6 騒動の幕引き




 その時、陽木ようぎ蒼詩そうた虹上こうがみひじりの手を引いて廊下を進んでいた。


 教室へ向かう――のではない。


「てめえこの……女子だからって甘くないぞおれは――」


 虹上は特に抵抗する様子もなく、引かれるままに足を動かしている。別にわざわざ連れて行く必要もないが、どうしてもそうしたい衝動に駆られていた。


(こいつが――)


 虹上を引き連れ蒼詩が訪れたのは、にわかに騒がしい会議室だ。

 そこにはしぐれと勝飛まさとだけでなく、夕珠ゆず小晴こはる遊浮ゆうきといった見知った面々やその他大勢の生徒たちの姿があった。


(お、おぉう、なんか会議中みたいな壮観な図で入りにくいけど――)


 衝動に身を任せ、蒼詩は会議室に踏み込んだ。そして口を開く。



相仲あいなかさん失踪事件の犯人、それは――」



「先生、こいつです……! こいつが――」



 聞き慣れた声と重なって、蒼詩は思わずそちらを振り向く。

 そこには得意げな顔をした幼馴染みが立っていて、何か言いかけた口の動きのまま蒼詩の方を振り返った。


 しばし、目が合う。小晴が口を閉じ、代わりに目を見開いた。それから叫ぶ。


「……もう! なんでそうたんはいつもそうやって私の邪魔ばっかりするの!?」


「え、いや……別に今回は、そんなつもりは――」


 本当にそんな意図はなく、ただちょっとこれまでのことを思い出して感情が高ぶっていて、だからつい声を上げてしまったのだが――それも全然小晴とは関係ないことで頭がいっぱいだったのだが――まさか、小晴の方から怒鳴られるとは思わなかった。


 怒鳴ったというより、そちらも気が高ぶっていたのか、テンションがハイになっていたのか、つい声を荒げてしまったといった印象だ。


 しかし、地味にショックを受けて固まる蒼詩と違って、小晴は「ふーっ、ふーっ」と有り余る衝動を抑えきれないといった様子である。反省の欠片もない。


「とにかく、落ち着け」


 割って入るように、しぐれの冷静な声がする。


「陽木、とりあえずお前の用事は後回しだ。今はこの自称・名探偵の話を聞いてやる。……それで? 相仲チビはどこに消えたんだ。お前は知ってるのか? 明咲」


 チビ……。にわかにざわつく会議室。小晴はそんな周囲の動揺などまるで意に介した様子もなく――遅れて、何か思いついたかのようにハッと表情を輝かせると、さっきの反応が嘘だったかのように蒼詩に笑顔を向けた。それからすっと真面目な顔をつくる。


「見てください、彼は今、私を心配して捜しに来ました」


「は……? いや、まあ、あながち間違ってはいないけど――」


「私はこう考えます――相仲さんは、誰かの気を惹くために、自ら姿を消したのではないか、と」


「???」


 あとからやってきた蒼詩には状況が何も掴めないのだが――


(……相仲さん? あのクレイジーサイコパスいんの? しかもしぐ先も、例の方司先生もいるし――)


 場合によっては何かしらフォローしなければならないのでは? と蒼詩はなんとか自分の立ち位置だけは把握する。


「つまり、この事件の犯人は相仲さん自身なのです……!」


 しーん、という擬音が聞こえそうなほど、会議室は静まり返っていた。


「相仲さんは真面目で大人しい、聡明な女の子です。きっと、自分一人ではそうした無断欠席という不良な行い、『非行』には走れなかった……。そのため、今回の生徒会長の計画を利用したのです。大勢の生徒と一緒に欠席すれば、恐くない――赤信号、みんなで渡ればモーマンタイ、そんな理屈です」


 蒼詩には未だに状況が呑み込めないのだが、察するに、どうやらこの場に相仲恋路こいじはいないようだ。真面目で大人しい聡明な女の子かは怪しいが、仮にそんな相仲恋路がいるとしたら、今はその行方について話し合っているのだろう。


