第5話 黄色いカリーナ (1)
優は、九時に彼女の家の近くに来た。
“確かこの辺なんだけどな”昨日の夜の甘い一時を心の中に残しながら車載GPSで周辺を見ていた。
“仕方ない、やっぱり電話するか”車を脇に停めてスマホを手にすると彼女の携帯の番号を押した。少しの呼び出し音の後、
「はい、天宮です」
心が、少しだけ“キュッ”とする声を聞くと
「葉月です。近くに来たのですが、ちょっと分からなくて」
「まわりの景色を教えて下さい」
優は、まわりを見ると
「おんごくやまと書いてある」
「おんごくやま」
スマホの向こうで一瞬沈黙が続くと
「おんたけさん」
「これ、御嶽山って読むんだ」
「いまいる方向から真っ直ぐ来れば昨日の道に出ます」
「分かった。そうする」
優は、少し“ほっ”としてスマホの通話ボタンをオフにすると、車の運転席に座りキーを右に回した。
彼女から聞いた通りに進むと少し緩やかな坂があり、踏切を渡ると、昨日の道に出た。昨日の夜とは違い人通りが多い。
すでに通りのお店が開いている。ゆっくり走りながら少し行くと一〇〇メートル位先に彼女の姿があった。
“そばにいるのは、誰だろう”と思いながら近くで車を停めると、優はエンジンを止め車から降りた。彼女の側に行きながら笑顔を見せると
「お母さん、こちら葉月さん」
一瞬、優は戸惑ったが、彼女が“じっ”と自分の目を見つめたので
「葉月です。初めまして」
と言ってゆっくりとお辞儀をした。
「初めまして葉月さん。花梨の母です」
凛とした姿勢で言うと優の顔をしっかりと見た。少し笑顔がありながら、子を守る強い親の目で彼を見据えるとそれを見ていた彼女は、
「じゃあ、お母さん、行ってくるね」
そう言って出かけようとすると
「花梨、待ちなさい。口紅の一つもつけて行きなさい」
優は、十分に魅力的なピンク色の彼女の唇を見つめながら“えっ、もしかしてお化粧していないの”彼女の顔を見つめないように見ながら見ると確かに何もしていないようだった。
仕方ない顔をして家に入る後姿を見ながら、頭の中が一瞬だけ真っ白になり“これだけの笑顔で化粧無し、えーっ”優の常識が銀河の外まで飛ばされるのを感じながら、ほんの少しの長い時間、ぼうっと立っていると彼女が、再び家から出てきた、素敵な赤色の口紅をつけている。
優は一瞬ドキッとしながら彼女の顔を見つめると彼女の母が
「花梨、行ってらっしゃい」
と言った。
優は、やっと我に返り、彼女の顔を見るとお母さんの方をもう一度見て、」ぺこんとお辞儀をした。
彼女が助手席のドアを開けようと反対側に回ったので優は素早く助手席のドアに行き、ドアを開けた。
「ありがとう」
と言って、つけたばかりの赤い口紅を輝かせると優は、目をつい大きく開けた。
彼女が微笑んだので優は、急いで運転席側に行きドアを開けると運転席に座りエンジンを掛けた。走り出した車のバックミラーで彼女の母親が、カリーナの後ろ姿を見ている。
優は、それを見つつ、彼女を見ると
「おじさんが、大手自動車会社の営業本部長で、全国で探してもらってやっと手に入れたんだ。エンジンはストレートシックスのT16G2000CC、キャブはソレックスツインでなくて電子制御式だけど、結構、レッドゾーンぎりぎりまでストレスなく回る。色もクリームな黄色じゃなくて、普通の黄色、ライトは丸めにフォグランプをつけてある」
うれしそうな顔をしながら話す運転席に座る彼にカリンは、心が弾んだ。
“彼こんな車好きなんだ”。
今は、ドアミラーが主流の時代にフェンダーミラー、時代遅れのカセットテープに不釣合いのGPSナビゲーション、薄い水色のシーツがシートに掛けてある。
カリンは、自動車の事は、トンと分からないが、彼が好きなこの黄色い車を好きになりそうな気がした。
「天宮さん、朝食食べた」
「ううん、まだ、さっき起きたばかり」
