番外編 この年の終わりに願いを込めて!

閑話 戦場のプレゼント大作戦です!(前編)

 最優の兵士を育成する方法を、エイダ・エーデルワイスは知っている。

 生粋きっすいの武人であり護国ごこくかなめたる父、ゼンダー・ロア・ページェントが、まさに練兵を行ってきたその過程を目にしてきたからだ。


 戦地において、最も優秀な兵士。

 それは作戦のために命を惜しまず、仲間のために死に、一人でも多くの敵兵をほふるもの。

 これらを葛藤なく行える、黄金の精神を有する者たちだ。


 本来ならば日常を営み、生きるために用いられる魔術。

 それをなんのためらいもなく、悪意すら抱くことなく敵へと放ち、命を刈り取ることが出来るようになったとき。

 人々は彼らを、英雄と呼ぶ。


 汎人類軍の新兵訓練は、この英雄を作り出すためのノウハウが詰まっている。

 一種の洗脳にも似た教育をほどこされた兵士達は、今日も前線へと送り込まれ、魔族を殺し、敵性亜人を殺し、味方を守るために若い命を散らしていく。

 塹壕に設置された埋設式爆裂術式を感知すれば、自らがその上に覆い被さって味方を守り。

 敵を打ち倒すためならば、魔術吹き荒れる戦場で、我先にと軍旗を振り回しながら突撃する。

 英雄は今日も生まれる。

 己をすり切らし、命を賭け、そして失いながら。


「だからこそ、大事にしなければならないものもあります」

「尊厳、でしょうか?」

「はい!」


 胸板の厚い側近、ザルクの打てば響く答えに。

 エイダは真剣な表情で頷く。


「衛生兵は、兵の生をまもるものです。ならば、彼ら彼女らの人生と尊厳だって衛るべきなのです。ゆえに、今日まで準備を重ねてきました」

「……いよいよですな」

「各所と万全の連携を取りましょう。神さまが世界をお作りになった日は、目前なのですから」


 翼十字教会の聖典に寄れば。

 神はヒト種を作り、その足場としてこの世界を生み出しとされている。


 創世の日。

 宗教的にも文化的にも重要なこの日は、汎人類圏において特別な意味を持つ。


 例えば一年のこよみはこの日を基点に逆算して作られているし、創世の日――すなわち新年を迎えると、教会では大々的な祈祷きとうが行われ、毎年参拝客で賑わう。

 また、一年の終わりには、お世話になった相手へ贈り物をするという民間風習もあった。


「少尉は、以前前線にいたのでしたね?」


 執務室で普段に倍する量の書類を処理しつつ。

 エイダは腹心であるザルクへと問い掛ける。

 筋骨隆々な彼は、発達した大胸筋を誇示しながら肯定。

 エイダは頷き、続ける。


「少尉から見て、汎人類軍の練兵プログラムはどう思われますか?」

「争いを知らないものを戦場に送り出す以上、不可欠の工程かと」


 端的な彼の言葉には、そうでもしないと戦争という極限環境で人間は生き抜けないという実感が込められていた。

 これもエイダは首肯。

 戦場には狂気がある。

 衛生課がどれほど尽力しても拭えない、闘争と残酷が。


「では少尉、軍はこれを徹底していますか?」

「……小官には仰ることがいまいち」

「人間性の剥奪を、絶対ののりとしているか、と言うことです」


 戸惑ったような顔をした後、ザルクは「ああ!」と明るい声をあげた。


「いいえ、閣下。軍の規則にそのようなものはありません」

「そうです。軍部は兵士に人間であることを望みます。血の通った人間でなければ、国をあずけることなど出来ません」


 これを信頼と取るか、不安症と取るかは評価が分かれるところだろうとエイダは考える。

 しかしいま重要なのは、この人間性の担保がどのようにして行われているかだ。


「そのための〝行事〟です」


 汎人類軍は、催しイベントを尊ぶ。

 戦場では少ない食事のレパートリーから、特定の曜日に香辛料の利いた携行食が配られる。

 時間の感覚を忘れないためにだ。


 古の英雄の記念日には酒保が気を利かせるし、戦いには役に立たない花々の飾り付けが駐屯地で行われることもある。

 小さな宴会。宴会と言わずとも配られるささやかな嗜好品しこうひん

 塹壕の中で泥と血にまみれる兵士達にも、僅かばかりの恩恵が与えられるのが慣例となっている。

 聖職者が現地へおもむ祝祷しゅくとうがなされることもあった。

 これは亜人も例外ではなく、士気向上に一躍買っている。


 英雄は必要だ。

 敵を打ち倒し、味方を守る兵士は欲しい。

 だが、これを突き詰めていった先にあるのは、一切思考しない無機質な殺し屋である。


 そんなものを手元に大勢抱えることなど、どれほど偉大な為政者にも出来ない。

 臣民もまた、これを許容しない。

 おそろしいからだと、エイダは考える。

 恐ろしいものは、やがて敵になる。

 人類同士が争う地獄の時代がまたやってくるかもしれない。

 それは悲劇だ。

 だからこそ、悲劇を回避するために、人類が人類であるために、軍は兵士にレクリエーションの時間を提供する。


 一瞬後には、戦闘で何もかもが失われるとしても。

 ゆえにこそである。


 とくに、この新しい年を迎えるための準備は、軍の中で比較的優先して認可されていた。

 翼十字教会や古い因習が絡んでおり、蔑ろにすることは大きく士気を下げかねないからである。


「とはいえ、戦場の激化に伴って形骸化けいがいかしている節も拭えませんでした」

「それで閣下が動かれたと?」


 副官の問い掛けにエイダは頭を振る。


「提案したのは私ですが、実際に動いてくださったのはルーシー・ユーリズム卿を筆頭とした退役軍人会です」

「ああ、なるほど……」


 納得するザルク。当然だろうとエイダも思う。

 なにせ戦地でのことと、戦地から帰ってきた人間のことを、誰よりも理解しているのは退役軍人会なのだから。


 定期的な人間性を目覚めさせる行事や催し、緊張の緩和。

 これらがなければ、人類の精神は戦場の中で破綻する。

 エイダとユーリズムの間でも、それらは共通の認識であった。


「退役軍人会、人事課、兵站課、衛生課。これらが合同で意見を具申し、ようやく今回の運びとなりました。はい、なんとか、なんとかここまで漕ぎ着けたのです」


 最後の書類をかたづけて。

 エイダは椅子から立ち上がる。

 瞳に意志の焔を燃やしながら、彼女は高らかに宣言した。


「ゆえにこれより――〝戦場のプレゼント大作戦〟を決行します……!」


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