閑話 宴会する烈火団

 その頃、勇者(仮)一行は (1)

「俺たちの天下なんだなぁ、これが!」


 烈火団団長にして魔術双剣士ドベルク・オッドーは、コンプレックスである鼻炎気味の鼻をすすってから、麦酒エールを一息に呷ってみせた。

 酒場にて祝賀の宴会を開いている真っ最中だった。


「しかし、ずいぶん上手いこといったじゃないか、ねぇドベルク?」


 そんな彼にしなだれかかり、熱い吐息を吹きかけているのは烈火団唯一の攻勢魔術師――賢者を自称するニキータだった。

 彼女は大きく胸元の開いた服をさらに着崩し、ドベルクに絡みついて同じくエールを口にする。

 不満の声を上げたのは、巨漢の男だった。


「なあ、ドベルク。そろそろ我が輩にも解るように説明してくれよ!」

「おいおい、おいおいおいおいおい! なんだやっぱり解ってなかったのかよガベイン。頼むぜぇ、おまえさんは烈火団の切り込み隊長なんだからよぉ」


 身の丈よりも巨大なバトルアックスを背負った重斧戦士ガベインが、安酒に顔を真っ赤にしながらドベルクへと問い掛ける。


 ドベルクは鼻で笑うと、尊大に、傲慢に、饒舌に、ことのあらましを語りはじめた。

 それは、二度と彼らの元に戻ってくることはないエイダ・エーデルワイスについての話だった。


「さて……勇者の証しを叙勲されるってのは本当さぁ。そんなみみっちい嘘は吐かねぇのよ俺は。だが、

「なんだって?」

「なんでも、王様付きの占星術師が言い出したらしいぜ、『近く、魔族四天王のうち一体を討伐するものがある。この者、救国をなすだろう』ってな」


 魔族の四天王と言えば、この十年誰も倒せなかった魔物だと彼は大げさに語る。


「で、あらゆる場所から、その資格を満たしそうな奴らが選ばれたの。そのうちひとつが、あたしら烈火団ってわけ」

「賢いニキータの言うとおりだぁぜ、ガベインよぉ。もちろん、中でも一番強いのは俺たちなんだけどねぇ、これが!」

「なるほどなぁ。だいたい解ったぜ」


 うんうんと頷いてみせる重斧戦士。

 しかし、彼はすぐに首をかしげて、


「ん……じゃあなんでエイダのやつを追放したんだぁ?」

「ガベイン、おいおい、おいおいおいおいガベインよぉ」


 心底不思議といった様子のガベインに、ドベルクは肩をすくめて呆れ果て。

 それから悪罵の言葉を噴出させた。


「あいつが雑魚で! お荷物で! 役立たずだからに決まってんだろうが!」

「あの子に何ができたか、そのかしこいおつむで考えてごらんなさいよガベイン」

「えー、なんだっけか、お――王宮?」


 応急手当だと、ドベルクは心底軽蔑しきった表情で吐き捨てる。


「応急ってのは解る、間に合わせって意味だ。手当も解る、処置って意味だ。だけどよぉ、応急手当ってのはわかんねぇ。造語か? 自分で作った言葉か? 俺には聞き覚えがねぇが――ニキータ!」

「あたしだって知らないよ」


 賢者を自称する魔女は、苦々しい顔で首を振る。

 我が意を得たりと、ガベインは頷いてみせた。


「ならそいつはインチキってことだ。詐欺だ、俺たちにたかる寄生虫だ。なのにあいつときたら、不死身の烈火団が生きて戻ってこれたのは自分のおかげだとか言いやがる。はぁー、調子ブッコキすぎなんだよねぇ……!」

「うんうん。大ナディア砂漠の迷宮を踏破したのも、シニリア魔火山にノーティス凍土でピンピンしてたのも、ぜんぶ我が輩たちが強靱無敵最強であったがゆえにな」

「そうだとも!」


 だから追放した。

 自分こそが真の勇者だと信じて疑わないドベルクは、さらに杯を重ねて言い放つ。


「だが、競う相手の中にどんな奴らがいるか解らねぇ、きたねぇ手を使う奴らもいるだろう。となりゃあ、用心するに越したことはねぇ」


 つまり、戦力の増強であると彼は言う。


「マジで勇者の証しをもらっちまうにはよ、よりパーフェクトなパーティーでなきゃならねぇ。そこであいつは邪魔だった。あいつの代わりに今度来る聖女様を仲間に加えりゃ……これはもう、百戦百勝危うからずやってやつだぜ! ひゃーはー!」

「「ひゃーはー!」」


 調子に乗った三人は、ジョッキを打ち合わせて歓声を上げる。

 それからもう何杯目になるかも解らないアルコールを飲み干して、全員が同様に醜悪な笑みを浮かべた。

 彼らの内心は、既に勇者の称号を手にしたあとの栄達にこそ向けられていたのだ。


「……へっくしゅ」


 水を差すように、湿ったくしゃみが飛び出した。

 ドベルクはばつが悪そうに鼻の下を擦り、懐から紙包みを取り出す。


「おー、ドベルク、そりゃなんだ?」

「あ? あー……」


 彼が取りだしたもの。

 それは、ほかならぬエイダが苦心して作った鼻炎の薬だった。

 彼はアルコールに酔った眼で、しばらくそれを見つめていたが。


「はっ!」


 ぽいっと、薬を酒場の床へと投げ捨てた。


「あいつが作ったゴミとか、知らねーよ。効きもしなかったしな!」

「そうよそうよ。寄生虫の残りかすとか捨てちゃいなさいよ」

「ニキータはいいこと言うぜ。……そうだ。ゴミは捨てなきゃならねぇ。明日には聖女様と合流だ。四天王の居場所も占いでわかってる。俺たちゃそこにいって、あとは魔族をブッコロすだけだぜ。そのあと? そのあとはもう、やりたい放題! 天下は俺たちのものってね」

「じゃあ、今日はもっと英気を養いましょうよ。飲み直したほうがきっといいわ」

「うむ、我が輩ら最強烈火団、無敵の成功を祝って!」


 カツン!

 もういちど打ち合わされるジョッキ。


「乾杯しちゃうんだなぁ、これが!」


 大笑いが轟く酒場にて、烈火団の面々は浮かれきっていた。

 自分たちの将来がバラ色に輝く様を夢想し、信じ切って。



 かくて、彼らの破滅は、ゆっくりと、しかしたしかに道行きを定めたのであった。

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