第7話 黄色いカリーナ (3)


優は翌朝、八時半少し前にカリンの家の前少し離れたところに車を止めると、運転席の中で待った。少し経ってカリンが出てきた。彼女の母も一緒だ。

ちょっと抵抗を感じたが、ドアを開けて外に出ると、カリンが笑顔で自分の顔を見ている。

優は、ゆっくりとカリンの側に行くとカリンも母の顔を見て

「おはようございます」

と言った。今日は、前よりもきつくない顔でカリンの母が

「おはようございます」

と言ったので、優は、心のつまりが少し取れた。

「花梨、気をつけて行ってらっしゃい」

「はあい」

カリンは、母親の顔を見ながらそう言うと優の側に近づいてきた。

カリンが側にくると優も体を車の方向に戻し、少し早足で歩くと助手席側のドアを開いた。

「ありがとう」

と言って座るカリンに笑顔を見せながらドアを閉めると、優は運転席側に戻ってドアを開いた。

運転席に座りキーを回すと、聞き覚えのあるストレートシックスのエンジン音が響いた。ゆっくりとサイドブレーキを緩め、ゆっくり走り出すカリーナのバックミラーでカリンの母親が、こっちを見ているのを確認した優は、顔をカリンの方に少し向けて

「会いたかったです」

と言った。彼女も

「私も会いたかったの」

と言うと優はうれしくてたまらない気持ちになった。

あのちょっと衝撃的な夜以来、彼女と会えなくて優自身も頭の中が彼女の事でいっぱいだっただけに今日会えたのは、うれしかった。

いつものように車を“トマトの花”の側の道路に止めようと思った優は、なんとなく胸騒ぎを覚え、直ぐ近くにある有料駐車場に入った。彼女が“あれ”と言う顔をしたので

「今日はなんとなく、こっちに方がいい感じがして」

そう言って優は、車を下りながら彼女の顔を見た。

“トマトの花”でパンケーキを食べながら自由通りを見ていると環八方向からミニパトがやって来た。路上駐車している車のタイヤに“白いチョーク”で線を引いている。彼は、カリンの視線を見ながら

「今日はなんとなくそう思ったんだ」

そう言ってパンケーキを口に入れる彼の顔を見て“この人、そういう感があるんだ”と思った。

カリンは、この店の居心地が好きだった。いつの間にか慣れ、いつも優しく微笑む“ちょっとおばさん”、話を聞くとここのお店のオーナーらしい。

毎週変わる白い大きなテーブルの真ん中に置いてある花瓶の中の花。そしてなんとも“ほわっ”とした雰囲気。

自分と彼と同じようなカップルと近所の人であろう落ち着いた雰囲気に、女性が静かに時間を過ごしている。彼は自分の顔を見て微笑みながら

「天宮さん、テニスしたことあります」

「全くありません。大学時代は、友人とバンドを組んでいました。VSOPって言うんです」

彼はちょっと驚いた顔をして

「バンド」

と言うと

「自分も高校時代ちょっとやっていた。下手だったけど。友達からもらったレキントギターとかいうやつで弾いていたけど、聞かせるレベルではなかったな」

そう言って恥ずかしそうな顔をする彼にカリンは、心が和んだ。

「テニスだめか。もっとも僕も下手だけど」

そう言って笑顔を見せる彼は

「じゃあ、駒沢公園を一周歩いてみない。結構広いんだよ」

「うん」

カリンは、何故か自然に彼の行動にそのまま自分が沿うことに心地よさを感じていた。

“彼が選んだこと。それでいい”そんな気持ちがカリンの心の中を満たしていた。


自由通りから目黒通りを横切り駒沢通りに出ると、ハンドルを左に切って駒沢通りに出た。逆方向に行けば、かおるの家がある。

彼は無理すること無くゆっくりと走らせると右手に東京医療センターが見えてきた。

「もうすぐです」

そう言う彼は、駒沢公園の信号を過ぎると左手にある駐車場に入った。駐車場にクルマを止めると彼は、カリンの顔を見て“こっち”という顔をした。

クルマを出て駐車場の入り口を出て左側に歩いていくとオーバーガードの道路があった。右側に駒沢通りを見ながら歩くと若いカップルやグループが色々な遊びをしていた。

彼の言うテニスだろう。カップルが両方向に分かれてボールを打合っていた。カリンは、初めて見る風景に“こんなところもあるんだ”と思いながら、彼の側を歩いていくと彼がいきなり

