第3話 出会い (3)


「えーっ、お豆腐??何それ。最初は分かるけど、二回目もそれ。ねえ、カリン。大丈夫」

かおるの言葉にカリンも少し不安になりながら

「うーん。分からない。でもなんとなく大丈夫」

「なんで?」

「たぶん」

 かおるはカリンが、あの日以来連絡がないことを心配してカリンに連絡してきたのだった。

 渋谷の“アンデルセン”で“フローズン・スカッシュ“を飲みながら、自分の心の中で何かが足りない事を感じていた。

別に彼が悪いわけではない。でも何か違う。なんなのか分からない気持ちが心の中で小さな芽を出していた。

「カリン、 今度の土曜日に夕食一緒に 食べようか。彼と一緒に」

「えーっ」

 カリンは今度の土曜日、彼と約束をしていた。ただそれは、朝と昼だけという感じでいた。それだけに夕食もというのは、カリンにとっては大変なことなのである。

「お母さんのことを心配しているの」

「うん」

「わかった。じゃあ私が カリンのお母さんに夕食一緒に食べると連絡入れてあげる」

それを聞いたカリンは、

「だめ、それ絶対だめー。そんなことしたらますます疑われる」

大きく首を振って、かおるの言ったことを否定すると

「分かった。自分で言う」

と言った。今度は、かおるの方が不思議な顔をした。

「どうしたの、かおる」

「どうしたのって、カリン。“ますます”ってどういう事。それに彼とは、土曜日会えるの」

「じつは、・・・」


「えーっ、もうデートの約束してあったの。じゃあ、もしかして今のアイデアってオジャマムシ」

「そんなことない。ただ彼とは、夕方に別れる予定だったから、ちょっと」

「えーっ、せっかくの土曜日にデートして夕方で“サヨナラ”するくらいの彼だったらそれこそ、疑った方がいいわよ」

 かおるの言葉 に少し怒る振りをしたカリンに

「当たり前でしょ。土曜日の夕方までデートをしていた男と女が、夕食も一緒にしないで別れたら、別にもう一人いると思った方が自然」

カリンは、“自分で夕方まで”と言ったことを思い出しながら

「そうかなあ」

 彼が残念そうな顔をしていたことは、かおるの言葉を借りれば大丈夫ということだ。

 会社の帰りに渋谷で会った二人は、少ししてお互いに家路についた。

渋谷から田園ラインに乗って彼の家がある駅で乗り換える時、何となく心がなごんだ。

「花梨遅かったじゃない。仕事」

「ううん、かおると会っていたの」

「ご飯は」

「かおると食べた」

あまり食欲がわかない。階段を上がる前にカリンは、

「お母さん、今度の土曜日の夕飯、かおると食べる約束したの。いい」

「良いわよ。珍しいね。花梨が、かおると夕飯食べるなんて。どこで会うの」

「そんなことないよ。夕飯じゃないけど、かおるとはずいぶん一緒にご飯食べたよ。あっ、会うのは自由ヶ丘」

「わかったわ。楽しんできなさい。何時に帰ってくの」

親だから仕方ない質問に

「そんなに遅くならない予定」

少しだけ心が痛んだが、嘘はついていないと自分に言い聞かせた。


 次の土曜日の朝、彼の家がある駅のホームで待ち合わせをした。朝ホームに着くと、彼は立ったままで本を読んでいた。カリンは、彼を見つけるとあえてゆっくり歩いた。彼に気付いて欲しかったから。

 本から目を離し、二つあるホームの向こうに縦二メートル、横五メートルはある大きなボードの上に張られている女の子、と言っても一二才になる女の子を題材にした化粧品のメーカーのポスターに目をやるとそのまま右に視線を流した。 

“ふっ”と少し目を細くした後、大きな笑顔で微笑んだ。カリンは、気が付いてくれた事、先に待っていてくれた事がとてもうれしかった。自分でも一〇分前に着いたのだから。

先頭車両から二両目の四番目のドアのところに待っていた彼は、

「おはよう」

と言うとカリンも

「おはよう」

と言って返した。


二人で取り留めない会話をしているうちに電車がホームに入って来た。彼が、カリンの顔を見つめると二人で一緒に乗った。隣駅に着くと先に彼が降りた。

 ホームからから階段を降りると彼が

「こっち」

と言って女神像のある方ではなく、階段を左にUターンする形で裏通りの改札に向かった。

“どこに行くのかな”と思いながら付いて行くと道路の真ん中に分離帯があり左右が別れた様になっていて、その真ん中の分離帯には“白い長いす”がところどころ置いてある。

 カリンもこの場所をある程度知っているが、あまり来たことはない。左右の道幅はそんなに広くないが、行く先のお店の道路の反対側にある大きな桜の木が印象的だ。

 彼が更に歩くと駅の改札から五〇メートル程の所の左側に、小さな鈴が付いた白塗りの壁の小さなお店が有った。“トマトの花”とドアのプレートに書いてある。


 彼がドアを開けて中に入ったのでカリンも付いて行くように中に入った。既に二、三組のカップルがいる。若い人ばかりでない。カリンは、ドアの内側に入ると目を見張った。

大きな白い楕円形のテーブルの真ん中に大きな透明の花瓶に入った花が置いてある。そしてその回りに絵本やたぶん小学生向けであろう宇宙や太陽系を写真や絵で説明した本が置いてある。

