其の三 忘却治療
あの日から…拓也に別れを告げてから1週間、あたしは仕事に身が入らなかった。
休みの日も何もする気が起きず、食欲もなく、眠れない日々が続いた。
週初めの月曜日、あたしは仕事を病欠し、ボーッとする頭で、ふらつく足で向かった先は、忘却治療の行える脳神経外科病院だった。
診察室に通されると、まず医師とのカウンセリングから始まった。
あたしは医師からの数多な質問の全てを正直に答え、最後の「忘却治療を受けますか?」の設問に「はい」と躊躇なく返答し、承諾書にサインをした。
医師と共に処置室に移動したあたしは、固く冷えた長方形の台の上で仰向けになるよう、看護師であろう女性に促される。
その次に、額にチクチクするシールを4箇所貼付された。
脳波を測る機械だと、看護師が説明をする。
「そのままでいてください」
そう言い残し、医師と看護師は操作室らしき個室に入って行った。
医療ドラマでよく見る、CTスキャンを撮影するようなトンネルの中に、あたしが横たわる台が、ゆっくりと吸い込まれていく。
『深呼吸してリラックスしてくださいねー』
先ほどの医師の声が、トンネル内のスピーカーから優しく聞こえてくる。
あたしは言われた通りにする。
全身が、暗いトンネル内に収まると、機械の作動音が反響し始めた。
『はい、ではその拓也さんという男性の方を思い出してください』
目を瞑り、拓也との楽しかった日々を思い出す。
『はい、良い感じに脳波が乱れてきましたよー』
医師の声が、心なしか楽しそうだ。
『もっと思い出してみましょー。……良いですねー、もっといけますかー?』
拓也のことで頭が一杯になった時、あたしはトンネルの中で大泣きしてしまった。
『手で顔を覆わないでくださーい、そろそろその記憶の場所に照射しますのでねー』
拓也、今までありがとう。
『はい、じゃあ照射しまーす』
楽しかったよ。
大好きだよ。
バイバイ……
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