第11話 寄り道 (3)


カリンは久々に彼と廊下で有った。

「あっ、天宮さん。最近会わなかったですね」

回りに通る人間を気にしながら、優は声を掛けると、うれしそうな顔をして

「そうですね。お元気ですか」

と訳の分からない事言った。

 カリンはうれしかった。あの時以来、わだかまっていた心の中が流れるようにさわやかになっていった。彼の家での出来事以来。

 今日もカリンは、彼と会う約束をしている。約束ができるとカリンは心の中がうれしくてしょうがなかった。

 “今日も優と会える”それだけでカリンは心の中が温かかった。デスクにオントップの時計が一八時を回ると

「お先に失礼します」

と言って急いでエレベータホールに向った。

いつも彼が早く来てくれる。そう思ってどんなに早く行ってもいつも彼が先にいてくれる。

カリンは、待ち合わせの信号に行くまでもが、心が膨らみそうなほどうれしかった。急いで裏の通路を出て右に曲がり、待ち合わせの交差点に行くと彼はいなかった。今までそんなことは無かった。

カリンは一瞬の寂しさを感じながら、自分が走ってきた道を見返しながら会社の裏の入口を見ていると彼が出てきた。

 “仕事で遅れたんだ。しかたないか”そう思って見ているとその後から受付嬢ミルキーがうれしそうな顔をして出てきた。

カリンは、心に戸惑いを感じながら見ていると優とミルキーは、笑顔で

「お疲れ様」

と言うと反対方向に歩いていった。彼は、こちらに向いて少し早足で歩きながらカリンを見つけると更に早足で歩きながら近づいて

「ごめん、待った。仕事引きずった」

彼の言葉に少しの疑問を感じながら

「ううん、今来たところ」

そう言いながら優の目を見つめる彼女に優は心が痛んだ。

 信号を渡り、神谷町方面へ歩いて行く道すがら、いつもは何も話さなくても、心の温かさを感じたカリンは、今日、ほんの少しの違和感を感じた。何か分からないけど、彼のほんの少しの仕草で、何かを感じた。

「優、何も話さないの、何か話して」

彼の顔を見ながら、ちょっとすがるような目で彼の顔を見ると、

「ごめん、ちょっと頭の中が仕事だった」

“本当か、うそか”微妙なラインの言葉を言うと

「うん、よし頭をカリンにしよう。いや訂正。カリンのことだけにしよう。せっかく会えているんだから」

 そう言って彼は、カリンの顔を見て笑顔を見せると、ちょっと後ろを見た後、カリンの左手を自分の右手で握った。指の間に指を入れて。

 カリンはうれしかった。“やっぱり自分の考えすぎか。彼嘘つく人じゃないし”そう思って、今までちょっと心の中にあるしこりを消そうとした。


 二人の帰り道は、大体田園ラインに乗って、彼の家がある町の手前で降りてデートすることにしていた。段々、彼との間が慣れて来ると少しだけ体が触れても、恥ずかしさからうれしさに変わっていった。

「優、今日はどこにする」

「カリンは」

「私が聞いているの」

うれしそう顔をしてちょっと甘えた振りをする彼女がたまらなく可愛かった。

「じゃあ、たまには“ミッシェル”か“アバンティ”にしよう」

「“ミッシェル”か“アバンティ”」

ちょっと分からない顔をする彼女に

「両方ともちょっと洒落た洋食屋さんってとこかな」

「いいですよ」

「どちらがいい、カリン」

「うーん、アバンティ。何となく大人っぽい」

「よし、アバンティにしよう」

「こっち」

彼は言うとカリンと並んで歩き始めた 。

 女神像を左に見ながら一つ目の角を右に曲がって一つ目の交差点を越えて少しいったところの右側のビルの中に有った。

階段を少し上がり中二階の様な所に入口が有った。ドアを開けて中に入ると半円形のカウンターと白いテーブルクロスが掛けてある四人がけのテーブルが四つある、こじんまりしたお店だ。店内は、やや明る目にライトアップされていた。