えっと思いながら
「僕も食べていない、昨日行ったトマトの花に行かない」
「うん、いいよ」
カリンは、さわやかに笑顔を見せると彼も
「よし決まった」
と言って嬉しそうな顔をした。
自由通りを真直ぐ彼の町の方向から環八を抜けて行くと左側に見えてきた。
“車どうするのかな”と思っているとそのままスルスルとガードレールに近づけ、ガードレールの隙間で
「天宮さん、降りて」
と言った。
カリンは、ドアを開けて、外のガードレールにドアがぶつからないように降りると、彼は黄色い車をまたスルスルとガードレールに寄せた。五センチも開いていない。
すごいと思いながら見ているとエンジンを切り、ドアを開けて彼が降りてきた。
カリンの顔を見た彼は、
「大丈夫です。両脇二センチあれば大型トラックの間を一〇〇キロで通り抜けます」
何を言っているのか理解できなかったカリンは、ただ“にこっ”と笑った。
「葉月さん、この車なんていうの」
素直に聞くカリンに彼は
「カリーナって言うんだ。だいぶ年式は古い。足回りと、エンジンルームのオーバーホール、それに塗装とさび止めのし直しで、新車買うよりちょっと高くなったけど、欲しかったから」
そう言って、少しうれしそうに笑顔を見せる彼にカリンは、好きなんだ。この車。そう思いながら、ほんの少し坂道をトマトの花に二人で歩いていった。
パンケーキを美味しそうに食べながら彼は、
「天宮さん、天気いいし、食べて少し胃を休めたら第三京浜経由で湘南の方に行ってみない」
あまり車での移動がないカリンは、目を輝かせて彼の顔を見ながら
「うん、いいよ」
と言うと目元を緩ませて嬉しそうな顔をした。
コーヒーとパンケーキでさっきまで付けていた赤い口紅が、少し取れていてコーヒーカップについた口紅を指で拭くと
「湘南か、あまりに行ったことないな。葉月さんは、よく行くのですか」
「いえ、あまり行ったことがないので天宮さんと行きたいなと思って」
ちょっと、はにかむように言う彼が、とても可愛く思えた。
彼は、自由ヶ丘から環八に戻り田園調布方向から東名方向に走ると一度、環八と平行して走る一本内側の道路に入り尾山台の駅の近くを過ぎた。
カリンは、なぜだろうと思って彼の顔を見ると、運転をしながら
「環八のあの方向から真っ直ぐ行くと第三京浜の出口しかないんだ。だからこうやって一度第三京浜の入口を回り込んで環八をさっきとは逆の方向に走って第三京浜に乗るんだ 」
そう言って車を左方向に回すと環八に出た。直ぐに第三京浜の入口はあった。五四〇度回るように走るとカリンは、思い切り彼の方に傾いた。彼がカリンの肩を抱いて
「大丈夫」
と聞くとカリンは、まだ残る彼の手の感触を感じながら少し下を向いて赤くなった顔を見せないようにして
「大丈夫です。ありがとう」
と言った。
彼は、一回転半する五四〇度のコーナーを抜けて直線にはいると思い切りアクセルを踏んだ。
景色が急に広がり、カリンは、流れ始めるフロントガラスの向こうを見ながら目を輝かせた。彼は、ちらっとカリンの顔をみながら
「片側三車線、両側で六車線、更に一本の道幅が広いから走り易いんだ」
楽しそうに話す彼の顔を見てカリンも胸を踊らせた。
「広いですよね」
“窓の外に流れる景色がとても綺麗”そう思いながらカリンは、来て良かったと思った。嬉しそうな彼女の顔見ると、優は心が弾んだ。
「ちょっとパーキングエリアに入るね」
一五分位走った後、彼はそう言うと少しだけハンドルを左に回し車線を左側に変えていった。ゆっくりと誘導路に入り、駐車場に車を入れるとカリンは、パーキングエリアを見た。車やバイク、それに乗っている若いカップルが沢山いる。
カリンは、活気のある雰囲気に“へーっ、すごいな。彼、いつもこんなところに来るのかな。誰と来るんだろう” 自分の心に、あれっと思いながら少しずつ大きくなっていく“それ”を少し恥じらいながら気持ちのいい感じを楽しんでいた。
