5 可能性の実現




 天知あまち学園高等部本校舎、その二階――会議室。

 そこはその名の通り、主に生徒会や委員会活動などにおける会議等に利用される場である。


 現在その部屋では、授業中にもかかわらず――生徒会長・天路あまじ夕珠ゆずをはじめとした十数名の生徒たちが顔を揃えていた。


 会議用テーブルを囲んで座る十人以上の生徒たち。彼らの手元にはノートや手帳、筆記用具が置かれていて、そばにはコピーされた何枚かのプリントが添えられている。

 一見するとその光景は何かしらの決起集会、あるいは一部の生徒による勉強会のように見えるだろう。確かにそれらしい厳かな沈黙が続いているが、その実態はいずれとも異なる。


 この集まりがはじまって、かれこれ一時間くらい経っただろうか――


「誰か、何かないの?」


 ホワイトボードを背にした天路夕珠が声をかけるのだが、集められた生徒たちはそれぞれ微妙な反応を示すばかり。いっこうに議論が進展しないどころか、皆あまり口を開かないためそもそも議論の体すらなしていない。

 最初はそれなりに質問や意見が飛び交ったのだが、それもすぐに底を尽いてしまった。


「この『手帳』の『持ち主』は何者なのか、その人物はなぜこんな『手帳』をつくったのか――」


 ホワイトボードには、生徒たちの手元にあるプリントと拡大したものが貼ってある。それはある手帳の中身を写真に撮ったもので、重要な項目を赤線で囲っている。


「この『手帳』の表紙の色は赤。つまり昨年度に入学した……現二年生のものだわ。だから私はあなたたち、二年生の中でももっとも成績の優れた――頭の良い人材を、各クラスからそれぞれ集めた」


 集合知を以ってすれば、求めていた謎の答えを得られるのではないか――そう期待して今回、先月あった中間テストでランキングに名を連ねる優等生を招集したのだ。


 しかし、生憎と思うようにことは進まない。


(議論もそうだし、この中に『持ち主』がいれば何かしら反応を示すんじゃないかと……。でも、アテが外れたの? こんな『手帳』をつくるくらいだから、きっと『持ち主』は相当頭が良いと思ったのに――)


 なんの収穫も得られないなら、早々にこの集まりは解散すべきだろう――


 そう思っていた矢先である。



「邪魔するぞ」



 ノックもなしに、唐突に会議室のドアが開かれた。


「うわ、マジか――」


 小さな黒いシルエットの後ろから、その保護者のような印象を受ける長身の男性――方司かたつかさ勝飛まさとが顔を覗かせる。


「ほんとにみんないる……」


「分かっていたこととはいえ、いざ見つけるとこれはこれで壮観だな。多少の達成感は得られた」


 今にも泣き出そうに瞳を潤ませる勝飛と、腕組みしてこころなしか満足げな顔した朝見あさみしぐれ――二人の登場に、集められた生徒たちがにわかにざわめいた。




                   ■




「先生たち……どうしてここに?」


「というか、どうしてみんなここに?」


 夕珠の質問と勝飛の疑問が重なる。二人は顔を見合わせ、それから答えをくれそうな朝見しぐれに目を向ける。


「私たちがここに来たのは、お前がうちの生徒たちを拉致したからだ。その捜索の結果、ここに行き着いた。……私はてっきり、お前が財力に任せて生徒たちを登校中に拉致したものとばかり思っていたんだが、まさか校内にいたとはな。生徒会長が常識人なのは喜ぶべきことなんだろうが……灯台もと暗しとはまさにこのことだ。腹が立つ」


「捜索……?」


「そうだ。20名近くも一度にいなくなったら、それは捜すだろう。危うく誘拐事件になるところだったぞ。なあ?」


 水を向けられ、勝飛はぶんぶんと首を縦に振る。本当に、心配したのだ。見つかって良かった――


「誘拐――欠席……いえ、まさかね……」


 一方で夕珠はまだ状況に理解が追い付いていないのか、どうにも反応が鈍い。


「私たちがここに辿り着いたのは――お前、わざわざここにいる連中の靴箱に手紙を入れたらしいな」


 拉致ではなく、彼らは自らの意思でこの場所に集まっていたのである。

 虹上こうがみひじりの靴箱にも同様の――『会議室に集合』という旨の手紙があったそうだが、彼女は出席だけ取るといつも通り教室を抜け出したので参加はしなかった。彼女と出くわさなかったら、しぐれは夕珠の実家まで足を運ぶつもりだったようだ。