入口に立っている二人に店員が近づいて来て、

「ご予約ですか」

と聞いたので彼は、

「いえ」

と答えると

「お二人様ですね」

と言うと

「こちらへ」

と言って歩き始めた。

彼は、カリンの顔を見ると“ニコッ”として彼が先に歩き始めた。案内されたのは、入って右側の二つ目のテーブルだった。

店員が椅子を引いたのでカリンに薦めるとちょっと緊張した面持ちで座った。彼は、自分で椅子を引いて座ると店員は、テーブルを離れた。

「素敵なお店ね」

「うん、明るくて感じの良いお店でしょ」

 そう言って、ちょっと回りを見渡すと自分達以外にもう一組のカップルが反対側のテーブルに座っていた 。

やがて店員がメニューとお絞りを持ってくると

「決まりましたら声を掛けて 下さい 」

と言ってテーブルを離れた。

「カリン、何にする」

メニューを見ながら言う彼に

「うーん、シーザーズサラダ」

と言うと

「他には」

と聞いたので

「じゃあ、後、甘鯛のカルパッチョ」

「じゃあ、僕は、鶏肉の香草焼きと小海老のスティック。飲み物は、先にビールで良いよね」

カリンは、

「うん」

と言うと彼は、店員を呼んでオーダーした。店員が先に持ってきた生中を見て

「ちょっと多いかな」

と思ったが、カリンの表情を見た優は、

「多かったら僕がのむ。後は白ワインにすればいいよ」

と言うと彼は

「カリンとの久しぶりのデートに乾杯」

と言ってジョッキを持った。カリンも

「乾杯」

と言ってジョッキに口をつけながら“彼が私の残りを飲むの”少しだけ心に引っ掛りながらビールを喉に通すとジョッキを置いた。

カリンは“いまさら”と思いながら、それでも自分の中で“いまひとつ、受け入れられない事実”に心が整理できなかった。

「カリン、どうしたの」

「なんでもなーい」

そう言って、ジョッキに少しだけ口をつけると、彼の顔を“じーっ”と見て何も言わないまま、またジョッキに口をつけた。

やがて、カリンがオーダーしたシーザースサラダを持ってきた。カリンは、二つの取り皿にサラダを分けると、一つを彼の前に置いた。

「ありがとう」

と言ってフォークを手にする彼を見ながらカリンは、心の少しの揺らぎを整理しきれないでした。

それでもカリンは、微笑みながら自分もフォークを持つとサラダを口に運んだ。結局カリンは白ワインを一杯飲んだ。彼は、赤ワインを二杯飲み終えると

「お腹一杯になった。カリンは」

うれしそう顔をして言う彼に

「私も」

と言って笑顔を見せた。心にしこりを残して。


いつものように彼は、家の側まで送ってくれた。彼は、前と後ろを見て誰もいないことを確かめるとカリンを路地に誘った。カリンは、彼の向くままに路地に行ったが、いつものようなときめきが無かった。