「天宮さん、こっち」

と言っていきなり道路を渡ろうとした。

“えーっ”と思っているといきなり手を引かれた。右にも左にもクルマが走ってくる。

 何も考えられず、ただ彼の手に引かれて走ると、直ぐ後を右と左から車が通過した。カリンは、ただ怖くなって彼の目を見つめると

「ごめん、オーバーガードを行くより早いと思って」

少し悪気な顔をして言う彼にカリンは、ちょっと真面目に彼をにらんだ。

「怖かったんだから」

そう言うカリンに彼は、素直に

「ごめん」

と言うと、彼は“あっち”と言う顔をして、東京医療センターの方を指差した。


強引に引っ張る彼にカリンは何も考えられないまま彼の側を歩いた。

歩く道と走る道それにちょっと広い道が白い線で区切られている。赤ちゃんをバギーに乗せて歩く人、ジョギングをする人、のんびりと散歩をする人、色々な人がいる。

カリンは、今まで見たことの無いシチュエーションにカリンは、少し心が躍った。

“彼、これを見せたかったのか”そんな思いをしながら彼の横顔を見ると目が輝いていた。

「天宮さん、綺麗でしょ。花や木が自然に生えていてとても気持ちいいんだ」

カリンは、また、誰と歩いているんだろうと思った。“何故こんな気持ちに”と思いながら整理がつかない頭を横において彼のとなりを歩いている自分が気持ちよかった。


環八を走りながら

「天宮さん、少しお腹すきません。少し先に天満っていうお店があるんだ。あそこで食べよう」

そう言って彼は、クルマを左の車線に移した。


天満を出て、東名高速入口方面に知りながら彼は、

「天宮さん、まだ二時。三島に僕の友人がいるから遊びに行かない」

カリンは、三島いう地名は知っていたが、距離感もどの辺りかも分からないでいると

「ここから巡航一一〇キロ位で一時間位、往復で二時間、休憩を入れると三時間。たぶんプラス入れても六時には戻れると思う」

カリンは、彼の計算された説明に何も考えず

「いいよ」

と言うと彼は、クルマを東名入口に向けた。

カリンは、ちょっとまずいかなという思いと、まあいいか。たぶんという思いが入り混じりどう説明すればという考えが頭に浮んでいる自分に少し驚いていた。


やがて、御殿場近くまで来ると

「あれ、そう言えば三島の友達の電話番号忘れた」

そう言って、どうしようかなという顔をしながらハンドルを握る彼に

“えっ、どういうこと。じゃあ帰るの”そんな事を思いながら走っていると、彼は御殿場出口に車を進めた。

「せっかくだから、少し休んで行こう」

カリンは、ほんの少しの不安を感じながら

「いいよ」

と言うと彼は一三八号線を右に曲がった。

「こっち行くとどこに行くの」

少し不安になったカリンは、彼の顔を見ずに聞くと

「河口湖方面」

と言って少し無口になった。


カリンは、外に流れる景色を見ながら、私はどうする事も出来ないし、彼を信じるしかないと思って、雰囲気に浸れない自分を感じていた。

「天宮さん、ごめん少し疲れた。泊まって行きたい。もちろん何もしない」

カリンの顔を見てそう言う彼に

少し下を向きながら、やっぱり。でも自分でも少し期待していたんじゃないのカリン。そんな事ない、ありえない。どうしよう。誰かに相談しないと、ゆっくりと顔を上げると彼の瞳を見つめて、少しの時間を持つと

「うん」

と言って彼の顔を真剣に見た。


「かおる、あなたの家で泊まったことにして。お願い」

「カリンどうしたの」

「実は・・」

カリンは今までのいきさつを説明した。

「分かった。もしお母さんから電話あったりしてもうまく対応する。それよりカリン大丈夫なの」

「たぶん、でも仕方ない。自分が選んだことだから」

「分かった。そこまで言うなら応援する」

「じゃあ、かおる、頼むね」

カリンは、スマホの通話をオフにすると彼にコンビニに寄る様に頼んだ。ソフトコンタクトを使っているので寝ているときは水に浸していないといけない。

生理食塩水が売っていなかったので、それに代わる水を買った。彼には内緒で下着も買った。もしかしたらという気持ちも隠しきれないまま、彼の考えに従った。大丈夫って言ったんだ。なにもしないって。

薄暮になった空を見ながら彼は、ハンドルを左に切った。林道みたいなところを少し走ると、ホテルグリーンヒルとかかれた看板を通り過ぎた。少し入ると部屋の下にそれぞれの車を停めるスペースがある。

