形状が違っていた。
「うーん、これじゃ彼食べてくれないかな」
かおるは滑りそうになった。“そこに持っていくかな、この話”
たまらないほど大好きな友人の一声に呆れていると
「君たち、何を話しているのかね。私の言っている通りにニンジンは切れました」
「はあーい」
仲良くカリンとかおるが返事をすると、井上料理教室の先生と言われる人が近づいてきて、かおるとカリンのまな板の上を見ると
「何ですか、これは」
と言って呆れた。カリンの切ったニンジンを一つ持ち上げると
「天宮さん」
カリンのはじけるような胸の上につけているネームプレートを見て
「これでは、サラダになりません。カレーに入れるのではないにですから。もっと細かく。ちょっとニンジンを持って切って見て下さい」
カリンは、仕方なくニンジンを左手に持って名刀市流吉貫を構えると
「それがいけないんです」
と言っていきなりカリンの後ろから右手と左手を上から押さえるように捕まえた。先生の体は、カリンの柔らかい体にぴったりと密着している。
「さあ、切ってごらん」
カリンは仕方なく、切ろうとすると
「だめだよ、こうです」
と言っていきなりカリンの胸の両脇から腕を細めてきた。カリンは明らかに自分の胸が、この先生の腕に触られているのを感じた。
ニンジンを切りながら、何かお尻に触るものがある。なんだろうと思っていると、明らかに“男のそれ”だった。カリンは、いきなり
「あっ」
と声を出すと、ニンジンをかおるのほうへ投げた。
かおるは、見事にニンジンを包丁で刺すとそのまま、先生の左手の前に突き刺した。
「先生、危ないですね。ついこの包丁で先生の左腕を刺すところでしたわ」
と言って村雨三井の紋を見せた。
一瞬たじろぐとそのままカリンから離れ、お尻を濡れている教室の床につけてしまった。
「そんな」
この言葉で、“相手を理解した”と考えた、かおるは、その綺麗な顔で、鋭く尻餅をついた相手に
「先生、明日もこの教室にいれるといいですね」
綺麗が故の鋭い目つきに先生は、逃げるように教室を出て行った。何が起こったからわからない回りの生徒は、
「はい、はい、料理を続けましょう」
他の先生のその一言でまた、ニンジンの微塵切りを始めた。
“やっぱり、一緒に来てよかった”大切な友達のあまりの純粋さに心配して付いてきたかおるだったが、じぶんの判断が間違いなったことに安心した。
「カリン、料理は研究室の実験じゃあないんだから」
「わかっている。でも」
「まあいいわ。でもあいつ、明日からは、もう来ないから心配しなくていいよ、カリン」
「ありがとう、ちょっと気持ち悪かった」
カリンは“自分を守ってくれる友人への安心感とさっきまでの気持ち悪さ”が入り混じった感じがあった。
次の夕方、井上料理教室にかおるとカリンが行くと、入口で確か経理の扱いをしていた女性が待っていた。
「三井さん、天宮さん、教室に行く前に少しこちらへ」
なんだろうと思ってその女性に連れて行かれると理事長と書いたプレートがかかっている扉を開けた。
中には、高級そうな大きな机を後ろにして中年の男が立っていた。
「三井様、申し訳ありません。昨日は不愉快な思いをさせて、あの男は昨日付けで解雇しました。なにとぞ、この件はお父上には内密に」
そう言って深々と頭を下げる男にかおるは、一瞬“何か”と思ったが、状況を理解すると
「無礼であろう井上。謝らなければいけないのは、私の右に立っている方だ。いずれは、葉月コンツェルンの奥方になる方だぞ」
そう言って、頭を下げている男に頭ごなしに厳しい目つきで言った。
カリンは、“こういう時のかおるは怖いな”他人事のように思っていた。
「申し訳ございません」
男はとうとう土下座までし始めた。ここまで連れてきた女性は、理事長が何をしているのか分らず、きょとんとしていたが、かおるの言葉に尻餅をついた。まるでホラーでも見ている顔だ。
