第15話 新しい展開 (2)
「おい聞いた。ミルキーもう一週間も出社していないんだって」
優は、廊下で話す会社の同僚の言葉に
“どうしたんだろう。秋山さん”、三軒茶屋のマンションに送っていった時以来、秋山とは会っていなかった。
“ほんの少し、そして何となく、ほんのちょっと”責任感じながら、優は毎日の仕事をこなしていた。
昼休み、同じ部署の同僚と昼食を取るに行く為に虎ノ門方面に歩きながら仕事の話をしていると、後ろを歩いている同じ部署の仲間が隣の男に
「なあ、聞いたミルキー、妊娠していたんだって。がっかりだよな。相手は分らないけど、俺だったら、絶対認知しちゃう」
「なに血迷っているんだ。たとえお前の言っている事が事実だとしても自分が“許す、許さない”じゃないだろう。それにあの美しい姫は、お前は知らんだろうが、結構、芯がある人だ。おれは、結構認めるけどね。ミルキー。あの人、お前たちが思っているほど、“ちゃら”じゃないよ」
そこまで言った同僚は少し遠い方向に視線を移した。
優は、“この人どこまで知っているんだろう”と思いながら、もとかを否定しない同僚にちょっと好感を抱いた。
結局、優はもとかとしばらく会うことは無かった。ただ、“大切な人の子供がいる”と言うだけで体調が戻るまで休みを取ったということだけは聞いている。
優は、それが何を意味しているか、ちょっと分っているような気がした。
“あの激しいまでに求めてきた一夜とあまりに悲しそうな瞳に”
優は心が痛んだが“どうしようもない自分”に、ただカリンと会わない時だけ寂しそうな顔をした。
カリンと彼との母親の劇的な会話以来、優とカリンの間は急速に接近した。
カリンとは、自分の家に連れて行って以来、“とんとん”と話は進んだ。結局、来年の六月に式を挙げることになった。
“なんでこんなに早く”と思いながら、カリンとの関係は心地良かった。何よりも会社にばれて以来、自分を見る目が変わった。よく分からないが、安全パイということらしい。
カリンとの婚約がばれて以来、お局様の上を行く社長秘書までが、二人でエレベータの前で待っていると
「天宮さん、葉月さん、今日は喧嘩しないでね」
と言われる始末。
カリンと優は、はっきりお互いの気持ちが分って以来、はっきり自分の気持ちを言うようになった。まるで、初めて会った時のことなど忘れたように。
“でも、それも結婚式を挙げるまでだが”
「カリン、黒姫に行かない」
「黒姫、どこ」
「実言うと知り合いのお父さんがロッジを経営していて、冬はスキー、それ以外の季節はテニスや他のスポーツをしているところらしいんだ。それに白樺湖って言う湖があって夜は、白えびを取ったり、昼は、テラスで白ワインを飲みながら昼寝できる。それに自転車で湖を一周できるんだって。いいでしょう」
カリンは、優の言う事に否定という文字はない。ただ、優と一緒にいるだけでうれしかった。
「うん、いいけど」
そう言って少しだけ難しい顔をするカリンに
「お母さん」
と言うと
「うん」
言って彼の顔を見た。
彼の家で、結婚の約束をしたことがカリンのお母さんには、気に入らなかったらしく、優に優しかったが、式取りなどを話すときは二人の母親が結構ぶつかった。そのたびに二人の父親が仲裁に入ったほどだ。結局その後、式に来て頂く人の数でも折り合いがついていない。
彼と彼女にとっては理解できない世界だが、お互いにゆずれないところがあるらしく、その状況を見ている父親たちは、勝手に酒を飲み始めるほどの状況だった。ただ、そのおかげで、父親たちは仲良くなったが。
結局同じ人数で決着した。ただカリンと優は、式場だけは譲らなかった。二人の母親が、世間体と言う言葉で有名なホテルを言っていたが、優とカリンは、これから絶対に出来ない式場を選んだ。
「優、今日ちょっとあぶない」
「でも、我慢できない」
「でも」
「ごめん」
そう言って、優はカリンの奥、何かが自分の先にぶつかるような感じを受けながら思いっきり出してしまった。
カリンは、しかたないかと思いながら優を受け入れた。
彼と彼女が知り合って以来、“四月の始めに一日三度会って以来”、既に七ヶ月が経っていた。
にぎやかな二ヶ月前、優とカリンの母親の対決以来、やっと落ち着いた。結局お互いに決まりのいい、七〇人ずつということになった。
今度は父親たちが、それでは少ないと異論を出したが、二人の母親の結束は、一度固まると固く、一笑に伏されたしまった。
会社には、ミルキーこと秋山元花も出てきていた。お腹が少しだけ出たシングルマザーとして。前ほどに会社の同僚は近づかなかったが、いつもの笑顔は変わらなかった。