「天宮さん、ちょっとトイレ」
そう言って少し恥ずかしそう顔をするとカリンも
「わたしも」
と言って右の方に歩いていった。
優は、先に済ませた後、運転席には座らずに、車のそばで待っていると唇に赤い口紅を付け治した彼女が戻ってきた。
とても爽やかでつい彼女の顔を“じっ”と見ていた優に彼女は、ちょっと不思議そうな顔をして“どうしたの”という仕草をした。
優は少し微笑むと
「さっ、行こうか」
そう言って助手席のドアを開けた。優の心の中にとても大きな感情が起こり始めていた。
第三京浜を降りて湘南方面にカリーナを走らせた優は、運転しながら彼女の横顔を“ちらっ”とみた。期待と不安が入り雑じった様な顔をしている。
「天宮さんは、こっちの方は、あまり来ない」
不安な気持ちを少しでも和らげようと声を聞くとかけると、運転席の方を見て、優の顔を見ながら
「あまりこの辺は来たことがない。でも珍しいから、それに素敵な 景色だし」
そうやって笑顔を作ると優の横顔を見ている。
“ちょっと不安にさせたかな”と 思いながら“今度ドライブするときは、トマトの花で、二人で行き先を良く話そう”と思った。
「葉月さん、心配してくれたの 」
そう言って目元を緩ませながら微笑むと彼女に優は、少し、はにかむ様に笑顔を見せながら彼女の顔を見ないようにしていた。
優は、途中で休憩がてら食事を済ませ、右手に湘南海岸を見ながらラジオをつけるとユーミンの歌が掛かっていた 。
「素敵な曲だね。なんだっけな曲名」
彼女も思い出しそうな顔をしながら思い出せないでいる。
「こうしよう。次会うときまでに二人で調べておく。そして一緒に曲名を言う。どう」
「素敵ね」
カリンは、彼との約束、“二人だけの約束”がとてもうれしかった。
「へーっ、原宿だって。この辺の地名って面白いね」
独り言を言う優は、ちらりと彼女の横顔を見ると目を閉じていた。彼女の寝顔を見たのは、初めてだ。
無防備なまでにその素敵な可愛い横顔を見ながら、優は視線をゆっくりと右にずらした。可愛い顔から喉にかけて白い肌に薄く血管が見えている。更に視線を流すと透き通るような肌、軟わらかそうな肌が、少しずつ盛上がりながらブラウスの中に隠れていった。
胸のラインが綺麗に上がっているブラウスに白いラインが見えた。大きく盛上がった胸の間をシートベルトが走り、余計胸を強調していた。優の心の中できつく何かが走った。
“いかん、何を考えているんだ。おれは”
自戒するように左手で自分の頭を殴るとその音で気が付いたのか、
「あっ、ごめんなさい。寝てしまいました」
少し申し訳なさそうに言う彼女に優は、さっきまで見ていた夢のような映像を思いだしながら
「あっ、いいんです。いきなり遠出したので疲れたんでしょう。もう少し眠っていてもいいですよ」
そういいながら、はにかむ彼にカリンは、不思議そうな顔をして“どうしたのかな”と思いながら顔を起こしてシートベルトの位置を整えた。
カリンはシートベルトを手に持った時、胸が強く強調されているのに気がつき、“まさか”と思ったが、“まっいいか”と思ってフロントガラスの前にある流れる景色を見ていた。
カリンは、高校に入学した当りから胸が徐々に大きくなってきた。無防備な故に戸惑った時も有ったが、幸い何も無く過ごしてきた。九段下にある中高一貫の厳しい女子高だが故のことかもしれない。
第三京浜に戻ると、また風のように風景が流れた。カリンは“彼、何を考えているのかな”、原宿を過ぎてから口数が少なくなってきた。“間違いなく自分の胸を見ていたのだろう”と思うとちょっと心に違和感を感じたが、男の人っていつもそんなものと今までの経験で知ってはいるが、彼がそんな人たちとは違うと思いたかった。
