第2話 出会い (2)


結局、カリンは月曜日に会ってから金曜日の今日まで彼と話すことが出来なかった。

土曜日はカリンの学生時代の友人“かおる”と会うことが出来、気を紛らわす事が出来た。

かおるは不思議な子で、親は社会でも歴史ある有名な財閥系の頂点に立ち、超一流と言われる会社の会長だ。かおるの為に目黒にあるマンション最上階ワンフロアを全て買い、専用のエレベータまで作り、かおるが生まれた時から世話をしているお手伝いを一緒に住まわせている。 

かおるはその会長のお嬢様で本来ならばそれ相応の彼がいても不思議はない。ところが当の本人は、まったく“うだつ”の上がらないカリンから見ても“なんで”と思うような男を恋人にしている。世の中分からないものだ。

かおるとは、中学、高校と一緒で大学は別だったが、その後も付き合っている。


「かおる、久しぶり」

「久しぶり、カリンから声を掛けるなんて珍しいじゃない」

見た目にも華やかなワンピース、首にはピアジェのネックレスを付け、縁の広い帽子をかぶって白いハイヒールの靴を履いている。表参道に続く地下鉄入り口で、出会ったかおるは、モデルそのものだ。事実、女性ファッション誌に町を歩いている時、声を掛けられ、写真がそのファッション誌に載ったという。それも前の方の一ページだというから驚きだ。

そんなかおるが、カリンと一緒に表参道を青山通りから左側、ちょうど交差点の角にあるガラス張りのビルの横を歩いていくと、すれ違いの男性たちが、

「なあ、見た。めっちゃ可愛い」

「うん、レベル高い」

「いいな、俺もあんな彼女居たらなあ」

など好きなことを言いながらすれ違っていく。

カリンのレベルも相当に高いほうだ。さわやかな薄ピンクのブラウスを基調に春の風が吹き抜ける様な色合いをコーディネートした洋服だ。やはり白色のヒールが低い靴を履いている。

二人とも身長は高くないが、そんな二人が歩いていると華やかな表参道が余計華やかになる。少し行ったところで横断歩道を渡り、少し駅よりに行ったところにあるオープンカフェでお茶を取る事にした。


「さわやかな季節になったね」

「うん、熱くも無く、寒くもない季節だね」

よく晴れた空が広がり、さわやかな風がやわらかく流れる日であった。

通りには、若いカップルや時折地元の男衆が歩いていく。車道には“自動車進入禁止“のガードが張られ排気ガスの匂いもない。

「カリン、どうしたの」

「うーん」

下を向きながらストローに口をつけている。グラスの下からは、さわやかな泡が浮いてきている。

「“うーん”じゃ、わからないでしょう」

「ちょっと、何て言っていいか」

「あーっ、好きな人出来たんでしょう。めずらしい、カリンが人を好きになるなんて。厳しいお母様の元で育てられたお嬢様ですからね」

事実、カリンの母親は、“自律した女性”とさせる為に“人に依存する”ということをさせないよう厳しくしつけられている。

 反対にかおるは、まったく自由奔放いわゆる“ほったらかし”状態だ。親はかおるが、何をしようがまったく干渉しない。

キッチンやリビングとは別に、自分の部屋は、二〇畳のワンフロアに八つのクローゼットとドレッサー。かおるが三人は横になれる大型のベッドが置いてある部屋を持つ自由奔放なお嬢様だ。

但し、彼と呼べるのは“ぐうたらのうだつの上がらない”男だ。訳のわからない世の中である。


「そうじゃないの。なんて言うか。ちょっと引っかかっていて、一度先週の月曜日、夕食を一緒にして、その人と会えなくなってから、何かこう心の中に風が流れるような、何というか」

もう少しで、その可愛い唇から声を上げて笑い出しそうになるのをこらえながらかおるは、

「そう言えば、カリン、中高はしつけの厳しい女子高だし、大学では研究一筋だったものね。まったくその道は、“未知の世界”か。よしっ、私が一度会ってあげる」

「えっ」

と声を出すカリンに

「大丈夫、カリンと私と私の彼で、自由が丘で会わない。今度の土曜日にでも。うまくカリンが誘い出して」

「土曜日」

眉をひそめるカリンに

「どうして、あっそうか。まだカリンが声を掛ける雰囲気まで行っていないんだ」

“コクン”と頭を下げて頷くカリンを見て、少し考え込んだかおるは、

「しょうがないな。じゃあこうしよう。私と彼はどうにでも都合付くから、カリンは約束が取れた時、連絡して」

と言ってかおるは自分のスマホを指差した。

実際、かおるは立場柄、父親の一声で関連会社の社長室付きになっている。いわゆる腰掛だ。本人も、本来自分が望んでいる事をやれないので適当にしている。そしてかおるの彼は、プータローと言うわけでいつでも時間は自由になる。