ただ、彼の顔を見る時だけ、ほんの少し目に潤みを持たせ何か言いたそうな目をしていたのを優は感じていた。
「優、ごめん、来週の月曜日、大阪に出張しないといけない」
寂しそうに言うカリンに
「仕方ないよ」
と言うと
「ねえ、迎えに来て。大阪のホテルに泊まるなら優の車にいたい」
彼は、いきなりの言葉にちょっと驚いたが
「誰と行くの」
「小池さん」
と言って少し不安な顔をした。本当は、あの後藤だった。
「分った。カリンが言うなら行くよ。何時に仕事終わるの」
「四時」
「了解。休み取っておく。今暇だから。でもせっかくだから、一泊しない」
「うんいいよ。でもどこにしようか」
カリンは、後藤との関係以来、小池に相談して避けて来た。でも今回は、どうしようもなく、大阪に行く新幹線の便までも変えたぐらいだ。
「うーん。ハイアットかマンダリン。だめ」
彼の胸にもたれかかりながらカリンの甘えるような顔に“仕方ないな”と思うと
「分った。ハイアットにしよう。高速の入口にも近いし」
「優、ありがとう」
「大丈夫、カリンと僕はいつも一緒」
そう言って優はカリンの横顔を見るとカリンの頬に唇を着けた。
後藤はカリンと彼の事が分ってもしつこかったが、会社の同僚の手前。手を引いていた。それが今回の出張でチャンスと思ったのか、カリンに必要のない資料を送っては“ホテルで打ち合わせ“と言ってきた。それだけにカリンは、大阪に行きたくなかった。
結局、彼は、黄色いカリーナを駆って五四〇キロを走った。東名から名阪を通って大阪インターに着いたのは四時半を過ぎていた。
直ぐにスマホにタッチしてカリンを呼び出すと
「カリン、今どこ、カーナビでサーチしているけど、直接ハイアットに行ってもいい。それとも会場に向かえにいく」
カリンは、新薬の説明が終わって、四時過ぎに新薬の公演が行われたホテルのロビーにいたが、後藤が、“打ち合わせをしたい”と言ってうるさかった。
色々用事を言って時間を引き延ばしたところに、やっと彼からの電話が掛かってきた。
「優、遅かった。どうしたの」
「ごめん、名阪の出口で渋滞にはまった。今、ハイアットと公演会場に行く道の分岐のところ」
「じゃあ、講演会場に来て。ロビーで待っている」
「分った。一〇分と掛からない。直ぐ行くから待ってて」
カリンは、心の中に安堵感を見つけると
「後藤さん、打ち合わせ出来ません。彼が近くまで来ているので」
とはっきり言うと
「えーっ、そんな東京から遠いでしょ」
と言って、少しうそだろうと言う顔をすると
「彼は、日本中が庭です」
そう言って自慢げにはっきりと言うと
「カリン」
と言ってホテルの玄関から大きな声で言う彼がいた。
後藤を無視して
「直ぐ側だった。一〇分も掛からなかった」
と言って救いの眼差しを向ける彼女に大丈夫という視線を向けると
「後藤さん、お疲れ様です。天宮さんは、僕がいますので帰って結構です」
そう言って彼は後藤の目を射抜くように見た。後藤は、
「そうですか。では」
と言いながらその場を去ったが、後姿が“ふざけるな”と言っていた。
「優、ありがとう」
カリンは、彼の顔を見ると抱き締めたくなるような目をした。
「大丈夫。カリン。世界中のどこにいてもカリンを守ってあげる。例え世界を敵に回しても」
そう言って、おどけた彼に、カリンは右と左をちょっと見て彼の頬にキスをした。
「カリン、綺麗だね」
「うん、良かった、優が来てくれて。口に出すのも嫌だけど、あいつ最低」
「もういいよ。そんな事忘れて。綺麗だね。大阪の夜景も」
二人は、結局ハイアットには泊まらずリッツ・カールトンに泊まった。優が“どうせなら”と言って、東京を出る前に予約しておいたのだ。
「うれしい、優とこんな時間過ごせるなって」
カリンの透き通るような肌がキャンドルの光が合わさるように綺麗だった。優は直ぐにでも抱き締めたいくらいに愛おしかったが、せっかくの時間を無駄にしたくなかった。
大きな目、すっと通った鼻筋、吸寄せられる様な唇に少しだけ“ほんのり”と頬が赤くなっている。首元から胸に掛けて大きく沿った、透き通るような肌。白いブラウスにブラの二本の線が薄く見える。
「優、また見ているの。ここ」
と言ってカリンは右手で自分の胸を指すと
「分っていたわ。初めて電車に二人で乗った時から。湘南に行った帰り、原宿で私が寝ている時、しっかり見たでしょう。そんなに見たい」
「・・・・・・・」
優は、返す言葉が無かった。全てが事実だから。
「優、部屋に行こう」
ちょっといたずらっぽく言うと会計をするのを催促した。
優は女性の強さを一瞬感じた。視線の合ったボーイに右手を上げると
「会計を」
と言ってボーイを見た。
「かしこまりました」