 “へーっ、素敵。こんなお店が有ったんだ”カリンは、そう思いながら左を見るとキッチンカウンターの前に“ちょっとおばさん”がいた。“どこにでもお座り下さい”という顔をしている。

 彼はカリンの顔を見ると、その大きな白い楕円のテーブルのちょうど長い部分に二つの椅子が空いているのを見つけて、もう一度カリンの顔を見てそこに行った。カリンも彼に付いてそこに座ると

「いらっしゃいませ」

と言って“ちょっとおばさん”、カリンから見ればだが、“お絞りと水”を持って二人の側にやって来た。

メニューも一緒において“にこっ”と笑ってキッチンカウンターに戻ると、彼はメニューをカリンと彼の間において開いた。


「何にする」

メニューを開くと色々なパンケーキのセットが載っている。どれもドリンクとサラダがついていた。

カリンは、色々あるパンケーキのオプションを見ながら、“どれも美味しそうだな”と思いながら見ていると横から顔を近づけるように

「うーん、みんなボリュームがあるな」

と彼は少し驚いた感じで言って、メニューから目を離さないでいるカリンに“どうする”という視線を送ってきた。

カリンは、一瞬”ドキッ”として、彼の視線を感じながら

「これにする。それとコーヒー」

「じゃあ、僕は、これとコーヒー」

彼は、二人のオーダーが決まるとそんなに広くもないお店のキッチンカウンターで立っている“ちょっとおばさん“に声を掛けた。


「何になさいます」

優しく包まれるような声に彼は

「彼女はこれとコーヒー。僕はこれとコーヒー」

と言って“ちょっとおばさん”に言うと

「はい」

と言ってメニューを持ってキッチンカウンターに戻った。

「素敵ね。このお店」

「うん、僕も知らなかったのだけど、車で通った時、“あっいいな”と思って天宮さんを今日誘ったんだ」

カリンは心の中が、とても心が暖かかった。

「焼き鳥やお豆腐だっていいじゃない。こんな素敵なお店に朝食を誘ってくれるんだから」

自分で昨日までの勝手な心の葛藤を棚に上げ、彼の横顔を見た。薄いブルーの半そでポロシャツにクリーム色のコットンパンツ。すっきりとした印象の装いをしている。

自分の前にあるグラスに入った水に口をつけると、ほんの少しレモンの味がした。口のなかに含みゆっくりと喉元に通すと爽やかな感じがする。

彼もグラスの水をゆっくり飲むとカリンの方を見た。

「綺麗な生け花だね」

テーブルの真ん中に置いてある大きな花瓶に生けてある花を見ながら言うと

カリンも頷いて

「そうですね」

と言って目の前にある花を見た。


やがて二人が注文したパンケーキとコーヒーを持って“ちょっとおばさん”が 二人のそばに来た。

“思ったより量がある。まあなんとかなるか”と思いながらフォークとナイフをとると、彼は

「結構、多いですね。まあゆっくり食べましょう」

彼がオーダーしたのは、プレーンのパンケーキにハムとサニーサイドエッグがのったセット。

カリンがオーダーしたのは、やはりプレーンのパンケーキにバターがのっているシンプルなセットだ。

彼はパンケーキには手を付けず、サニーサイドエッグの側にあるサラダにいきなりフォークを突き刺して食べ始めた。

横目でそれを見ながら“お腹すいているのかな”と思ってカリンは、ナイフでパンケーキを切りながら見ていると顔を上げて“うんまあいいか”と思いながら小分けにしたパンケーキを口に運んだ。


彼は、サラダを半分ほど食べたところでフォークを置いて、水の入ったグラスを手に取り、少し飲むと今度はコーヒーを手にした。

少し口元まで持ってきて少し止めた後、唇をカップの縁に付け熱くないか用心深く口にコーヒーを入れた。

「結構おいしいね。ここのコーヒー」

と言ってカリン横顔を見るとフォークとナイフを手に持った。フォークで食べる側のパンケーキを押さえつけナイフで切りながら

「天宮さん、休みの日は普段何しているんですか」

食べていると思ったら、今度は急な質問に“そう言えば、会ったのは二回。ウィークデイに会っているので、休日の話はしたことがなかったな”と思うと

「普通に起きて、色々しています」

全く答えにならない答えを言いながら彼を見ると

「色々って」

“追求されているどうしよう”と思いつつ

「うーん。色々」

「そうか、色々か」

「葉月さんは、何しているんですか」

「結構、寝だめしている」

「寝だめ」

あまり聞かない単語にカリンは、聞き直すと

「うん、今の会社に入る前、結構徹夜とか多かったんだけど、今の会社に移ってから定時で会社を出るようになって体のリズムがちょっとずれているので、その調整かな。前の会社は、一月二〇〇時間の残業を普通にしていた時期もあり、それが当たり前と思って同僚と一緒に仕事していたから」

「えーっ、二〇〇時間ですか」

「うん、土曜日曜無し、三日徹夜して四時間寝るって感じかな。夜中の二時まで仕事して、その後同僚とお酒のみに行って、五時くらいに家に帰って、九時には会社に出ていた。そんな感じ。だから今の会社は、あまりにもギャップがある。大体、陽があるうちに会社出るなんて信じられない」

カリンは、彼の言葉を聞きながら“すごいなあ”と思いながら彼の目を見ていた。


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