第4話 出会い (4)


「今日どうしようか」

「うーん。特に」

「じゃあ、もう少しここにいよう」

「うん」

彼は、目の前にある“地球と太陽系”という本を取るとゆっくりと開いた。

「見て、綺麗だ。ここが地球、こっちが火星と金星。そしてこの太陽に一番近いのが水星」

彼の目が“きらきら”輝いている。“好きなんだこういうの”カリンは、彼が楽しそうに話をしているのを聞きながら、なんとなく心が緩んだ。

 結局、“トマトの花”を出たのは、一二時を過ぎていた。

二人は、渋谷行きの電車に乗ると席には座らずにドアの側で立っていた。

“やっぱり大きな”カリンが外を見ている間に“チラッ”と彼女の胸に目をやるとブラウスの胸元が少しへこんで胸のトップに向っていた。

そのまま視線を足元まで持って行く。健康的にほんの少しぽっちゃりしていてとても愛らしい。

窓の外を見ている横顔がとても可愛い。“なんで俺こんな事考えているんだろう”自分自身が良く分からず、彼女が自分の方を向くと、とても爽やかな笑顔をしている。

「どうしたんですか」

「いえ、可愛いなと思って」

彼女は下を向いて少し頬を赤らめて顔を上げると

「ありがとう」

と言った。


公園通り方向に歩きながら通り沿いにあるお店を見ていると彼女が

「ここのお店見たいの、いい」

「うん、いいよ」

と言って優は、お店の横に掛かっている店の名前を見た。

“チャコット、なんだろ”と思いながら彼女がドアを開けて入って行くので、彼はそのまま一緒に入った。

“へーっ、こんなお店あるんだ”彼女が入ったお店は、バレエの洋服やグッズが売っている店であった。

 彼女は、二階まで色々見ながら行くとトゥシューズを手にとって見ていた。“彼女バレエするのかな”そんな事を思いながら見ていると

「これ素敵でしょ。でもちょっと高いよね」

そう言って残念そうな顔をするとトゥシューズを棚に戻した。ビニールに入っているので手にとっても問題ないようになっている。


お店を出ると彼女は彼の顔を見て、

「あのう、今日の夕方って何か予定入っています」

申し訳なさそうな顔をして言う彼女に

「えっ、天宮さんが用事あるのかと思っていた。僕は何もないので家に帰って一人で夕飯でも食べようかなと思っていたのだけど」

「じゃあ、夕飯一緒でもいい。実は・・」

彼女の言葉に“やったあ”と心に思いながら

「うん、全然構わない。いいよ」

優は、彼女の“ほっ”とした顔がとても可愛く思いながら“誰なんだろう。友達って”と思いながら公園通りを更にNHK方面に彼女と一緒に歩いて行った。


夕方の六時、自由が丘の女神像側の改札を出ると男たちが振返りながら改札に向ってくる。彼は、何だろうと思って男たちが振り向く方向に目をやると“こりゃまた、何と”という女の子が立っていた。