ただ彼のするままに身を任せた感じだった。唇を当てながら胸を触る。ゆっくりと彼の手が自分の左胸を優しくなでている。

いつもならそこを意識して感情が高ぶるはずなのに、彼が胸を触ってもいつもの感じは無かった。ただ酔いの中で、自分自身の本性だけが出たような感じだけがあった。

「もうやめて」

カリンは、唇を当てながら胸を包むように触る彼の感触が、なぜかほんの少し違う感じがした。なぜだから分からない。何かが違う。そんな感じが、カリン心の中にあった。


「花梨お帰りなさい。お風呂開いてるわよ」

そう言うお母さんにほんの少し申し訳ない感情を抱きながら

「はーい、すぐ入る」

そう言って二階に上がると洋服箪笥から下着を持って一階のお風呂場に行った。

お風呂場に通じる洗面所のドアを閉めてロックすると鏡に映る自分の顔を見つめた。

「どうしたの。優とやっと会えたのに」

何も答えてくれない鏡に小さな声で言うとブラウスのボタンを外した。さっきまで彼が触っていた左胸に触られていた感触が残る。

ゆっくりと後ろに手を回し、ブラのホックを外すと右と左のブラの紐を取った。ゆったりとそして少し大きめの胸を自分の手で支えながら、あの時のことを少し思い出していた。

カリンは、少し無言のまま自分の体を見つめるとパンティに手を掛けた。ゆっくりと脱ぐと、“じっ”と自分のパンティの一部分を見た。

“ありえない”少しだけカリンは、悲しくなった。“私はそんな女じゃない”そう思いながら理性があると思っていた自分の思考と体の本能の違いに、涙が目元まで溜まった。


翌日、カリンは自分の心のしこりを残したまま会社に出社した。総合オペレーションセンターにデータディスクを持っていくのが日課のカリンは、受付の前を通るとミルキーこと秋山元花が、他の男と楽しそうに話していた。

“あの人、誰でもあんな笑顔で話すのかな。あの時見た優とミルキーの笑顔も同じだったのかな”

なんとなくそう思いたかった自分にそう思えば良いと言い聞かせ、統合オペレーションセンターに行く為に廊下を右に曲がろうとすると、彼が同僚と話しながら自分の方に歩いてきた。

カリンは、同僚に顔を合わせないように下を向きながら通り過ぎようとすると彼の右手に目が留まった。

中指と人差し指で“二“を出している。カリンは、少しずつ自分が笑顔になるのが分かった。

データディスクを統合オペレーションセンターのいつもいやらしい目で自分を見る大野にディスクを渡すと足早に自分の部署に帰ろうとした。

統合オペレーションセンターから右に曲がり廊下に出ると彼が一人で歩いて来て、何も言わず左の手のひらを広げて右手の人差し指と中指と薬指を重ねるとカリンに笑顔を見せ、そのまま横を通り過ぎた。直ぐに後ろから同僚が歩いてきた。

“そうか、彼話せなかったから、手で合図したんだ。“二”は二人、“八”は一八時に会おうって“

勝手な想像かもしれないけどそう思ったカリンは、腕時計を見ると一六時ちょっとすぎを指していた。やっぱりカリンはうれしかった。

さっきのミルキーの他の男との態度を見ても“本当は、自分が勝手に思い込んだだけじゃないの”そう思うと心が温かくなってきた。


「天宮さんどうしたの、最近明るくなったり暗くなったり明るくなったり、直ぐに顔に出るんだから」

同じアドバタイズメントの小池が優しくカリンに声を掛けると

「先輩、やっぱり分かります」

そう言ってカリンは、小池の顔を見ると

「今日もデートでしょ」

“えっ、なんで知ってるの”誰にも彼のこと話していないのにそう思いながらほんの少し顔を赤くすると

「えっ、なんのことですか」

「あはは、やっぱり可愛いわ、天宮さん。抱きしめたくなっちゃう」

そう言ってカリンの頭を軽くなでると自分の席に戻って行った。

カリンは、一八時過ぎると早足でデスクを立った。小池は、カリンの後姿を見ながら

“私だって、あんな時期あったのになあ。でもあんな男のどこがいいんだろ。天宮さんだったらもっと素敵な人がいると思うんだけどな”

と思いながら後輩のいじらしい態度に目を細めていた。


彼は、先に待っていてくれた。

「優」

つい声を出したカリンに彼は、笑顔で答えると

「指の合図分かったんだ。もし分からなくてもここでずっと待っていればカリンが“ここを通るし”と思って待ってた。でも分かってくれたんだ。うれしいな」

「当たり前でしょ。優」

本当にうれしそうな顔をする彼女に優は、自分のわだかまりが、ほどけていくのが分かった。

秋山とは、あの日だけだった。会社であっても挨拶だけで特に何もない。

“やっぱりなんだったんだろう。遊ばれたのか”

