第14話 新しい展開 (1-2)


自由通りから横断するように目黒通り、駒沢通りを過ぎて二四六に出ると彼はハンドルを左に切った。カリンは、電車以外の移動手段が無かったので回りの景色が珍しくてつい無口になって外を見ていた。

「カリン、外の景色めずらしい」

「うん、あまりこういうところ来た事ないし」

「そうか、じゃあ、郊外だけでなく、たまには、青山や外苑前とかに“ドライブ&お茶”もいいかもね」

「うん、いい、いい」

もちろん、かおるとは、表参道とか、青山で会うが、いつも電車での移動だ。それだけに彼の気持ちはうれしかった。

二四六を多摩川方面に走っていくと上に走っている高速三号線が途中で右に折れる。二四六は真直ぐ環八をアンダーガードして行く。そして途中で左車線に入ると目的のデパート玉川高島屋は、直ぐそばだ。

「結構、駐車待ち多いね。人気有るんだ」

「うん、最近東急もがんばっているから、その分人が多いみたい」

車の中で時間を潰しながら話していると、やっと駐車場のスロープに入ることが出来た。

うまく三階に停めるとそのまま中に入れた。

優は、彼女が“真直ぐ売り場に行くのかな”と思ったら、あっちによりこっちによりなかなか目的の場所まで行かない。

優は“なるほど、これがウィンドウショッピングってやつか”

と感心しながら彼女の後ろを着いて行った。

優は、ほしい物があった場合、二週間考えてどうしてもほしい場合は、ピンポイントで売り場に行き三分もしないで買う。迷った時は、諦めるタイプの買い方だ。女性と正反対といっていい。

さすがに下着売り場には入り辛く、

「ここで待っている」

と言うと

「うん」

と言って一人で売り場の中に入っていった。やがて、目的の売り場に着くと

「ねえ、優、これどう」

と聞かれるが、優は全く分からない。ただ、カリンの雰囲気に合うかどうかでしか、見れなかった。

やっと買い物が終わると

「もう少し見ていい」

と聞かれたので

「いいよ」

と答えると、また回りのお店を見始めた。

カリンが“じーっ“と店頭の前のマネキンの洋服を見ている。カリンの好きそうな洋服だ。

「どうしたの」

「これ、素敵ね」

そしてまた“じっ”と見ていた。

「カリン、これほしいの」

「うん、でも高すぎて」

「分かった」

「えっ」

「店員さん。ちょっと来て」

店の中から出てきた店員に

「ねえ、これ新しいもので全部下さい」

「ネックレスとかベルトもですか」

「全部です」

カリンは、何を話しているのか一瞬分からなかった。

「分かりました。在庫を調べてきます」

店員が店の中に入っていくと

「優、いいの」

「うん、カリンがほしいのなら」

「優」

カリンは、言葉に現せなかった。やがて店員が、店の中からもう一人を連れてきた。

「お召しになるのは、こちらのお嬢様ですか」

彼は、目をカリンに向けると

「お嬢様、サイズを選んで頂けますでしょうか」

「カリン、選んで」

「うん」

と言うとうれしそうにサイズを選んでいた。もう一人の店員が

「あとこちらにネックレスの保証書のご確認をお願いします」

と言った。

優はうれしかった。カリンがうれしそうにサイズを選んでいる。

優が両手にカリンの洋服を持ち、カリンはネックレスの入った素敵な小袋を一つもっているとカリンがうれしそうに

「優、ありがとう」

優の瞳の奥を見るように言う彼女に優もうれしくなった。


駐車場に行って後部座席に買い物の袋を置くと優は、助手席に回ってドアを開けた。カリンが“じっ”と見た。優は、何かなと思って運転席側に回り、ドアを開けキーをポケットから出そうとした時、

「優」

と言っていきなり左の頬にキスをされた。

一瞬、「えっ」と言うと

横に座っている彼女が、自分の右の頬に右の人差し指を指して優に向けていた。優は、頭の中が分からないほどに一瞬真白になったが、ほんの少し時間が経つとゆっくりとカリンの右の頬にほんのちょっと唇を付けた。

たまらないほどの一瞬の時間であった。


「カリン、いくよ」

「うん」

と言うと、彼はキーを向こうに回した。

車を来た方向とは逆に右に曲がった。カリンは

「えっ」

と言うと

「二四六より、多摩川沿いを南下した方が良いんだ」

と言って多摩川の土手の上にある道路を走ると右側に多摩川の景色が広がった。

「綺麗」

「うん、いいだろう。夕日が富士山に当たると、とても綺麗な景色になるんだ。今度、お弁当持って遊びに来ないか」

カリンに取って経験した事の無い景色と彼の言葉だった。

「うん、優、お弁当一緒に作ろう」

“えっ”と思いながらカリンの幸せそうな顔を見ると何も言えなかった。

彼の家の近くになるとカリンは段々無口になった。何となく心の中を理解した優は、

「カリン、大丈夫だよ。初めてだし。うちのお母さん、結構カリンのこと気に入っているし」

「えっ、どういうこと」

意味の分からない事を言う彼にカリンは、少し眼差しを向けた。

「いや、別に難しい事じゃあ無くて」

と言って、“参ったな。口滑った。まあいいか、どうせばれるんだし”