「もう二度と今回の事は起こらないように、お二人様には専任の教師をつけます。お許しを」
かおるは呆れた。“所詮、男などこんなもの”
鋭く冷たい目を向けると、その美しさがいっそう際立った。そう思いながら、大切な友人の前では、
「もういい、それと専任の教師はいいから、普通に教えろ」
目の前の男が、頭を床につけてひれ伏している間に、カリンの顔を見るといつものように右目をつぶってウィンクした。
「優、少し包丁の使い方を覚えたよ。今度手料理作ってあげる」
井上料理教室に行き始めて一ヶ月。つまらない一件も落ち着いて、包丁でやっと大根の皮むきなどを覚えたカリンは彼に見せたくて仕方なかった。
「やったあ、うれしい。じゃあ、今度の土曜日、うちに来て作って。両親ちょうど出かけていないし」
“えっ”と思った。彼の家には、用事のあるたびに行っているが、それは、二人の準備の為に行っている。彼の両親がいない時に行くなどカリンの気持ちの中では考えられなかった。
何よりも彼の両親に“親のいない間に息子と家にいるふしだらな女”という誤解を受けたくなかった。
「うーん。優、ちょっとそれ厳しいよ。うちじゃあだめ」
「なんで、いずれ我が家に来るんだし」
「そう言うことではなくて。ねっ、優理解して」
優は、彼女の言葉が全く理解できないでいた。ただ、彼女が、そこまで言うならばと思い
「じゃあ、どうしようか」
「優」
はしごを外されて、彼の腕の中にすっぽり入ったような気分になったカリンは、思わず口にした。
「優、聞いているのは私よ。優は、私の料理を食べたくないの」
まずい展開だと思った優は、
「分かった。じゃあ、カリンの家で食べよう」
言った瞬間、ちょっとまずいかなと思ったが、“まあいいか、でもまだ早いかな”
彼が考え始めると、電話の向こうが、静かになった感じに
「優、どうしたの。急に静かになって」
「いや、カリンの家に遊びに行くの、初めてだし。玄関まで迎えにいくけど」
彼の感じを段々理解したカリンは、
「そうね、お互いの家で私の料理を作るのは、まだ無理か。分かった。料理作るの我慢する。でも残念だなあ」
「カリン、結婚すれば毎日食べれるから」
そう言って何となく“ほっ”とした優は、
「カリン、黒姫の件、どうする。もうすぐ寒くなるよ」
「寒いのやだな。スキーならいいけど」
「まだ、スキー早いよ。じゃあ、どうする」
「優、決めて」
カリンは、“自立した女性の育て方”をされてきたが、カリンの母親が不思議になるほど彼の考えに沿うことを快く感じていた。
「じゃあ、カリン、西伊豆は暖かいよ」
「うーん、どうしようかな」
カリンは、婚約前の一件以来、二人だけの外泊は、絶対しないよう母親から強く言われていた。
“婚約したと言ってもまだ結婚前。気軽に二人だけで外泊するなどもっての他、相手の母親からふしだらな娘、もっと言えばだらしない母親”
と見られたくないのが本音らしい。
それを考えると彼との外泊は、簡単には行かなかった。最も彼の家では、違うみたいだが。
「優、明日迄待って、お母さんを説得する。それとお願いがあるの。もし行くとなったら優のお母さんにも“きちん”と伝えて」
「分かった」
彼女の気持ちや心の中を少しの察した優は、それ以上言うのをやめた。
「カリン、明日の夕方も駒沢の研究所行くの」
「優、ごめんね」
「仕方ないよ、仕事だから」
「じゃあ、明日の夜電話するね」
「了解、じゃあ、カリンおやすみ」
「優もおやすみなさい」
気持ちを引きずるようにスマホの通信ボタンをオフにすると“お母さんまだ起きているかなあ”と思い階下を除くとまだ明かりがあった。
“お母さん、起きている”。階下を覗きながら声をかけると、まだ明かりがついていた。
階段を降りるとお母さんが、何かカタログらしきものを見ている。
「どうしたの、お母さん」
