第26話 <入学試験まで待機!>

 遂にこの日がやってきてしまった……! 今日はいよいよ国立学校の入学試験の日!

 私とイリヤの二人で学校の門の前に立っている。先生らしき人が慌ただしく駆け回り、試験を受ける子どもたちが談笑に華を咲かせていた。

 受付の先生に試験案内を見せて部屋に通してもらう。さてさて、私たちはまず実技試験から始めるんだね。辺境伯、公爵、大公、皇族は午前中に実技試験を終わらせて午後から筆記試験をやるらしい。ちなみに、使用人枠で試験を受けるイリヤみたいな人は例外で、仕える主人と一緒の時間に受けるらしい。

 試験開始まで待機する部屋に入る。室内には先客がいた。

 桃色の髪をロール状に整え、優雅に紅茶を楽しんでいる少女。

 所作の一つ一つが洗練されていて美しく、彼女は私たちに気がついて席を立った。


「あら、ごきげんようリリさん。イリヤさん。お久しぶりですね」

「そうね。元気にしていた?」

「ちょっとリリ……?」

「構いませんよ。どうせここにはそんなこと気にする者なんていませんし、リリさんに様付けなんてされるとこう……どこか気持ち悪いですから」

「なんか失礼なこと言われた気がするけど……まぁいいや」


 ふふっと笑う少女は、エルサ=ギャスティック大公殿下。ギャスティック大公家のご令嬢で、セレイナを含める四人の仲良し組なの。

 皇女殿下と大公殿下のようなすごい人と私が仲良しのお友だちなんて驚くよね。実際、どうして私も仲良くしてもらっているのか分からなくなるときがあるし。

 確か、変に気を遣わずに話せる友人がほしかったとかで仲良くなった記憶がある。私としても楽しくお話出来るからいいんだけどね。

 イリヤも交えて三人でお話しする。

 しばらくすると、メイドさん二人と執事さん一人を連れた貴族の少年が入ってくる。胸に付いたあの家紋は……公爵家のお坊ちゃまだ。無視は無礼だから敬うように頭を下げとこ。

 そう思ってエルサとの会話を切り上げ、頭を下げようとする。でも、その前に止められてしまった。


「やめてくれ。僕たちはこれから同じ学び舎で学ぶ友人だ。上も下もなく平等にいきたい。……エルサさんもそれでいいかな?」

「あら。わたくしは構いませんよ。お好きにお呼びくださいな」

「ありがとう。……そして、君たちはリリさんとイリヤさんだね。二人は有名だから僕も知っているよ」

「え……どんな風に有名に……?」

「おおよそ貴族らしからぬ行動でペルスティア辺境伯を悩ませるお転婆令嬢だってね。思わず笑ってしまったよ」

「確かに、合っている……!」

「ちょっとイリヤ!」

「ははっ。でも、君はすごく民に愛されていると聞く。僕もどうすれば領民と仲良く交流できるのか聞きたいものだ」


 そう言って、彼は手を差し出してきた。


「少し早いが……いや、遅いな。とにかく自己紹介を。ケイン=ヴィコレッタだ。よろしく」

「リリ=ペルスティアです。仲良くしてくださいね」


 ケインと握手を交わす。ヴィコレッタ公爵家の嫡子はすごく話が合いそうだ。妙なやつじゃなくて安心したよ。

 その後、椅子に座って軽く午後からの筆記試験で出そうな問題を復習する。そうしていると、先生らしき人が一人の少年を連れて部屋に入ってきた。


「はい聞いて。この子は皇帝陛下の指示で君たちと一緒の時間に試験を受けることになった。君たちだから大丈夫だと思うが、この子が平民だからといって差別しないように。そして、ユウゴくんも勇者だからといって威張らないようにね」

「へーいへい」


 ……勇者?

 つまり、この人も私と同じ日本からの転生者ってことね。これで二人目だ。

 先生が去っていく。すると、ユウゴは態度を急変させて椅子に腰掛けると、机の上に両足を置いた。


「んで? どいつが偉い貴族様だ? さすがに辺境伯から上は手を出しちゃマズいことくらい分かるからな」

「その言い方、まるで使用人であれば手を出しても問題ないように聞こえますわね」


 うわっ、エルサの声が冷たい。これはかなり機嫌を悪くしているわね。でも、それは私も似たようなものだけど。

 でも、ユウゴはそんなエルサなどお構いなしとばかりに不敵に笑った。


「事実そうだろう? 俺は女神様に選ばれた勇者だぜ? 面倒ってだけで、やろうと思えば皇帝も黙らせててめぇら貴族の女を全員孕ませてやってもいいんだぞ? 女神様の加護のおかげで力と体力は強いんだ」

「お前……勇者だからといって言っていいことと悪いことは考えろ」

「最低。勇者の品位を疑うわね」

「うるせぇよ。力のないカスが戯れ言ぬかしてんじゃねぇ」


 私たちとユウゴの間で一触即発の空気が流れる。こいつ、本能的に無理な人間だ。

 ユウゴが机を蹴って立ち上がる。その音にケインが連れてきた三人がビクリと体を震わせる。

 ほんと、男ってどうしてこんな単細胞なんだろう? いや、それだと前に会ったユウヤに失礼か。彼は紳士的だった。

 多分、ユウゴは自分だけが選ばれた、みたいな優越感に浸っているのね。勇者は全部で四人いるというのに。

 しばらくにらみ合っているけど、ユウゴが笑って椅子に座った。


「まぁ、言ったとおり手を出す相手は選ぶさ。家紋の勉強くらいはしてるからな。とりあえず四人……いや、お前は名誉騎士の家か。なら三人には手を出さないぜ」


 そう、獣のような目でイリヤを見ながら笑う。

 もしイリヤに手を出そうものなら覚悟することね。退学覚悟でボコボコにしてやるから。隠しているだけで、私だって勇者だし勝負にはなるわよ!

 その後はお互いに何も話すことなく、牽制するような無言の時間が流れる。

 それは、試験開始時間ギリギリにやってきたセレイナが部屋の様子を見て首を傾げるまで続いた。

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