第七話 隣人としての在り方です!

 エイダと退役軍人会の関わりはこれに止まらなかった。

 レクリエーションを兼ねた模擬戦では、魔術が飛び交うなか先頭に立ち、旗手を勤め上げ。

 ダンスパーティーに招かれれば、老人達に合わせ二昔前に流行したステップを踏んでみせる。


 いつしか彼女は、老人達から認められつつあった。

 その一因として、必ず現場に随行した従兵、イアン・クレイトン伍長の存在は欠かせない。

 彼は片田舎の出身であり、礼儀作法などにはうとかったが、四苦八苦しながらも懸命に上司へ食らいつこうとする様が、エイダ以上に老兵達へと気に入られたのだ。


 もとより若者に世話を焼きたがる老人は多い。

 それが真摯でがむしゃら、反応が愉快となれば、当然お節介の手は増える。


 飲めや歌えの宴会では、イアンの元へは食料が山と積み上げられ、老人達は自分の杯が受けられないのかとワインを休むことなく注いでいく。

 イアンは必死にこれを飲み干し、時に腹をパンパンに膨らませ、そして酔い潰れた。


 舞踏会の前日ともなれば、イアンの窮地はピークに達する。

 普段からして女性に間違われるような顔立ちは、とにかく様々な衣装に映えた。

 老人達が送り込んだ無数の仕立屋が彼の全身を採寸。ファッションショーのように衣服を取っかえ引っかえ、ひっきりなしに着替えさせられるのだ。


「うちの衣装が一番似合う」

「なにをいうか、こちらのほうが愛らしいだろうが」

「顔と鍛えられた肉体のギャップ、そこに美を見いだすのが筋だろう」

「孫よりかわいい」


 などと人形遊びをするが如く、イアンは玩具にされていた。

 だからこそエイダは、集中して退役軍人会の本質そのものと向き合うことが出来たのだ。


 ある舞踏会の最中。

 エイダはバルコニーで、手酌をしているユーリズムを見つける。


「ご一緒してもよろしいですか?」

「酒に付き合えるのなら、歓迎するとも」

「もちろんです」


 軽く杯を合わせて乾杯し、親子以上に年の離れた二人は語り合う。


「レディー・エーデルワイス。あなたはなぜ、わたしたちに関わろうと思ったんだい?」

「以前話したとおりです。無償の投資をお願いしたいのです」


 それは、戦場で錬磨された医療技術を一般家庭にまで送り届けようとするエイダの計画であった。

 ユーリズムは鼻を鳴らす。


「無謀だね。成功の算段が立っていない」

「確かに無謀です。しかし……やらねばならないことだと、皆さんと過ごして確信しました」

「はーん? それはなぜだい?」


 理由を問う老婆へと。

 白い娘は真っ直ぐに答える。


「狩猟の時、魔導馬がなければ移動すら適わない方がいました」

「…………」

「ダンスの席で、踊ることの出来ない方がいました」

「…………」

「マダム・ユーリズム。あなたのように、後遺症に苦しむ方もいます」


 エイダは見てきた。

 古い時代の英雄達を。

 応急手当などなかった時代に、激戦地で戦ったつわものたちを。


 指の欠けたる者がいる。

 眼を失った者も、四肢がない者もいる。

 聴覚が回復しなかった者、トラウマに怯える者とていた。


 少女は見てきたのだ、戦地で。

 この場でさえも。


「軍用義肢の話をしましたね」

「義手というのは、腕の代わりになるものだろう?」

「はい、精巧な魔導仕掛けで、人の手と遜色そんしょくない動きをするものです。もっともまだ開発途中で……ついでにいえばコストとパフォーマンスが見合わないものでもありますが……」

「お嬢ちゃんは、それが必要だって考えるのかい?」


 エイダは頷いた。

 そして、かぶりを振る。


「これだけでは、駄目なのです。私は、傷病の全てを根絶したいのです」


 たとえば、介護の問題。

 ユーリズム達は矍鑠かくしゃくとしているが、いつかは死ぬ。

 死ぬ前に痴呆状態へと陥るかも知れない。

 身体能力が落ちて、一人ではろくに食事を取ることも出来なくなるかも知れない。

 湯浴ゆあみをすることも、着替えすらままならない可能性だってある。

 彼女は訴える、それを仕方が無いことだと諦めたくは無いのだと。


「ですが、現状では不可能事でしょう。介助の重要性を感じる者も、その方法論を身につけた者もいません。必要な財源も、国の制度だって整備されていません」


 だとしてもと白き乙女は続ける。

 いないというのならば学ぶ場所を作ればいい。

 無いというなら生み出せばいい。

 それも無理だというのなら。


「ならばせめて、必要な方に、必要な医療を提供したいのです」


 応急手当や、消毒、殺菌と言った概念。

 回復術士の適切な運用。

 事故現場から後送までの時間を繋ぐダメージコントロール手術。

 あるいは、魔導義肢のような新技術の導入。


「これらを組み合わせれば、今より少しだけ、誰かの不幸を減らすことが出来ます。皆さんに自在に動く手足を、視野や耳を取り戻すことが出来るかも知れません。いいえ、それだけではないのです」