「あっ、花梨まだ起きていたの。あなたが結婚するまで、もう七ヶ月しかないわ。だから急いで“嫁入り道具“の準備をしているの。有る程度決まったら、カリンに相談しようと思っていたところよ。ウェディングドレスも選ばないといけないし、化粧直しの洋服も大変よ、花梨が会社に勤めたと思ったら、あっという間に婚約してしまうんだもの」
“えっ”かりんは、驚いた。嫁入り道具なんて全く頭になかったからだ。自分の事で精いっぱいのカリンは、お母さんの嬉しそうで寂しそうな顔を見て心が少し苦しくなった。西伊豆の事なんか言えない。そう思いながらお母さんの顔を見ていると
「花梨、何か用事があったんじゃないの」
可愛い娘を見るお母さんの顔を見ると
「ううん、おやすみなさいを言おうと思って」
お母さんは、椅子から立ち上がるとカリンの体を優しく自分の腕で包んで
「お休み、花梨」
そう言って、少し強く抱きしめた。
カリンは、心の中で“ごめんなさい。お母さん”と言うと自分から体を離して
「じゃあ、寝るね。おやすみなさい」
そう言って、階段を上がった。少しだけ目に潤みを持たせて。お母さんの視線を背中に感じながら。
自分の部屋に戻るとベッドに入りながら
“やっぱり言えない。優には理解してもらうしかないか”そう思いながら眠りの虜になった。
優は、今日はカリンとの約束も無いので一人で帰るかと思いながら営業部長に届けるディスクを持ちながら、玄関前の廊下を営業部の方へ歩いて行くと
「葉月さん」
後ろから声をかけられた。ほんの少しだけお腹が目立つようになった秋山元花で有った。
「葉月さん、今日の夕方空いています。少しお話をしたくて」
少し潤んだ目で彼を見ながら言った。心に少し痛みを感じながら
“断れる立場ではない自分を知っている”彼は
「秋山さん、良いですよ」
と言うと
「じゃあ、一八時に新橋の地下鉄入口で」
それだけ言うと返事も聞かずに踵を返して廊下を来た方向に戻って行った。彼は、後ろ姿を見ながら“既にカリンと優の事は会社の人事部は知っている。当然秋山も知っているはずだ”と考えた優は、三ヶ月前の事以来、有っていない元花に“なんの話だろう”と思った。
ディスクを営業部長に渡して廊下を戻ると秋山が優しい目で彼を見た。一瞬“どきっ“とした。
お腹に赤ちゃんがいるとはいえ、やはり秋山元花は綺麗だった。
自分の部署に戻りデスクにオントップの時計を見ると、まだ一六時。
“そろそろカリンが駒沢の研究所で打合せ始める頃かな”既に彼女から予定を聞いていた彼は、なんとなく目元を緩ませながらディスプレイに映るコードを見ていると
「おい、葉月。なにうれしそうな顔をしている。今日も彼女とデートか。お前良いよな。なんで俺が嫁を貰えないのに後輩のお前が先に嫁を貰う。それもあんなに素敵なお嬢様を。なんでこんな顔が持てるんだ」
冗談に軽く首を占めながら、後ろに座っていた彼の先輩が言うと、周りの同僚も面白がって見ていた。どう見ても“女っ気”まるでなし、筋骨隆々とまでは行かないが、がっちりした体を持っている彼が、簡単に相手を見つけられるとは誰も思っていなかったらしい。
「先輩、止めてください。死んでしまします」
取ろうと思えば簡単に外せる先輩の腕を軽く掴みながら冗談っぽく言うと
「よかろう、許してやる。その代わり今日おごれ」
と言って手を離した。“なんでそこに話を持って行くんだこいつは”と思いながら
「済みません、今日はちょっと用事が有って」
「まさか、秋山じゃないよな」
一瞬“何で知っているんだ”と思ったが、解るはずもないと思い、
「何を言っているんですか。無理あり過ぎですよ。先輩の話は」
「当たり前だ。これで“秋山のお腹の赤ちゃん“がお前の子なら会社中の男を集めて葉月は”張付けの刑“だ」
そう言ってまた彼の首を締める先輩に“内心、少し心当たりのある”優は、心臓が飛びしそうになった。