彼は、開いている部屋の下に車を入れるとカリンの顔を一度みてキーを手前に回してエンジンを停めた。

「さっ行こう」

軽く言って車を降りる彼にカリンは、もうどうしようもないかと思って車を降り、彼について階段を上がった。

ドアを開けて入ると、いきなりベッドルームとリビングルームが有って、その奥にお風呂があった。

“えーっ、ここに泊まるの”内心不安を抱えながら、反面開き直りと自分でも信じられない期待が入り混じった気持ちになっていた。

彼は、

「天宮さん、先にお風呂に入ってください。僕後でいいです」

という彼に

“えーっ、私の後にお風呂に入るの。そんなのだめー”と思い

「葉月さん、先に入ってください」

と少し下を向いて言うと

「分かりました。先に入ります」

そう言ってお風呂場の方に歩いていった。

“どうしよう。彼、でも何もしないって言っていたし。でもどうしよう”そんなことを思いながらベッドに座っていると彼は

「天宮さん、出ました。どうぞ」

と言ってバスローブをまとった彼がお風呂から出てきた。

カリンは、しかたない。まあいいか。そう思ってお風呂に行くとドアを閉めた。


淡いブルーのブラウスのボタンを上から一つ一つはずすとゆっくりとブラに隠れた自分の大きな胸が現れてきた。ブラウスを全て脱ぐと自分でも少し大きなと思った。  

少しの時間が流れた。カリンは仕方なくゆっくりと手を後ろに回してブラのホックを外すとゆっくり右側の紐を外し、左側の紐も外した。

胸を包んでいたブラを外しながらゆっくりと自分の胸を見る。

ついこの前、彼に触られた胸が何気なく緊張している。手で支えて見た後、右手と左手をスカートの左に持っていった。

横にあるホックを外すと頭の中で“いいの。まだ間に合うんじゃない”という思いが出てきた。カリンは鏡に映る自分の姿を見て“うん”と思うとスカートを下げた。そして誰にも見せた事の無い淡いピンクのパンティに手を掛けた。


髪の毛を濡らさない様にゆっくり肩からシャワーを浴びたカリンは、徐々に自分の胸にシャワーを掛けた。そしてアンダーバストの間にお湯をかけるとゆっくりと自分の今まで自分しか見たことの無いところへとゆっくりお湯を掛けていった。

“やっぱり、でも”そう思いながらシャワーをそこに持って行き軽く指で触りながら綺麗にすると足元まで一気に流した。

シャワーを止めてバスローブを手に取ると髪の毛が濡れている所を拭き、体に巻いた。ゆっくりとドアノブを回し、緊張した面持ちでお風呂から出てくると彼は、ビールを飲みながらテレビを見ていた。


「東京とチャンネル違うんだね」

と言いながら、冷蔵庫を開けて缶ビールを出すとカリンに手渡した。

「すっきりする。やっぱりお風呂上りはビールだよね」

そう言って渡す彼にカリンはほんの少し心が和らぐと、テレビを見る方のベッドに座っている彼が少しだけ座っているところをずれた。

カリンは、彼の隣に座りながらテレビを見ていると

「テレビつまんないね。もう寝よう」

そう言ってカリンの顔を見ると缶ビールをベッドの側にあるテーブルに置いた。彼はカリンの手に有る缶ビールを取りテーブルに置くと優しくカリンの左肩を抱いていて唇を合わせた。

「やさしくして」

「うん」


「ごめん、嘘ついちゃった」

そう言って唇を合わせる彼に

「ううん、なんとなくそうなるのかなと思っていた」

そう言ってカリンは彼の瞳を見た。


いつの間にか眠ってしまったらしい。カリンは、横を見ると彼が目をつむっていた。カリンは、ゆっくりと起きて自分のそこへ手を伸ばした。

何か知らないものが自分の中からこぼれていた。そこを触った指を自分の目の前に持って来た。

知識では知っている。でも始めて見るそれに、彼が本当に自分の中に入って来たんだという思いと、自分の体のそこが、まだ彼を受け入れたままの感覚になっていることで理解した。

カリンは、シャワールームに行った。このままでは、あんまりという気もちがあった。厳しいしつけを中高と家でしつけられ、ここまで育ってきた自分が、こんなふしだらな女とは自分自身思いたくなかった。


シャワールームで髪に水が掛からないように肩からお湯を掛けながら、カリンは、自分でさっきまで彼が入っていた感覚が強く残るそこを指で触った。

カリンは少しだけ涙が出た。“なんで、私、なんで、はじめてなのに”さっきまでの信じられない感覚が遠のき、自虐の気持ちが大きくなっていった。


「こういうのって、私、葉月さんの“女”になったってことですか」

帰りの高速道路の車の中で下を向きながら言う彼女に優は

「そんな。そんな事ないです」

「じゃあ。どういうこと何ですか」

カリンは、初めて体を許した男に自分でも理解できない感情をぶつけていた。

「だって、天宮さん、はじめてだったなんて」

「私をそんな女に見ていたんですか」

「違います」

優は、彼女の言葉に対応しきれないでいた。

“まいったなあ、ほんの軽い気持ちだったのに”そう思いながら優は、自分がしたことの重さを感じていた。

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