閑話 災害派遣です!

「陣頭指揮を執ります」


 惨状を遠視とおみの魔術で目視して、エイダは即座に告げた。

 災害に遭った領地は、山岳地帯に面している。

 豪雨の影響から山肌は大きく崩れ、各所では鉄砲水すら起きていた。

 これらに飲み込まれた集落もあり、自体は急を要するのは明白。


「領主様の私兵は?」

「それが……」


 彼女の問い掛けに、現場の責任者は弱り切った態度を見せる。


「至る所がこの様子で、派遣には時間がかかると……」

「軍本部はどうですか」

「そちらは、現地で対応するようにと……血も涙もない言葉ですが……」


 エイダが数秒、目を閉じる。

 白い頭の中でめまぐるしい演算が開始され、答えをはじき出す。


「近隣の冒険者ギルドへ早馬を出してください。災害救助の手勢が欲しいと」

「しかし、予算が」

「私が上と掛け合います」


 そこまで断言されれば、もはや責任者も迷わなかった。

 即応し、この場を去る。


「アンタ、あの濁流に飛び込んでいくつもりじゃないでしょうね?」


 凄まじい形相のエイダを見て、ハーフエルフの従兵がそんな言葉をかけた。

 白き乙女は、ゆっくりとかぶりを振る。


「一番恐ろしいのは二次災害です。いま災害の只中へおもむけば、より多くの命を危険にさらし、助けられるものも助けられなくなるでしょう。ここは、万全に準備を整えるべきなのです」

「……エイダ」


 パルメが、そっと上官の手を握る。

 ブルブルと震え、今にも爪が皮膚を突き破りそうになっている小さな拳を。

 冷静な言葉を吐き出しながら、エイダの内心は決して穏やかではなかったのだ。


「私は、命を預かっているのです。いつまでも愚直ではいられないのです」


 稲光が走り、轟々と風が吹き付ける。

 設営が完了した天幕へとエイダは戻ると、すぐに対策の立案をはじめた。


「天候が小康状態に入り次第、土砂の除去。そして探知魔術による要救助者の捜索を開始します。川下にも人手を回してください、生存者を見つけるのです。毛布、スコップ、食料、医療物資は無際限の使用を許可します。それから――」


 エイダの指示が終わり数時間後。

 ようやくにして雨雲は切れ間をみせる。

 即座に人員が投入され、救助活動が開始された。


 この一件は、人類史に残る災害として後の歴史に刻まれる。

 各地で起きた大災害は、確実に人類を消耗させ、人々から居場所を奪った。

 これを〝神の怒り〟だと捉えるものもいたが、教会は否定。

 ただしその復興援助に、惜しみない投資を行った。


 衛生課にも上層部から下令があり、正式に人員派遣がなされ多くの命を繋ぐこととなる。

 だが、失われた命も、また多い。


「――――」


 収容する施設が足らず、地べたに並べられた無数の遺体を前にして。

 白き乙女は立ち尽くしていた。

 純白の身体は、戦地にいるとき以上に土にまみれ、彼女がこの数日間どれほど尽力してきたかが窺える。

 勇者と呼ばれるほどの冒険者、それに匹敵する底なしの体力を持つエイダが、間違いなくこの瞬間、疲弊ひへい困憊こんぱいに打ちのめされていたのだ。


 それでも、彼女はすぐに動き出す。

 より多くの命を守るため。

 ひとりでも犠牲者を少なくするために。


 ただ、彼女がどれほど願おうとも、日に日に遺体は増えていく。

 戦場と同じように。

 どこの誰だか判別がつかないほど損壊した死者の山が。


「あれは、なんですか」


 かすれた声で、エイダが現場の者へと訊ねた。

 死者達の上には、それぞれ『×』と書かれた小さな木切れが置かれていたからだ。


「はっ、身元不明を意味する札です」

「――――」


 ぐらりとかしぐエイダの身体。

 果たしてそれを支えたのは、ハーフエルの少女だった。


「気張りすぎ。これでも飲んで、ちょっと休みなさいよ、バカ」


 差し出されたのは、マグカップ。

 受け取り、お茶のぬくもりを両手で抱いて、ゆっくりと上がる湯気を見つめ。

 エイダは、両目をきつく閉じ、唇を噛んだ。


「――――ッ」


 誰も何も言わなかった。

 パルメですら言葉をかけられなかった。


 エイダ・エーデルワイスが、初めて人前で。

 涙を流すこともなく、言葉を発することもなく。

 しかし間違いなく、このとき哀切の叫びを上げたのだから。

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