7 交錯する思惑
「――ところで、元・生徒会役員の
「突然のフルネーム……。なんでしょうか、生徒会長」
ところでここにもう一人(元役員が)いますよ、と蒼詩は
それから据わった目で蒼詩を睨み、低い声で言ったのだ。
「今、ここで、見聞き、した、こと、は、一言、一句、他言、無用、よ……!」
一言一言区切って強調し、有無を言わせまいとするような口調で言い含める。壊れたスピーカーみたいな発声だった。
(めちゃくちゃぎこちない……。何かとても後ろめたいことがあるかのような反応だが――見聞きしたことってなんだ……? 小晴のマッチポンプとは別のことか?)
そもそもこの集まりは何なのだろうと、事情をまるで知らない蒼詩は会議室に集った面々を見回す。知ってる顔も知らない顔もある。
(……まあ、たぶん「互助会には知られたくないこと」なんだろうな。というより、うちの部長にか。会長が何か問題を抱えてるって知ったら、部長は必ず動く……それならおれは会長を立てて、だんまりを貫きたいけど――)
いろいろと、悩ましいところだ。夕珠を立て、部長も立てるとなると両者のあいだで板挟みになる。
どうするか判断するためにも、ことの詳細を知りたいところだが……夕珠は証拠運隠滅を図るかのようにテーブルの上にあった資料めいた紙を回収してまわっている。
(教えてはくれないだろうし――まあ、今日の説教がてら、小晴から聞けばいいか)
と、蒼詩が一つ方針を固めたところで、
「ところで、あなたは何しにここに来たのよ」
ふと思い出したというように会長が水を向けてくる。
「え? あ、いや――まあ……」
そういえばそうだった。
しかし、肝心のしぐれがいないからここにはもう用はない。次にちゃんと話が出来るのは昼休みくらいだろう。
(……またもおれの昼休みが……)
最近いつもそうだと思いつつ、とりあえず
「……今日は釈放する。昼休みに生徒指導室だからな。早退するなよ」
「は……?」
「逃げてもしぐ先に言いつけるからな……!」
なんだかとってもカッコ悪いことを言っている自覚はある。周囲の視線もこころなしか冷ややかだ。でもこれにはれっきとした事情があるのだ。
「そんなことより……!」
空気を変えようと、蒼詩は会議室の時計を見上げる。そろそろ、一時間目が終わる頃だ。
「撤収しよう、撤収……! いいですよね会長!」
「……ええ、まあ。先生たちも捜しにきたことだし、今日は解散するわ。みんな、今日はご苦労様。もし何か思いついたことがあったら、私に連絡して頂戴」
生徒会長の一声でテーブルを囲んでいた面々がぞろぞろと腰を上げ始める。
虹上は既に廊下の向こうを歩いていた。その後を追いかけるように、蒼詩も小晴を教室に連行する。
「ところでそうたん、結局何しに来たの? 虹上さんと仲良くお手々繋いで」
「何やら誤解があるようだが――」
お前を心配して捜しに来たことになってはいなかったか、と突っ込みたかったが改めて言うのも気恥ずかしい。
「……ほら、おれたちが毎日、嫌がらせのようにやらされてるあれあるだろ、あれ。昼休みの」
「……手帳の落とし物?」
「そうそう。職員室に集まる大量の落とし物……。それはな、ぜんぶ『手帳狩り』の仕業だったんだ」
「手帳狩り」
「おっと、お前の出る幕はないからな? この事件は既に解決してるんだ――解決というか、犯人は分かってる。それが虹上だ」
「その根拠は?」
「さっき
■
体育館にも、結局彼女の姿はなかった。
(てっきり、ここにいるかと――)
捜索に出た際にしぐれから調べるよう促されたのもあるし、一人になるならここが一番だという直感があったのだが――
「…………」
集団欠席の謎は解けた。それは一安心だ。
しかし――
よくは分からなかったが、どうやら彼女は自分の気を引きたいらしい。それはつまり、彼女には何か担任に気付いてほしいことがあったということだ。
(あれだけ再三「気になるような点」はなかったって確認しておきながら、なんて体たらく……)