「生徒会長、相仲さんは今日のこの計画を事前に知っていましたね?」


「え、ええ……。というより、そもそも今回のこの計画を提案してきたのは彼女よ」


「……!」


 ほれ見たことか、といった感じの得意げな顔をする小晴。そのドヤ顔を蒼詩にも向けるのだが、やはり事情を知らない蒼詩には何が何やらといった感じで対応に困る。


 夕珠が戸惑いがちに続ける。


「『手帳』の『持ち主候補』を一堂に集める……。候補者たちの靴箱に用意した手紙を入れて、状況をセッティングしたのも相仲さんだわ。言い訳するつもりはないけど――私はてっきり、相仲さんから先生たちに、ある程度話は行っていると思っていて……」


 今になって蒼詩は気付いたが、夕珠の手にはスマホが握られている。これは本当にいったいどういう状況なのだろう。


「相仲さんは他の生徒の欠席に紛れ、自らも姿を消した――最近CMでよく見る映画にもありますよね、喧嘩ばかりしてる両親の仲を戻そうと、両親の前からいなくなる子ども――相仲さんも同様の考えだったんでしょう。映画の影響かもしれません。それもこれも、全てはある人物の気を惹くためです」


「その、ある人物というのは……?」


 勝飛がたずねると、会議室が先ほどとはまた異なる静寂の様相を呈す。


「それは――生徒がいなくなると、真っ先にそれを捜しに行く人物――つまり!」


 ビシッ! と小晴はその人物を指さす。



方司かたつかさ先生、あなたです……!」



 おぉ、とどよめく会議室に集まった生徒たち。これはなんの茶番だろう。それとも雰囲気でそう反応しただけか。事態の仔細が不明な蒼詩はただただその様子を傍観するしかない。


「……なあ、あたし帰ってもいいんじゃないか」


「それはダメだ」


 グッと虹上の手を握る。こいつにはしっかりと裁きを受けてもらわねばならない。こちらの用事はまだ済んでいない。


「どうして、僕を……? 僕が……? うん?」


 混乱している様子の方司先生。こればかりは蒼詩も事情は知っているので、小晴の推理にも納得できる。


(あの子ならやりかねないよな……。というか、あの子なら何をしてもおれは驚かない。それはしぐせんも同じ考えのはず)


 ちらりと様子を窺えば、しぐれもシニカルな呆れ顔を浮かべ頷いていた。


「どうして方司先生なのか? それを語るのは、野暮というものでしょう――」


「どうでもいいが、」


 と、しぐれが割って入る。


「それで、あいつは今どこにいるんだ。お前は知ってるのか? もったいぶってないでさっさと居所を吐け」


「……うー……」


 実に不満そうだったが、


「そうですね……相仲さんは先ほど述べた通り、真面目で大人しい、大胆なことが出来ない女の子です。学校の外にいる可能性は低いでしょう。つまり、校内――たとえばそう、トイレとか、落ち着いて一人になれる場所――」


「おい女子、誰か行ってこい」


「ちょぉっと待ってください先生! まだ! 私の! 話の! 途中……!」


「だから、早くしろと言っている」


「び――、彼女は生徒会役員です。考えられるとすれば、生徒会室か――」


「そうか、体育館……!」


 小晴の言葉を遮って、勝飛が声を上げた。


「体育館が開いていた――! もしかすると彼女はそこに……!」


「あっ、ちょ――」


 小晴の制止もきかず、勝飛はすぐさま会議室を飛び出していく。ぶつかりそうになった蒼詩は虹上の手を引いて横に逸れた。


「……良い先生、なんだろうけども」


 半人前の熱血教師、そんな印象だ。好きになる女子がいても、不思議ではないのかもしれない。虹上も廊下を離れて行く勝飛の背中に目を向けている。こういう欠席続きの問題児にも、何か思うところがあるのかもしれない。