そんな思いが優の心を支配し始めていた。

昨日、彼女と会っても何か彼女の心の中に“風が流れている”のを感じた優は、もう一度今日誘って、もし、自分の気持ち指信号が伝わらなかったら、少し諦めようと思っていた。

“やっぱり自分が悪いんだと”でも彼女は分かってくれた。優はうれしかった。

「カリン、今日は渋谷に行かない」

「えっ、渋谷」

いつものように彼の町の隣でデートをすると思っていたカリンは、彼が何故渋谷に誘ったのか分からない。少し不安を感じたが、彼が行きたいのなら良いと思い、もう一度

「優が行きたいのならいいよ」

と言って笑顔を見せた。

「うん、いつもと同じところだと、お店探すの大変と言うか、新鮮味が消えるからたまには、渋谷もいいなと思って」

そう言う彼にカリンは

「そうよね。私もそう思う」

そう言って彼の目を見つめた。


優は、秋山を誘った日本料理屋“伊豆”にカリンを連れて行った。同じように予約したが、なぜか今度は普通のテーブルだった。

「優、こんなお店も知っているの」

「うん、ここは、ずいぶん前に父に一度だけ連れられて来たんだ。その時の電話番号をスマホに記録してあったから、今日電話しただけ。実言うと和食知っているの、この店だけなんだ」

ちょっと照れくさそうに言う彼にカリンは、

「ううん、とってもうれしい。こういうお店初めて」

そう言ってうれしそうに目元を緩めた。

結局、カリンも日本酒を飲んだ。結構効くなと思いながら少し自制心を失いながら、

「カリン、そろそろ出ようか」

彼の言葉に少しだけ、“ほっ”としながら、ちょっとだけ疑問を持ちながら店を出た。

階段を下りて、真直ぐ歩く彼につい行くと前に来た通り“しじみ”を食べたという通りを歩いていた。

やがて右方向にあがる階段の前に来ると、彼はカリンの顔を見た。カリンは、彼が何を望んでいるのか分かった。

日本酒のせいか、自制心がだいぶ緩んでいたカリンは、彼の顔を少しの間“じーっ”と見ると

「どうしても」

と聞いた。彼は、カリンの目を見て

「うん、どうしても」

少し考えた後、彼の手を掴んで

「いいよ」

と下を向いて答えると

「行こう」

と言ってカリンの手を引いた。


・・・・・・・・・・・・


優、今日渋谷に誘ったのは、これをしたかったから」

少し悲しい目で彼を見ながら言うカリンに

「たぶん、カリンを抱きたくてしょうがなかった。自分の心の中にあるなにか“もやもや”をすっきりさせたくって」

「私の体がほしいだけなの」

「そんな事ない。カリンはとても素敵だ。でも体も思いっきり抱いて見たい時もある。生理的なことかもしれない」

「カリンは、僕に抱かれるのいや」

少しの間、話せなかった。

“彼が言っていることは本当だろう。でもそれでいいの。カリン”

自分自身の心の葛藤の中に“彼、私を大切にしてくれると言った。恋人にしてくれるって”

カリンは、彼に

「優、あの時、帰りの車の中で言った事覚えている」

そう言って彼の瞳を見た。少しの沈黙の後、

「覚えてる。“カリンのこと大切にする。恋人にしたい”って。あれは今でも僕の正直な気持ち」

自分の心のよりどころを失わずに済んだ気がした。

「いいわ、優が私を抱きたい時、言って。でも女性には“危険な日”があることを覚えておいて。その時は優がどんなにほしがっても“だめっ”って言うから」

「でも、“皮”かぶれば大丈夫だよ」

「私がいや、優のもの全部私のもの」

自分でも信じられない言葉に驚きながら彼の体に抱きついた。


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