第二話 携行食を朝食にします!

 衛生課長官ともなれば、食事さえ職務に含まれる。

 とはいえ、これはあんまりだろうとザルクは思った。


「亜人街ですら、もう少しマシな食事が出されるのでは……?」


 食卓に並ぶのは、とても将校が口にするとは思えない食料品の数々だ。


 二度焼きされ水分が完全に飛んだビスケット。

 豚の脂身の塩漬け。

 そして、釘でも打てそうな干し肉。


 素人が見ても解る保存食の類い。

 無骨と質素倹約を等分に混ぜ合わせたような食事。

 筋肉が、ちっとも喜ばない献立。


「少尉、これは戦闘中に食べる携行食ですよ。比較的安全な場所で煮炊きする、野戦給食と一緒にしてはいけません」

「しかし、いくらなんでも閣下のお口に入れるのははばかられましてな……」

「いただきます」


 言いよどんだ時点で、上司は食事をはじめていた。

 まずはビスケット。

 一口齧り付いた途端、可憐な口元から漏れ出るとは思えない破砕音が鳴り響き、ザルクは眉をひそめる。


如何いかがですかな」

「岩石の硬さの……岩石の味がしますね」

「それは、もはや岩石なのでは……」

「お湯かスープにつけて食べないと、個人差によっては歯が折れるかも知れません」

「欠陥品では? ちなみに脂身はどのように?」

「ビスケットに塗って食べます。おかゆやスープの味付けにも使われますね。味は、ほぼ油分と塩と獣の臭いです。懐かしいですね、冒険者仲間は、酒の肴にしていましたか」


 ここまで伝わってくる独特の臭みは、確かに酒精アルコールでもなければ押し流せないだろう。

 だからこそ、そのまま食べなければならない兵士たちには、同情することしかできない。


「干し肉は、比較的まともに見えますが」

「いえ、歯が根元から取れそうなほど堅いです。イラギ上等兵辺りは余裕でしょうが、クリシュ准尉には厳しいかも知れません」

「はて、どなたで?」

「大切な同胞です」


 宝物について語るような顔をした上司を見て、そんな人物がこの方にもいるのかと、ザルクは少しだけ安堵した。

 立場の如何いかんに関わらず、友人がいるというのはいいことに違いない。


「友人だと、思ってくれていれば嬉しいのですが。何せ私、生まれてこの方、お友達を作れたことがないもので」


 苦笑いしつつ、白い上司は干し肉を嚥下えんげする。


「凄まじい塩辛さです。健康にはよくないでしょう。飲み物をいただけますか?」

「どうぞ」


 上官がお茶へと口をつけるのを眺めながら、ザルクは考える。

 これら戦闘糧食の評判は、現場において最悪だ。

 味が悪く、歯触りも不良、栄養も満足とは言えない。

 ゆえに、不満の嵐が吹き荒れている。


 このひと月。

 白い上官は、糧食の改良改善に腐心していた。


「著しく不適当」


 これが上官の見解であり、ザルクもまた、かつて前線へ出た経験から同じように感じていた。

 食事を終えて、エイダは総評を述べる。


「保存性は申し分ありません。携帯性も良好です。しかしそれを優先するあまり、食味と栄養がおろそかになっています。これでは、健康を害しますし、精神への影響も気がかりです」


 まして、現場からは腐っていたカビていたという報告まであがっているのだ。

 数も十分ではない。

 国民たちからの寄贈によって、物資は――無論食料も――充足されたはずなのに、である。


「やはり、懸念すべきは保存性と栄養の両立でしょうね。食味を損なわず、運搬時は冷たく、食べるときは温かい食事……」


 氷雪系の魔術で肉を凍らせることはできる。

 炎熱系の魔術で肉を炙ることも同じく。

 しかし、それは敵の目の前で煮炊きをするということで、どうしても危険を伴うのだ。

 特に、戦場で無駄に魔力を使うことは、そのまま死を意味する。

 ザルクにしてみれば、難しい顔をするしかなかった。


「可能ですかな、そんなものが」

「わかりません。しかし、きっと必要になるでしょう。主計課に協力を求めます。書簡の準備を」

「はっ」


 かくて朝餉あさげを終え、執務室へと戻るエイダ。

 戻った彼女を待ち受けていたのは――明らかに量が増えた書類の山だった。

 ぎこちない動作で背後を振り返る彼女。

 ザルクは謹厳実直の表情で、さらなる紙束を上官へと手渡す。


「こちら、閣下の署名が必要となる本日付の書類です。備蓄品の数が目録と合わないという報告も来ていますな。ご対応下さい」


 重々しい音を立て、天を衝くが如く積み上がる書類の塔。

 その威容に、上官である乙女は天を仰ぎ。


「後方勤務って、大変ですねー!!!」


 心底からの、叫びを上げたのだった。

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