無言のアプローチ、彼女の発するシグナルに気付けなかった――彼女は人に相談できないような悩みを抱えているのかもしれない。たとえばそれは進路かもしれない。クラスのことかもしれない。いじめがあるのかもしれない。自分はそれを見過ごしていた――
「教師失格だ……」
膝をつきたい気分だったが、今くずおれるともう立ち上がれない気がする――
「おい」
と、どこか遠くから声が聞こえた。
振り返ると、体育館の入り口に小さな黒いシルエット。
「
「いなかったのか? ――なら移動しろ。あいつは……、」
言いかけて、しぐれが口を閉ざす。もしや、こちらが消沈していることを察し励ましてくれ、
「会話する距離じゃないだろう。いつまで私に声を張らせる気だ」
「…………」
この人は、ブレない。
こちらの心境などまるでお構いなしで、ちょっとだけヘコむ。
肩を落としながら渋々と勝飛はしぐれのもとへと向かう。
「相仲は美術室にいるはずだ。そこにいなければ、もう知らん」
「……そうか、相仲さんは美術部……」
一人になるなら、見知った場所を選ぶだろう。授業があるなら別だが、今の時間ならきっと誰も美術室にはやってこない。
「結局僕は自分の生徒を誰一人、自力では見つけられませんでした……」
落ち込む勝飛に、しぐれは変わらない調子で、
「私は、面倒なことが嫌いだ。察しの悪いヤツも嫌いだ」
「はあ……」
つまり自分も嫌われているのか、と勝飛は察する。
「世の中、結果が全てだ。結果の出ない努力にはなんの価値もない」
「…………」
それには少し納得しかねる。たとえ望む結果が得られずとも、努力したことそれ自体には確かな価値があるはず――そう、異を唱える気力もなかった。
それはつまり、結果的には自力では見つけられなかったが、一応生徒の捜索はしたのだと、自己弁護するようなものだからだ。
「お前がそこで自己嫌悪に浸るなら、それも一つの結果だろう。たしかにお前は自力では誰一人見つけられなかった。――が、それはお前がそこで諦めたらの話だ」
「それは……」
諦めたらそこで試合終了だと、そういうことだろうか。
「お前がこれから美術室に行って、相仲を見つける。私に居場所を教えてもらったとかそういうことは、あいつには関係ない。お前が見つけた――それが、相仲にとっての結果だ。過程は関係ない。……要は、お前が自らの努力に、どういう意味を与えるか、だ。意味のない努力に、価値はない」
「どういう、意味を……」
「心配して、捜した。実際の結果はどうあれ、その事実に変わりはない。お前は生徒のことを想って行動した――……頑張ったんだろう。そんな人間が教師失格なら、他にどんな人間に勤まるっていうんだ」
「…………」
さっきの独り言が聞かれていたことに気恥ずかしさを覚える一方で、面倒くさがりな彼女が自分のためにここまで言葉を尽くしてくれることに感極まる。
「それから――そうだな、どうしてお前のクラスだけやたらと生徒がいなくなったのか、その理由は分かるな?」
「え? 理由?」
なぜだろう。そういえば他のクラスに比べて、B組だけ多い理由はよく分からないままだ。
生徒会長は落とし物の『持ち主候補』として二年生を集めたと言っていたが、それなら各クラスから数人、偏りのないよう選んだ方が効率が良いのではないか。
「それは、お前のクラスにひと際『優等生』が多いからだ。個々人の努力もあるだろうが、これも一つの結果だろう。お前の教師としての実力の証左だ」
「朝見先生……」
「……以上だ。分かったなら、もう少しマシな顔をして相仲に会いに行け。これでうちの生徒の不安もいくらか解消される」
不安? と多少気になることもあったが――体育館を訪れたときより、いくぶんか気分は軽い。
外に出ると、先の曇天が嘘のように空は晴れ渡っていた――
「ところで僕一人では不安なので朝見先生も一緒に、」
「誰が三階にまで行くか。面倒くさい」
「……お、おんぶしますよ! なんなら抱っこしても――」
「お前は同僚に向かって何を言ってるんだ」
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