2 事件は会議室で起きている
全員ではなく上位十数名の名前が公表されていて、生徒たちの向上心や競争心を刺激することで全体の学力向上を図ろうという意図があるらしい。
職員室へと向かう廊下の壁に掲示されたそれは、
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
…………。
ずらりと並んだ名前の横に表記された「B組」の文字。二年生の成績表のなかに自分の生徒の名前がいくつも記載されているのを見ると、なんとも誇らしい気分になる。
本当に、自分にはもったいないというか、自分の生徒であるのが信じられない想いだ。
彼らは学業だけじゃない、生活面でも行儀よく、まさに「優等生」と呼ぶに相応しい生徒たちなのである。
(そんな子たちが、なぜ……)
いまや成績表は行方不明者リストと化している。少なくともここに名前の載った彼らは今日、音沙汰もなく欠席しているのだ。
(……考えるのは後だ。今はとにかく、何か連絡が来てないか――)
職員室に到着すると、勝飛は早速、学年主任の先生を捕まえ、欠席の連絡などがなかったかをたずねるのだが、
「いえ……? 特には――」
予想はしていたが、なるべくなら聞きたくない答えだった。
これでいよいよ――
「どうした」
と、机の上の仕切りに隠れてほとんど頭しか見えない、2年A組担任・
「いや、その……うちのクラスで欠席者が出てまして……」
「そうか。うちはほとんど毎日だが」
「それが、その……9人も来てないんですよ。なんの連絡もなくて、他の子に聞いても何も知らなくて……」
「え?」
声を上げたのは、2年C組の担任だ。そちらもですか、と驚いたような声を上げる。
「うちも3人来ていないんですよ。ひとりならまだしも、3人も。それもなんの音沙汰もなくて」
それをきっかけに、他のクラスの担任からも、
「私のクラスも二人……サボりかくらいに思ってたんですが」
「マジですか、こっちも――」
「???」
次々と上がる報告に、勝飛は戸惑う。自分のところだけじゃなかったんだ、と安堵したのもつかの間、これは想像していたよりも一大事なのではないかと思い至る。
勝飛のクラスだけじゃない。他のクラス――それもぜんぶ二年生――に欠席者が出ている。
それも、A組を除いて20人近く。1クラスに一人くらいならまだ偶然だと思えるが、クラスに二人以上も欠席者が出ているのはさすがに異常である。
「ほう……。じゃあ、あいつらもサボリでなく『欠席』なのかもな。うちもちょうど3人来てないぞ」
「え?」
しぐれの発言に、二年生だけでなく、他の学年の教師たちもこちらのやりとりに注意を向ける。勝飛はいよいよ「事件性」を感じてきて、他の教師たちも一年生や三年生に欠席者はいないかと確認する。
「病欠が一人いますが……本人から連絡がありました」
一年生にも欠席者がいるらしい。病欠というなら無関係かもしれないが、本人からの連絡というのが気になるところだ。
「さ、三年生はどうですか……?」
三年の担任たちがお互いの顔を見合う。一人の教師が恐る恐るといったように口を開いた。
「一人……なんの連絡もなく欠席していますけど――」
「A組だな」
しぐれがたずねる。
「まさか、
「え? ――ええ、はい、そうなんですよ、天路さんです。どうして――」
「ただの勘だ。それより、電話はしたのか?」
「あ、はい。一応……ですが、既に登校していると……」
天路といえば、生徒会長を務める三年生、天路
(おまけに、実家の人は既に登校している……だって?)
にもかかわらず、本人は教室にいない。
それはつまり、登校中に何かがあったということではないか?
「なんでしょうね」
「どこかに集まってるとか?」
……などと、他の教師たちにはどうにも緊張感がない。まさかことの重要性を理解していないのだろうか。
(い、いや落ち着け……まだ事件が起こったと決まった訳じゃない――)
それに、仮に事件だったとしても、一度に20人近くを誘拐するなんて――
(バスジャックとかなら……? 有り得るのでは……!?)
ハッと思いつきスマホを確認する勝飛の横で、
「最近、何か変わったことってありました?」
「そういえばこの前、メイドを見たって言ってるやつがいたんですよ。写真見せてもらったんですけどね、手ブレがひどかったのか、被写体が高速移動していたのか……テレビのオカルト特集でよくある感じになってて」
「あー、それ私も聞きました。幽霊じゃないかって言われてましたね……」
「メイドの幽霊」
何を暢気な、と思う一方で、「生徒から写真とか見せてもらってるんだ……」と他所のクラスの様子を知って多少の羨ましさを覚える。
「朝見先生は何か知ってます?」
「知らんな。そんな恥ずかしいもの」
「誰かがメイド服着てたんじゃないですか? ほら、この前、歓迎会とかやってたし。その時の衣装とか」
もしかするとそれは「校内に不審者がいた」ということではないか? その人物が事前に誘拐する生徒を物色していたのでは――不安は膨れ上がるが、スマホでニュースサイト等を見てみるもこれといってその不安を証明する記事は見当たらない。
何かあれば――それはそれで問題なのだが、何もないとそれはそれで落ち着かない。まだ事件が発覚していないだけかもしれないからだ。
(とんでもないことに発展している恐れも……)
明日は我が身、という言葉がある。
テレビで報道される事件はいつだってどこか遠くの出来事だ。言ってしまえば他人事。だから自分には関係ない、自分の身の回りで起こるはずがない――という考えは誤りだ。平和ボケしているとまでは言わないが、事件はいつだって、どこでだって起こり得る。
今は些細な違和感でしかなくても、それが気付けば大事件に発展している恐れもあるし、大事件の兆しであるかもしれない。そうした事件のニュースにはいつだってそんな「予兆」があったことが示されている。
――いつか、特大の不幸が訪れるかもしれない――
「変わったことといえば、そうだな」
と、
「最近、やたらと『手帳』の落とし物が多いな」
しぐれの発言に、勝飛は少し前の出来事を思い出す。
段ボール箱いっぱいの手帳を生徒指導室まで運んだのだ。しぐれに声をかけられ、運ぶように言われたのである。些細なことだが、彼女に頼りにされた貴重な出来事なのでよく憶えている。
「あぁ、そういえばそうですね」
「落とし物というか、捨てられてるんじゃないですかね? 今時、みんなスマホで事足りるでしょうし。まあうちは原則スマホ禁止ですけど」
「案外、スマホ禁止に対する抗議運動かもしれんな」
どうにも他の教師たちは危機感が薄い。勝飛は自分の方が場違いな想像をしているのではないかとも思うが、やはり最悪の可能性は捨てきれない。
「まあ、なんにしろ――トラブルに発展しても困るし、見過ごせないな」
しぐれが腰を上げる。彼女が自分と同じ考えを持っていると分かって思わずそちらに目を向けると、ちょうど彼女も勝飛を振り返るところだった。
「お前、車か?」
「え? 人間――あ、いえ、馬になります」
「は……?」
「じ、自転車……自転車通勤です、はい」
「そうか、ご苦労なことだな。――仕方ない。たまには運動でもするか」
しぐれの言葉に周囲の視線が集まる。
「私とこいつとで捜しに行く。うちのクラスには自習しろと伝えておいてくれ」
さすが朝見先生、自ら率先して生徒の捜索に行くなんて――え?
「はい? 僕もですか?」
「そうだ。この世の終わりみたいな顔してスマホと睨めっこするくらいなら、まだ何か行動した方がマシだろう」
あれ、そんな顔してた? と周りを見回すと、皆一様にうんうん頷いていた。
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