後ろに歩く彼女の距離を気にしながら歩くと、その女の子が、

「カリン」

と言って彼女の方へ近づいてきた。

「かおる、待った」

「ううん、今着たばかり」

「良かった」

“えーっ、天宮さんの友達って、この子。参ったな。すごい美人で可愛い”彼は、二人の会話が頭の中で整理できないまま、その二人の会話を聞いていると

「かおる、葉月さん」

と言って自分の顔を見た。

「あっ、始めまして、葉月と言います」

かおるは、カリンの彼の顔を“じっ”と見ると、頭の中にある事を思いながら

「カリンから聞いています。葉月さんですね。三井かおるです」

優は、“えっ、聞いている”と思いつつ、彼女の友達のきつい目にちょっと、たじろんだ。


「かおる、彼は」

とカリンが聞いたので、待合せた友達が改札とは反対方向を振り向いて見るとその彼は、車道と歩道を区切る縁石の側に立っていた。

“えーっ、あれがこの子の彼”あまりのギャップにますます頭が混乱し始めた優は、彼女の友達の彼を見ながら頭の中の整理をつけようと思っていると

「カリン、予約してあるから」

「ごめんね。いつも」

「いいよ、カリンだもの」

そう言いながら、優しい目を彼女に向ける彼女の友達に彼は“天宮さんのこと、大切にしてくれる人なんだ”と思っていると

「カリン、じゃあ行こう」

と言って歩き出した。優はどう見ても不釣合いな彼の隣を歩く後姿を見ながら、今直近で起こった会話を頭の中で整理していた。


“彼女の友達の三井かおるって、もしかして、えーっ、そんな”整理するはずの頭の中が混乱の度合いを増しながらお店の入り口に着いた。

“えーっ、ここ”どう見ても普通の学生が来る店である。予約とか言っていたから少し期待していた優は、“どうして”という疑問がますます混乱を極めた。

「カリン、ここでいい」

「いいよ、かおるの選んだ店だもの」

「よし、入るよ」

そう言って彼女の友達は、入り口のドアと言うより土間と言う風のドアをスライドさせると、半分近い席がもう埋まっていた。

優は“この時間でもうこんなにお客が入っているんだ”と思いながら三人目の順で入ると店の店員が、彼女の友達に寄ってきた。


「三井です。予約してあるのですが」

と言うと店の若い店員は目を輝かして、手に持っているリストに目を通しながら

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

と言って店の奥に案内した。

案内されたのは、入り口近くにあるテーブルではなく、ちょっと奥まったところにある静かな四人座りのテーブルであった。

「カリン、ここの“小エビの踊り食い“って結構迫力あるのよ」

彼女は、友達の言葉にうれしそうに頷きながら優の顔を見て少し不安げな顔をした。彼は

「素敵なとこですね。“小エビの踊り食い”ですか。迫力ありそうですね」

と言って笑顔を見せると彼女も“ほっ”としたように目元を緩ませた。


店の若い店員が、お絞りとメニューを持ってやってくると

「飲み物を先に伺ってよろしいですか」

と聞いたので彼女の友達が

「何にします。私は生中」

と言って優の顔を見た。

「あっ、僕も生中」

と言うと“うだつの上がらない彼”は、

「僕も生中」

と言った。彼女はそれを聞いて一瞬戸惑ったが

「私も生中」

と言ったので店員の若い子は、

「生中四つですね」

と言って、戻っていった。

“おいおい、こんな綺麗な可愛い顔して生中かよ“と思っていると

「葉月さん、何か」

「いえ、何でも」

「カリン、いい人の様ね。顔に考えていることが直ぐに顔に出る。カリンが選んだ彼氏だけの事はあるわ」

彼女は目を輝かして“こくん”と頷くと彼の顔を見た。

「あのう、顔に直ぐ出るって」

「言った通りです。今、葉月さんは、私がビールを頼んだ時に不思議そうな顔をしたでしょう。顔に出ていましたよ」

優は心臓が飛び出しそうになりながら、少しだけ彼女の友達に抵抗を感じた。

「葉月さん、ごめん。かおるは、はっきりした子なの。ストレートな物言いだけど、裏はないの」

「カリン、それじゃ、私が悪者」

うれしそう顔をして彼女の顔を見ながら言う彼女の友達に、優は“いい友達持っているんだ。でも彼女と彼女の友達の間では、僕は彼女の彼”。なんとなく気持ちが“ふわっ”として目元が少し緩んだ。


いつの間にか彼女と友達は、近況について会話している。少し入れない雰囲気のところへ

「おまちどうさまです。“小エビの踊り食い”です」

と言って大きなボールを置いていった。よく見るとボールの中に小エビが泳いでいる。

「えっ、これ食べるの。どうやって」

つい、声が出た優は、彼女の顔と友達の顔を見ると

「一匹ずつ手にとって、食べるんです」

“えーっ、手に取って。て言ったって泳いでいるじゃないか。どうすれば取れるんだ”

優は混乱の中で見ていると彼女の友達は、優が、気がつかなかったボールの側にある金属製の少し底のある網を手に持って、器用に小エビをすくうと自分の取り皿に置いた。動いている。

「後は、このまま食べるだけ」

と言って、まだ動いている小エビの胴体と頭をはずすと専用のソースで食べた。

優はそれを見ながら“結構おいしそう”と思いながら、同じよう食べようとすると、彼女は笑顔を絶やさないようにしながら小エビには手を出さない。

「天宮さんは」

「後で食べます」

と言って、箸を結局つけなかった。


分かれる時、彼女の友達が“にこっ”と笑って、

「カリン、良かったね。いい人みたい。では、葉月さんさようなら」

くるっと向きを変えてタクシー乗り場に向う彼女の友達に、優はなんとも言えない感情を抱きながら、回りの女性と完全に一線を画している彼女の友達を見送った。

「天宮さん、今日は駅まで送ります」

驚いた顔をする彼女に

「いけませんか」

と聞く何も言わずに首を左右に少し振った後、“コクン”と頷いた。


優は自分の家がある隣駅で乗り継ぐと彼女の家のある駅に行く電車のホームに行った。彼女は何も話さない。少し心配の心が揺らぎながら優は、窓の外を見続ける無言の彼女見た。やがて隣駅に着いた。駅までと言う約束だったが、駅を降りると

「どっち」

と優は聞いた。

彼女は、左を指差して何も言わず歩き始めたので優もいっしょになって歩くと五〇メートル程行ったところで

「もうここでいいです。家は直ぐ近くなので」

彼女の言葉に“もう少し”と思いながら彼女の瞳を見つめると彼女も見返してきた。

 優は、右と左を向くと誰もいない。もう一度彼女の瞳を見ると、優の瞳を見返してきた。何も思わないまま優は彼女の顔に自分の顔を近づけると彼女は目を閉じた。

ゆっくりと彼女の顔を見つめながら、顔以外は動かさずに彼女の唇に自分の唇を触れさせると、とてもやわらかい感触が優の唇に感じた。

優はゆっくりと彼女を抱きしめると、彼女は体をゆだねるように優の体に自分の体を授けた。

ゆっくりと時間が流れた。ほんの一瞬かもしれない長い時間が過ぎていった。彼女の甘い香が漂い、肌に気持ちのいい風が触っている。

彼女の大きな胸が優の胸を突きながら一所懸命優の唇に吸い付くように接している。やがて、彼女はゆっくりと唇を離すと

「今日は、ありがとうございます」

瞳にほんの少し涙を浮かべながらとても心配そうな顔をして優の瞳を見つめた。優はその顔を見るともう一度、彼女の唇に自分の唇を付け、そっと離すと

「明日も会いたい」

潤んだ瞳で優の瞳を見ながら

「うん」

と言って彼女は頷いた。

「明日は車で迎えに来る。道分からないけど近くになったら携帯に電話する」

そう言ってもう一度、彼女の顔を見るとうれしそうな顔をして優の唇に自分の唇を“チョコン”とつけた。

“ここまででいい”という彼女の気持ちを思って、彼女の後姿を見送った。彼女は更に五〇メートルくらい行くと、優の方を見て“ペコっ”とお辞儀をして家の中に入っていった。

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