そう思って、カリンとかおるが始めて来た時のことを話した。

「えーっ、どうしよう恥ずかしい。だってあの時は」

かおるの勢いで彼の家まで行ったものの、結局お互いの誤解の塊だったことが分かるとその後、その件は頭から消えていただけに彼の言ったことは、恥ずかしかった。

やがて、彼の家の駐車場に着いたカリンは、自分でドアを開け、

「優」

と言うとしっかりと彼の目を見た。


「お母さん、ただ今」

そう言って、玄関に上がる彼の後ろで胸元にふちの白い広い帽子を持って玄関の入口にいるカリンに

「上がったら」

という彼の言葉よりも先に、彼のお母さんと目が合った。

「いらっしゃい」

という言葉とは裏腹に、彼のお母さんの目は、カリンを射抜くような厳しい視線をカリンに当てていた。まるで頭の先から足元まで品定めするような厳しい目つきだった。


少しの一瞬の後、彼のお母さんは、何かを理解したように

「天宮さん、いらっしゃい。今日来られるのを楽しみにしていました」

そう言って、玄関にひざを着いてスリッパを揃える優の母親にカリンは、たじろいだ。

「優、お客様を応接に通して。いま、お茶をお持ちします」

そう言って、玄関から奥に入った彼のお母さんの後ろ姿を見ながら心配そうな顔をするカリンに

「大丈夫だよ。お母さん、カリンを見たときから、カリンを気に入ったみたいだし」

彼の言葉に理解を回せないままカリンは、優の母親の視線を感じていた。

廊下の方から足音が聞こえた。やがてその足音は応接室のドアを開けるとプレートに乗せた紅茶のセットをしっかりしたマホガニーのテーブルに置いた。

カリンは、ちょっと高そうな紅茶の臭いを感じながら優の母親の仕草を見ていると、明らかにお客様に出す手並みをしていた。

「お母さん、お父さんは」

「恥ずかしいって。お前に任すからと言って、朝からゴルフにい行ったわ」

「ったく」

と言って、本当は“カリンのこと一番気にしていたのに”と思うと、何となく父親の心を垣間見たような気がした。

やがて、紅茶を入れた優のお母さんが、カリンと反対のソファに腰を落とすと、カリンの目を見てそして一呼吸おくと

「天宮さんって言うんでしょ。ごめんなさい。うちの優が寝言言うからだぶんと思って」

まだ、カリンのことを紹介もしないうちに会話を切り出されてしまった彼は、

「えーっ、うそだ。寝言でカリンのこと言わない」

「そう、カリンって呼んでるの」

優は、母親の知恵に屈した事をいま理解した。

「カリンさん、優のどこがいいの。確かに素直には育てたけど、三井のお嬢様や、あなたのような素敵なお嬢様に合うとは思わない」

優の母親のはっきりした目で見つめられたカリンは、自分の心の中で“今一生懸命大切にしているもの”を否定されたような気がした。

カリンは、優の母親の言葉に少しだけ“かちん”と来た。

「お母様、言っている意味が分かりません。私ではいけないんですか」

カリンは、優の母親の言葉に“優と自分の今までを”守るような気持ちで、母親の目をしっかりと見つめながら、強い口調で言った。

今まで見せた事の無い“言い様”と母親を見る強い瞳に、逆に彼は、たじろんだ。


少しの沈黙が流れた。優の母親は、カリンの目をしっかりと見つめながら

「ふふっ、いま言いましたよね。“私ではいけないんですか”って」

優の母親は、ティースプーンをゆっくりとカップの中に入れながらカリンの瞳を見て

「カリンさん、優のお嫁さんになって頂けない」

時間が流れた。


何時間経ったのか分からないほどの一瞬の後、カリンは、頭を“コクン”と前にした。

優は頭が真白だった。自分でも心の整理とかではない。何も考えていない世界をいきなり突きつけられたのだ。まるで“目の前の現実をいきなり解決しろ”と言われた様に。


「優、初めて見た時から、そよ風を感じさせる中に燐とした芯を持っているお嬢様と思いました。その方が優に全てを許しました。葉月家として受け入れる以外にありません。お父さんには、私が言っておきます」

「優、後は宜しく」

“えーっ”と心の中で思いながら葉月家の女の力の強さを今更ながらに感じた。

カリンは、何か夢の中で何が起こったのかわからなかった。

ただ、カリンは、優の顔を見るいつものすがる目でなく、“きりっ”とした目で彼を見ていた。


「お母さん、送ってきます」

そう言って、優はカリンの顔を見た。まだ五時半。

「ちょっと待って」

そう言って玄関に急いできた彼の母は、

「カリンさん、今日は少し疲れたでしょう。ごめんなさい。こんな子でもあなたの事を一生懸命思っている事だけは本当よ」

彼の母親のカリンを見る目は、既に大切な息子を託した母の目であった。

カリンは、優の母の目をしっかりと受け入れた。優の母はそれを満足するかのように頭を少しだけ下げた。少しだけ間を置いた後、

「カリンさん、優のこと宜しくね」

そう言って、左目を結んだ優の母親にカリンは、しっかりと頭を下げた。


「まいったな、なんで女性ってそんなに強いの」

ハンドルを握る彼の顔は、何か一つの区切りを過ぎた人の顔をしていた。

「優」

名前だけ呼んで彼の顔を見たカリンは、

「あの時、優のお母さんの言葉に、“優は渡さない”と思って言ったの」

「カリン、それなんだよ。結局、葉月家って女性が強いんだよな。親父だってお母さんに頭上がらないし」

「ふふっ、優、仕方ないよ。もう優のお母さんと約束しちゃったもん。優のお嫁さんになるって」

カリンは、たまらないほどのうれしさだった。

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