“やばい、今日は早めに帰ろう”そう思うと
「そんな訳ないでしょう。先輩、ちょっとトイレ」
そう言って、先輩の腕を簡単に首から外すと椅子から立ち上がって部署を出た。
「まったく、葉月は力が強い」
そう言って彼が握った自分の腕が少し赤くなっているのを見てその先輩は彼の後ろ姿をあきれて見ていた。
彼は、一七時半には、自分の部署を出た。裏に通じる通路を抜け、左に曲がり信号を右方向に歩いて行くと五分ほど歩いたところで、前に秋山が歩いているのを見つけた。
以前は、体のラインがはっきり見える洋服を着ていた時もあったが、今は、体の線が見えない“ゆるり“とした洋服だ。
それでも何とも言えない魅力を湛えている。あのお腹にいる赤ちゃんが、“本当に自分の子供だとしたら”そう思うと優は、心が痛んだ。
「秋山さん」
後ろから声を掛けると秋山は振向いた。そしてゆっくりと微笑むと右と左を見た後、
「優」
と一言だけ言った。
秋山は、立ち止まって彼が追い付くのを待つと、じっと彼の目を見て嬉しそうに微笑んだ。
「秋山さん、もし良かったタクシーで行きませんか」
秋山の体を思って言ったのだが、
「歩きましょう。歩いた方がこの子の為にも良いんです」
そう言って、また歩き始めた。優も仕方なく秋山の横に並んで歩いた。
「体調は如何ですか」
「うん、いいです」
言葉少なに答える秋山に優は、心がすこし締め付けられる感じがした。
「葉月さん」
人通りを気にしてそう言うと
「今日は、また、あそこのお店に連れて行って頂けません。もう当分行かれないし。もちろんお酒は前みたいには飲まないですよ。でも、もう一度行っておきたいんです」
その言葉に優は、少し考えた後
「解りました」
と答えるとスマホをポケットから取り出して予約すると
「うれしい」
そう言って彼の顔を見た。
駒沢の研究所を一七時に小池と出たカリンは、まだ、仕事が有ると言って会社に戻る小池と別れ、田園都市線に乗って渋谷に出ると、“まだ家に帰るの早いな”と思って、チャコットに寄ることにした。地下から渋谷駅の外に出ると信号の前は人の波だった。
カリンは、信号を最短で渡ろうとしたとき一瞬彼が側に居るような感覚を覚えた。信号の途中で足を止め周りを見ようとしたが人波に押されて留まる事が出来ないので、仕方なくそのまま歩いた。
“気のせいかな。最近、頭の中、優のことで一杯だからかな”少しの一人笑いを小さくしながらチャコットへ行く坂を歩いた。でもやっぱり近くに彼が居そうな気がしてカリンは、スマホをバッグの中から出すと発信履歴から彼を選んで押した。少しの呼び出し音の後、
「もしもしカリン、なあに」
その声に安心したように
「優、今どこ」
「えっ、今新橋、先輩の酒の肴にされる予定」
「えーっ、可哀想。私今渋谷、そんなの“ほっぽといて”私とデートしよう」
少し甘えた声で言う彼女に
「無理言うなよ、明日から会社行けなくなるよ」
少しの沈黙の後
「まっ、仕方ないか。じゃあ、優、気をつけて早く帰ってね。二次会に行ってはだめよ。電話したいから」
「分かった、じゃあ、切るね」
カリンは、ほんの少し彼の切り方に違和感を感じたが、“先輩たちと一緒だから仕方ないか”そう思ってスマホの通信ボタンをオフにした。
「葉月さん、どなた」
小声で話をして聞こえ無いように話したが、“少し聞かれたかな”と思った。
「家のものです。大したことないです」
そう言って秋山の隣を歩きながら話すと、秋山がほんの少し寂しい目をした。
「葉月様、お待ちしておりました」
そう言ってお絞りとお品書きを渡す中居が居なくなると
「優、元花嬉しい。また一緒にここに来れるとは思ってなかった」
そう言って本当に嬉しそうな顔をした。
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