 一方で、


「あぁもう……なんでこう、うまくいかないのかな……」


 不満たらたらな自称・名探偵である。


「――で?」


 話は終わり、さあこちらの番だ――と蒼詩が思っていると、


「相仲は、本当はどこにいるんだ」




                   ■




「お前の推理は確かに順当だろうが、どうにも。あるいはと言うべきか。……そもそも、相仲が方司先生に好意があると、お前がなぜ知っている?」


 しぐれの問いに、小晴が「う」と声をもらし表情をひきつらせる。


 蒼詩も、それは思った。推理の結果そういう答えが導き出されたと言われても納得できはするのだが――


(まあ、二人が親しくしていて、それで恋愛相談されたってんなら何も言うことはないんだけど――小晴も元生徒会だし、その関係で面識があっても不思議じゃないが……相仲さんはたぶん、おれたちが辞めた後に入ってきてる。クラスも違うし、接点があるようには思えない)


 そもそも――これは完全に蒼詩の偏見だが――小晴にそこまで「深い秘密」を打ち明けてくれるような友人がいるとは思えない。


 接点があるとすれば――たとえば、相仲恋路がしぐれの弱味を握ろうとして蒼詩に近づいたように、今度は蒼詩の身辺を探っているうちに、蒼詩の一番のウィークポイントになりそうな小晴の存在に行き着いたのではないか。


(そして、二人で共謀して――)


 お互いの利害の一致から、会議室に生徒たちを集めた。

 相仲は小晴の推理通り、方司先生の気を惹くため――その一方、小晴はといえば、


「推理ショーをするため、か?」


 しぐれに先を越されてしまったが、蒼詩もその追及に便乗する。


「ついこの前、おれはお前に言ったよな。『実例を示す』って――」


 下着盗難事件を解決した際の群雲千月のように――聴衆に納得してもらえるような、推理の根拠となる実例を示す。

 蒼詩が会議室にやってきたのを見て顔を輝かせたのは、要するにその「実例」が現れたからではないか。

 その学習能力の高さ、応用力には蒼詩も素直に感心するのだが、


「なんか、うまく行き過ぎてるんだよな」


「うまく行くのは当然だよ、それが真実だったってことなんだし。そ、それに、そうたんがやってきたのは……偶然、でしょ?」


「まあそれはそうなんだが――お前の一挙手一投足、挙動の一切が疑わしい。……今回のこと、お前が全部仕組んだんじゃないのか? なんか演技クサいっていうか」


 あの相仲恋路を美化するかのように――真面目で大人しい、だって?

 仮に彼女の「表の顔」がそうだとしても、それを知っているということは小晴と相仲には接点があるということだ。


「ち、違うよぅ……。そ、そうだ会長……! あれ、『手帳』にあれ載ってたよね? 教師と生徒の禁断の恋……! あれ見て私、閃いたんだよ! つまりこれは相仲さんのことを指してるって!」


「そんな記述……、あぁ、まあ、一応、載ってるわね。でも――」


「手帳……?」


 なんのことだか分からないが――ともあれ。


「で、相仲さんは本当はどこにいるんだよ。体育館にいるってんならそれでいいんだけど――確かあの子、美術部だっけ?」


「……ひゅー」


 口笛のつもりなのか、唇を尖らせてひゅーひゅー口で言っている。しらばっくれるにしても、もっとマシな反応はなかったのか。


 蒼詩は幼馴染みに呆れつつ、それに無関係な人たちを巻き込んでしまった申し訳なさを覚えながら――しぐれの方を見る。

 具体的にどんな騒動に発展していたのかは知れないが――ことの真相を確認するのには、適任な人物がいる。


「仕方ないな」


 ふう、とため息を一つ。しぐれは珍しく苦笑しながら、会議室を後にした。



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