 燃える。

 燃える。

 赤い眼差しが、轟々とうねり、炎を宿す。


「絶対数の少ない回復術士に依存しない、自らが自らを助く医術の運用こそを、その設備の普及こそを私は望みます。戦いと関係のない人々でも、最速の医療を受けられる環境を作りたいのです。人々が、隣り合う誰かへ手当を施せる世界をこいねがうのです」


 だからと、彼女は告げる。

 老人を真っ直ぐに見詰めながら、訴える。


「力を、貸していただけませんか? あなたがたが守ったものを、この先も護り続けていくために」


 ルーシー・ユーリズムは即答しない。

 ただ、まじまじと少女を見詰め。

 どこか、遠い場所を見えない左目に写していた。


「……レディー。いや――エイダ・エーデルワイス高等親任官」

「はい」

「答えてみせなさい。あなたはいま、独力でここに立っているのかい?」


 強く放たれた問い掛け。

 されど少女は、きょとんと目を丸くして。


「いえ、クレイトン伍長と一緒です。それに、皆さんとも」


 あっけらかんと、そう答えた。


「――ふっ」


 老人が噴き出す。

 おかしくてたまらないといった様子で笑う。

 エイダの言葉は正しかった。

 イアン・クレイトン。

 かの青年無くして、戦場の天使がここまで簡単に退役軍人会で認められることはなかっただろう。


 白き乙女は自覚的だ。

 己の力の限界を。

 人が手を取り合うことの強さを。


「それが〝隣人〟であることなのさ」

「……?」

「帝王学は、人を押さえつけ従わせる学問。優しいお嬢ちゃんにはとても向いていないからねぇ。なんとか本来の在り方を自覚させてやってくれと、尻の青い防人に頼まれたのさ」

「……父から聞いていたのですね。いえ、当然のことでした」


 そう、当然のことだとユーリズムは認める。

 親は子を思い。

 子は隣人を慈しむ。

 人と人の繋がりの中に引力は存在し、その引力を翼十字教会の教えでは〝愛〟と呼ぶ。

 だから――


「あなたはとっくに身につけているんだよ、誰かとともに歩むために、最も必要なことを」

「私が、すでに……」

「そうさ。あとは実践すればいい。積み上げ、頂上に旗を掲げてやればいい」


 慈愛に燃える瞳。

 思いやる心に満ちた眼差し。

 人々の先頭に立つ、時代の旗手。


 そこに、ユーリズムはかつての勇士達を幻視する。

 理想に燃えるナイトバルトや、血気盛んであったゼンダー・ロア・ページェント。

 あるいはこの場にいる老兵たち。

 長い戦争の中で変容していくしかなかった全ての者たちの志を思う。


くつわを並べた戦友とものためだからこそ、わたしはどんな苦難も乗り越えられたよ。あの男がお嬢ちゃんに託したかったものも、きっとそういったものなんだろうさ」

「…………」

「戦場の天使、白き乙女」


 ユーリズムが、居住まいを正して告げる。

 そこには厳粛さと、何よりも若者へと希望を見いだす老婆の眼差しが同居していた。


「わたしらの半分も生きていない小娘。理想に燃え、世を改良し、世界を守りたいなどと大言壮語を吐く夢追い人」

「はい」

気に入ったよ・・・・・・

「――では!」


 老人が首肯する。

 あまりに健気な情熱に突き動かされる少女を見て。

 ユーリズムは、ほだされたように笑った。


「ああ、お嬢ちゃんの理念に、賛同してあげるとも。だが――」


 そこで彼女は、周囲を見渡す。

 遠くの席では、悲鳴を上げるイアンが老人達から可愛がられている。

 同時に、数名が今、席を立って消えたことを理解した。


 厳しい面持ちで、老婆は告げるのだ。


「エイダ・エーデルワイス、あなたを快く思わないものもいるでしょう。十分に注意しなさい」


 彼女の言葉は、的中する。

 この数ヵ月後、エイダは厳重注意を受けることとなるからだ。

 他ならない回復術士の総本山。


 ――翼十字教会によって。


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