と言うと少したって、ボーイがビルを持ってくると彼はルームナンバーを書いてサインをして
「カリン、戻ろうか」
と言った。
部屋に戻ると優は、ゆっくりとカリンの体を抱擁して唇をあわすとカリンも合わせてきた。ほんの少しの時間の後、
「優、シャワーを浴びてから」
そう言って、ねだるよう目をすると
「一緒じゃだめ」
という彼に
「結婚してから」
と言って、右目に“べーっ”をすると、仕方ないかと思ってベッドに腰を掛けた。テレビをつける気にもならず酔いに任せて“ぼーっ”としていると
「優、入って」
とお風呂場からカリンが声を掛けてきた。
優は、“えっ”と思ったが、少しラッキーと思ってベッドで洋服を脱いでお風呂に行くとカリンが“生まれたままの姿”で待っていた。
「優」
という言葉だけを言うとカリンは、彼に唇を合わせてきた。初めて優にこの体を許して以来、こんな事は無かった。でもカリンは、ほんの少し、体の違和感を感じていた。
狂おしいほどに彼の愛撫を受けたカリンは、彼の体に自分の体を預けたまま、バスタブ入っていた。彼が、ほんの少し、居眠りをしている。
“東京からのドライブで疲れんたんだろう”
と思うとカリンは、ゆっくりと彼の体から自分も体を離すと彼の頬にちょっと唇をつけて
「優、先に出るね」
と言った。彼は、
「えっ」
と言うと自分が、バスタブでうたた寝していたのを気がついた。
「あっ。カリン僕も出る」
そう言って彼は、バスタブから思いっきり出ると、バスローブを掛けていたカリンの足元にお湯が掛かった。
「あっ、濡れちゃった」
そう言って、少しわがままっぽく彼の目を見ると
「じゃあ、拭いてあげる」
と言って、そばにあったバスタオルを取るとカリンの濡れた足元からゆっくりと上に拭いて行った。
やがて、ひざを越えてバスタオルを上げていくと
「優、そこまで濡れていない」
と言って彼の目を見ると
「濡れているよ」
そう言って、更にバスタオルをカリンのひざから腿にかけてあげてきた。
「エッチ」
彼の顔を見ながら言うカリンにちょっと目元を緩ますと、バスタオルを彼が手から落としながら、手だけはカリンの太腿を上がってきた。
「だめ、後で」
と言っていきなり、後ろに下がると“くるっ”と体を回してバスローブを羽織るとバスルームを出ていった。
「えーっ、それないよ」
何かとっても中途半端な気持ちになったが、カリンは、まださっきまでの彼の温かさが体に残っていた。その余韻を楽しみたかった。
「優、見て」
窓の外には、夜中の一二時を過ぎた夜景が広がっていた。
「優、何か飲みたい」
潤んだ目で何かを求めるように言うカリンに
「ちょっと待って」
と言うと彼は、オーク調のサイドテーブルにずらりとならんミニボトルを見た。
「カリン、これにしよう。お風呂上りだから、ブランデーグラスに氷を入れるとちょうど半分だし、冷たく飲める」
そう言って、彼は、ヘネシーのVSOPを手に持った。オールドボトルの滑らかな曲線がカリンには素敵に見えた。
「カリン、綺麗だね」
部屋の中のソファーに座りながら彼は、カリンの膝の上に頭を乗せていた。
「疲れたのね。ありがとう優」
自分の為に東京から五四〇キロを走ってきた彼がたまらなく愛おしいカリンは、腰を落として彼の体に自分の体を重ねた。胸が彼の頬に重なっている。
カリンは、うれしかった。五ヶ月前、河口湖で始めて彼に体を許して以来、心のどこかで不安を感じていた。それが今、彼はもうずっと自分のそばにいてくれると思うととても愛おしく思えた。
朝、優は目が覚めると、右腕の中で彼女が愛らしい寝顔を見せていた。
“可愛い”限りなく可愛く見えた。自分に全てを許し、自分だけを見てくれている彼女。
人が羨ましがるほど“可憐な爽やかさ”を自然と身につけ、ほんの少しの笑顔で自分を吸寄せてしまった。優は、守らなければいけないと思った。この素敵な彼女を。
優は、ゆっくりと輝く髪の毛をなでながらおでこにキスをした。
彼女は、眠っていた。優は、ゆっくりと彼女の胸元を開けると透き通るような白い肌にあまりにも整った大きな胸。
優は、彼女の左胸にキスをすると体重を掛けないように自分の頬を彼女の大きな胸にゆっくりと乗せた。幸せだった。ゆれるほどにふくよかな胸。透き通るような肌。
愛おしくてたまらない可愛い顔。優は、“全部自分のもの”そんな感じがうれしかった。大事にしたい。その気持ちが心の中に溢れていた。
二人の東京までのドライブは楽しかった。初めての長距離ドライブ。何よりもカリンに取って、そこは二人だけの時間だった。
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