「それで? 本題は解決したから正直お前の動機に興味はないが――何をまた、こんな大がかりなことをしたんだ? お前は以前から突拍子のないことを言い出すやつだが――登校中の拉致くらい平気でするだろうと思っていたが――さすがに、教師に一言もないのはいかがなものなんだ」


 生徒会長として、と付け加える。夕珠は見るからにうろたえながら、


「それは……謝ります。でも、一時間程度のつもりだったんです。すぐ解散するつもりで――多少授業に遅れても、そこはまあ、生徒会に協力していたということにすれば便宜を図れるんじゃないかと――まさか、そんな大事になってるとは思わず」


「想像できなかったと……? 校則を重んじる生徒会長さまはどこに行ったんだ」


「う……」


「だいぶ視野が狭くなってるみたいだな。……こういう時こそ、『互助会ごじょかい』を使うものじゃないのか? 結局お前が何をしたかったのかは知らないが」


「…………」


 互助会、と聞いて夕珠はわずかに顔をしかめる。


「互助会を頼るまでもないわ。もっと人を集めて、もう少し時間をかけて意見を出しあえば、いずれ解決するはず――」


 それこそ互助会の出番だろうとしぐれはつぶやいてから、ため息まじりに、


「それで、解決したのか」


「……いいえ」


 夕珠が首を振ると、しぐれはしぶしぶといったように会議室に足を踏み入れた。近くの席に座っていた明咲小晴の後頭部をはたきながらその手元を覗き込み、彼女の手帳や筆記用具の下に隠れたプリントをつまみ上げる。

 そこには、手帳と思しきものの一ページが写っていた。


「……『手帳』だな。うちの学校の」


「ええ……。先日、生徒会に手帳の落とし物があったんです。私はその『持ち主』を探していて――そのために、その『候補』になりそうな二年生を集めたんです」


「手帳の落とし物、ね……。職員室にも最近やたらと手帳が届くが」


「そう、それなんです! 最近『噂』になっているという『手帳狩り』……生徒から手帳を巻き上げる不審者。それが『持ち主』なんじゃないかと――」


 手帳を奪うのは、自身が落とした『手帳』を探すためなのではないか、夕珠はそう考えているらしい。


「校内にはびこる噂を聞いて、じゃあ生徒を脅かすその不審者を生徒会でとっ捕まえよう、という話か」


「……まあ、」


「手帳一つで、と言いたかったが、不審者を捕えるためと言われては一概に悪くも言えないが――」


 プリントに写った手帳のページには――『5月、中庭の植木の移植作業予定。翌週月曜の朝、職員室から屋上のカギ無くなる。女子更衣室の覗き。可能性大』――しぐれは目を細める。


「なんだ、これは」


「信じられないでしょうけど……私が拾ったその『手帳』には、『未来の出来事』が書かれてるんです。先生も『その件』はご存知ですよね? 他にも的中している『予知』がいくつもあって、他にも、未来の、これから先に起こるかもしれない出来事が――」




                   ■




 生徒会長の抱える問題はさておくとしても、これでひとまず行方をくらましていた生徒たちの無事は確認できた。

 あとは彼らを教室に連れて帰り、職員室に報告するだけ――勝飛はそう安堵していたのだが、


「あれ……? 縁原えにしばらさん――」


「なんですかぁ……?」


 ちょうど目に入った自らのクラスの生徒に勝飛はたずねる。



相仲あいなかさんは――どこ?」



 ? と首を傾げる縁原。


「いえ~……今日は見てませんけどー……? 登校してすぐ、ここに来ましたし~」


「え? ――天路さん、相仲さんはどうしたの? 姿が見えないんだけど」


 ことの主犯である生徒会長を見れば、


「相仲さん? いえ、別に彼女は今回、召集をかけてませんわ――」


 二人は同じ生徒会役員。既に彼女は『手帳』のことを知っているから、わざわざ呼び出すまでもない、と――


「どうした、一人足りないのか」


「は、はい……っ。他は全員いるんですけど、相仲さん、僕のクラスの相仲恋路こいじだけ見当たらなくて――」


 まさか――と。息を呑むような、言葉を失うような、そんな小さなつぶやきが聞こえた。それは自分の口から漏れたものだと勝飛は思ったが、そうじゃない。


 見れば、ホワイトボードの片づけに取り掛かっていた天路夕珠の唇が震えていた。

 彼女は何か思い当たることがあったかのように、手にしていたプリント類を手落としながら慌てて自らのスマートフォンを取り出すと、すごい勢いで画面を指先で弾いていく。何かを探しているようだ。


 そして――



「――あった。『6月、季節外れの五月病。』……! そんな、まさか――私が予知を実現させてしまったの……!?」



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