やがて第三京浜の出口に近くになってきた。第三京浜に入るとき、彼が言っていた様に環八への出口だけだ。
「さっ、東京に戻ってきたよ。ごめん。天宮さんを助手席に乗せていたんでちょっと緊張しちゃった。取りあえず家に戻って車を駐車場に置こう」
“えっ、とりあえず車を置こうって・・どういう意味”
ドライブとかしたら、さよならくらいにしか知らなかったカリンは、冗談ぽくいう彼を見た後、時計をちらっと見るともう一七時を回っていた。
カリンは、もう少し彼と二人だけでいたかったが、カリンもほんの少し疲れを感じていた。
環八を進み、尾山台の信号で右に曲がると、朝来た方向とは逆に走っていった。
環八で田園ラインをオーバーガードするところを過ぎると緩やかに右に曲がりながら最初の信号を更に右に曲がった。
彼の家に着き、車を彼の家の駐車場に入れた。この辺は駅の反対側と違い、昔からの閑静な住宅街である。この時間になると普通の町なら人通りが多いものだが、歩いている人はまばらだ。
彼は、キーを手前に回してエンジンを止めた。彼は、シートベルトを外すと、“ふうっ”と息をつき、カリンの方をじっと見て何も言わなかった。
カリンは、どうしたのかなと一瞬思ったが、なんとなく分かった気がした。一瞬と惑ったが、カリンはシートベルトを取って、少し運転席の方へ動くと彼の顔の近くに自分の顔を持って行き、彼の瞳を見つめると目を閉じた。
彼がゆっくり近づくのが分かった。肩を軽く触られた後、体が引かれるよう彼の唇が自分の唇に触った。ゆっくりと吸う様に合わせるとカリンの肩を更に引き寄せた。カリンは任せるままに彼に寄り添った。自分の胸が彼の固い胸に当たっているのが分かる。
やがて彼の右の手がゆっくりとカリンの左胸に降りて来た。カリンは“少し仕方ないかな”と思いながら彼の手が自分の胸に触るのを許した。胸が大きいので、ブラはアンダーバストをガードするようにしっかりしたラインが入っているが、その上は柔らかい布のような生地で出来ている。
彼は、一度下に手を持っていって、そのラインを確かめるとゆっくりと胸の下や横を包むように優しく触っている。
やがてゆっくりと下から包むように彼の手がカリンの胸のトップに触れると、今まで経験した事のない感覚が走った。カリンは、
「だめっ」
と小さく言うと彼の右手を自分の左手で掴んで自分の胸から離した。それがきっかけで唇も離れるとカリンは、彼の瞳をじっと見た。
彼は、少し困ったような恥ずかしいような顔をして
「ごめん」
と言うとカリンの肩を掴んでいた手を離した。
ほんの少しの長い時間が二人を包んだ。カリンは“どうすればよかったの。しかないことでしょ”自分の心の中の葛藤に答えが見出せないまま、初めての経験に戸惑いながら下を向いていると
「天宮さん、今日夕食一緒に出来ます」
戸惑うように不安な顔をカリンに向ける彼にカリンは、少しだけ考え、彼の顔をじっと見ながら頭を軽くぺこんとして顔を上げ、
「いいわ」
と言って柔らかく笑った。
「ちょっと待って」
と言ってカリンは、スマホを取り出すと数字をタップした。
少しの待ち時間の後、
「あっ、お母さん、カリン、今東京に戻ってきたの。夕飯彼と一緒に食べる」
スマホの向こうで話す母の言葉が厳しいのか少し眉間に皺を寄せたが、
「大丈夫、遅くならないから」
そう言って、またスマホの向こうの母の声を聞くと
「うん、ありがとう、じゃあね」
と言ってスマホをオフにした。
「大丈夫、無理しなかった」
心配そうに聞く彼に
「うん、お母さんが宜しくって」
そう言って笑うとカリンは、一人で助手席のドアを開け、車を降りた。
優は、心の中で“やったあ”と思いながら運転席のドアを開けると車を降り、キーでドアを閉めた。
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