回復術士だと思っていたら、世界で最初の衛生兵でした！ ～勇者パーティーを追放されたヒーラーは、戦場の天使と讃えられました～【 #たらした 】

第四話 最前線にて、２２３独立特務連隊へと配属されました！

「この野戦病院では、誰も助けることができない」

　戦場に赴いて、エイダが最初に理解したことがそれだった。

　彼女が幼いとき、腹違いの弟が屋根から落ちて大怪我を負った。

　医者にすら見放された弟に、エイダはつきっきりの看病を施した。

　幸いにして、彼女の家には個人図書館があり、そこで多くの――一般では知られていないような知識をも身につけることができた。

　包帯の巻き方、リンパ液の滲む傷口に対する適切な処置、折れた骨の接合……エトセトラ、エトセトラ。

　彼女は毎日、弟の包帯を取り替え、軟膏を塗り、片時もそばを離れず医療に関わる知識を実践し続けた。

　やがて彼女は実家から放逐されることになったが、そのときの経験は血肉となって生きている。

　誰かを助けることができたときの喜びは、彼女の心の深い部分に、澪標（はしら）のように突き立っているのだ。

「だから、あの環境では傷の治療などできない」

　したくないという意味ではなく、しても効果を上げられないと彼女は悟った。

　野戦病院には、決定的に無理解が蔓延していたからだ。

　事実、同期の回復術士や、先輩の軍属たちの誰もが、エイダの言葉の真意を捉えられなかった。

「最前線への配属――転属願いは承（うけたまわ）る。だが、いますぐという訳にはいかないし、しばらくはこの場で実地を積んでもらう必要がある」

　そんなヨシュア中佐の言葉には、見当違いの過保護さすらにじんでいた。

　エイダは暗愚な少女ではない。

　軍に仕える彼が、一存を持って国家の宝たる回復術士を最前線に投入することはできないと理解していた。

「しかし、たしかに最前線は人手を欲しているはずです。なにより、私はコ・ヒールを使うのがやっとです。後方で足手まといになるくらいなら、鉄火場で使い潰す方がよほど有意義ではないでしょうか？」

「う、うむぅ……」

　最終的に、エイダの言い分は認められた。

　それでも数日間、彼女は野戦病院で研修を受けることとなった。

　ヨシュアのメンツを立て、軍紀に則るためである。

　彼女はよく働いた。

「頑張りすぎじゃないかい、エイダさん？」

「休んだっていいのよ、あたしたちがいるわ」

「回復術士は特権階級。そこまで尽くす必要は……」

　同僚たちの温かい言葉に、エイダは笑顔でこう答えた。

「ありがとうございます。ですが、このぐらいは慣れてますから！」

　強がりや皮肉の類いではない。

　烈火団に在籍していた頃のエイダは、この数倍の雑務をこなしていたのだから、なんのことはなかったのだ。

　ただ、命というナイーブなものを扱う以上、精神は否応なくすり切れていく。

　目の前でひとり、またひとりと、事切れていく命がある。

　一方で、なんとか一命を取り留め、回復魔術を受けて戦場へ戻っていく兵士がいる。

「……ここにたどり着けるひとは、それだけでマシなんだ」

　三日も過ぎた頃には、エイダの知見は大きく広がっていた。

　野戦病院――その環境をなんとかするには独力ではどうにもならない。

　包帯や医療器具といった資材は明らかに不足しているし、そもそも重要視されていない。衛生状況も最悪だ。

　同僚たちに意見を聞いても、

「これが普通じゃない？　戦場は、命が落ちていく場所だよ」

　という反応が返ってくるのが関の山だ。

　無理解。

　根本的なスタンスの違い。

　それを痛感するたびに、エイダの中では日増しに強くなる思いがあった。

「私は、この状況を変えたい。でないと、この仕事を選んだことを後悔してしまいそうだから。笑顔を、忘れてしまいそうだから」

　変革の方法は考えていたが、一朝一夕でなんとかなる妙案は浮かばない。

　なんにしても、自分の声が軍部の上にまで届くようにしなくてはならない。それは間違いない。現場でいくら愚痴をこぼしていても、何も変えることはできないだろうから。

　目に見える実績を、相互に理解できるわかりやすい結果を上げなければ、対話すらままならないと言うことを、彼女はパーティーを追放されたことから強く学んでいた。

「何事も段階が必要なのです。ゆえにこそ、私は一度、〝最悪〟を経験する必要がある」

　やがて、その日がやってきた。

「エイダ・エーデルワイス高等官。貴官を本日付で、２２３独立特務連隊へ配属する。以降、レイン戦線最前線にて奮励努力することを望む」

「拝命いたしました！」

　辞令を受けた彼女は見よう見まねの敬礼をビシリと決めて、その足で最前線へと向かった。

　そうして半日後――

「ようこそエーデルワイス高等官。歓迎しよう」

　金髪碧眼。

　長くとがった耳に、あらゆる無駄を削ぎ落とし、なお強靱（したたか）な体躯を誇る美貌の亜人種。

　鉄火が舞い散る中にありながら、煤けたダークグリーン色の軍服をピシリと着こなし、弓矢を腰に、スコップを肩に担いだ長身の女エルフが、エイダへと向かって返礼する。

　平時ならば麗しい声音も、戦火の中ではかき消されまいと張り上げられて、相手をすくめさせる鋭利な響きを帯びていた。

　重ねて、美貌のエルフは叫ぶ。

「私はレーア・レヴトゲン特務大尉。同胞達の権利を守るため亜人混成部隊２２３独立特務連隊を率いる連隊長にして、貴様の上官だ」

「は、はじめまして、レヴトゲン特務大尉！　私は――」

「喜べ、エーデルワイス高等官」

　エイダが来訪の目的を告げるよりもよほど早く。

　彼女は。

　レーア・レヴトゲンは、性格のひねくれたような凶悪な笑み湛えて、声を張り上げていた。

　怨嗟を愉悦するような、黒々しい笑顔だった。

「ここは地獄の釜の底の底！　傷病兵などほら――掃いて捨てるほどそのへんに転がっているぞ！」

　彼女の広げた両手の後ろ、ふたりの背後にて火炎魔術が爆裂を起こす。

　広がる爆煙が照らし出すのは、地獄の様相を呈した戦場。

　そう、この世で最も過酷な、本物の戦場。

　無数の骸が転がり、いまにも息絶えそうな人類たちが救いを求めてうめき声を上げる阿鼻叫喚大地獄。

　言葉を失うエイダに向かって、美しく悍（おぞ）ましいエルフは、愉（たの）しげに告げるのだった。

「でははじめてもらおうか、命の選定を。優先順位（トリアージ）の時間だ！」