そんな“カリン思い”のかおると別れて四日目、ちょうど水曜日、受付を通り外へ出ようとした時、エレベータから出てきた彼と鉢合せした。


彼は“にこっ”として

「なかなか会えなかったですね。今度また行きませんか。お茶、いや夕食に、いやお酒」

「今度」

ちょっと困った顔でいると、いきなり

「じゃあ、今日」

カリンの顔が輝いて

「良いですよ」

と言った。

「じゃあ、また六時、裏の交差点で」

そう言って彼は会社の中に入っていった。

 カリンは急に気持ちが軽くなったような気がした。今まで有った心の中の風の回廊が、この時だけは消えてしまっている。

 カリンは用事を済ませ、自分のデスクに戻ると“まだ五時半、後三〇分ある”なぜか、それだけで気重になりながら、かおるとの約束を思い出した。

“まっ、いいか”と思いつつ、“やっぱり連絡だけは入れておこう”と思いスマホを手にレクルームに行こうとすると、やはり彼と廊下で有った。

“にこっ”として通り過ぎる彼に、心が一瞬“キュッ”としながらレクルームへ行くと、うまい具合に誰も居なかった。手に持ったスマホにタッチして発進履歴からかおるを呼び出すと相手が出るのを待った。

「あっ、かおる・・・」

「ただ今、電話に出られません。御用の方は・・・」

そこまで聞くとカリンは通信終了にタッチした。

「まっ、掛けたからいいか」

何故か、かおるが出なかった事にうれしさを感じながら自分のデスクに戻った。

“後、一五分で六時”。デスクにオントップにしてある時計を見ながら帰り支度を始めたカリンに

「天宮さん、ちょっとこれ手伝って」

“えっ”と思いながら後ろを振り向くと“会社の主”の様な女性、カリンの上司、森永が立っていた。

「何か用事あるの」

ちょっと厳しい目で見ている上司に

「いえ、大丈夫です」

新入社員が断れるはずもなく結局二〇分遅れで、待ち合わせの場所に行く為にエレベータを降り、裏の通路から道路にでると薄暗くなっていた。

“待っているかな、怒っていたらどうしよう”そう思いながら

待ち合わせの交差点まで早足で歩くと暗がりにポツンと立っている彼がいた。

「ごめんなさい。待った」

少し怒った顔で

「うん」

と言うと

「すっぽかされたのかと思った」

と言った顔が急に笑顔になった。

「帰る直前に森永さんに手伝ってくれと言われて、今までになったの」

「森永さんか。仕方ないな。相手が悪い。小池さんだったらそんな事言わないのにな」

そう言いながら歩き始めると

「今日は、遅れたから天宮さんが場所を選んで」

心の中で“えっ”と思いながら

「解った」

と言うと“どうしよう、お店なんか知らないし、やっぱりかおるだったかな”そう思いながらいつの間にか無口になったカリンを横目で見た彼は、

「天宮さんはっきりしているね」

「えっ」

「顔に書いてある。“私お店なんか知らない”って」

「えっ」

と言いながら自分の右頬を手でさすった。

彼はますます笑顔になりながら

「じゃあ、これから会う時は、地域を僕が選ぶから場所は天宮さん指定でどう」

「うん」

と言いながら“これから会う時は・・それって友達になるってこと、いやお酒飲みに行くんだから恋人・・いやいや”だんだん頭の中が“ぼうっ”とし始めたカリンは、不思議そうにカリンの顔を覗き込む彼にちょっと顔が赤くなった。


ホームから駅の改札に続く階段を降りながら“どうしようかな”と思っていると彼は、

「何かいい匂いしているね」

と言って鼻をわざと“ひくっ“とさせた。

匂ってきたのは“焼き鳥”の匂いだった。この前はどちらかと言うと“肉系”だったので今日はどちらかと言うと“さっぱり系”を考えていたのだが、“まあいいか”と思いながら改札を出ると、何故か

「やっぱり、葉月さん決めて」

そう言って彼の顔を見た。軽く目元を緩ませる彼は、

「じゃあ、今日は“お豆腐“のお店に行こう」

「お豆腐」

ピンとこないカリンに

「お豆腐と言っても色々な料理があるんだ。もちろん“冷ややっこ”もあるし」

楽しそうに話す彼にカリンは、

「楽しみ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る