12 反省回 その3 最初の、そして最後に残る謎




「というか、私にも話してくれれば良かったのに」


「……なんだよ、その腹いせで暴露したのかよ……」


 裏工作のことも、覗きのことも。

 今日は騒動の解決もあってあれ以降、覗きの件についてはクラスの誰も触れなかったが――落ち着いて、考えを整理した明日からはどうなることだろう。


「真実は明らかにされなければいけないのです」


「黙っていた方がいいこともあるんだよ」


 お前のサイズとかな、と思い出して薄笑い。


「……まあ――」


 裏工作に関していえば、明らかにされたことで、結果的に状況を優位に運ぶことが出来た。覗きのことも、一応のアリバイ証明にはなったのだろう。やましいことが発覚したことで疑惑の目も向いたが、「何をしていたかよく分からない」状態よりはいくぶんかマシである。


 ただ、明日から教室では肩身が狭くなりそうだが……。


「それにしてもそうたんさぁ、なんであんなことしようと思ったわけ?」


「またか、あんなこと」


 あんなことと言われると、それこそやましいことのように聞こえてきて、公衆の面前で口にすることがなんだかはばかられる。実際やましいことだし、一応周りに人の耳はないのだが。


(壁に耳あり障子に目あり……)


 誰がどこで聞いているか分からないから、少なくとも屋外で迂闊な発言は出来ない――


「普段から私とかたまきさんの着替え、覗いてるのに」


「大いなる誤解があるぞ、それは……!」


 思ったそばからである。

 誰かが聞いていなかったかと思わず周囲を窺うが、これといって人通りはない。


(そういえばしぐせんにもきかれたな……。おれは、ただ――)


 ――はじめはただ、屋上の鍵を入手するためのプランBとして声をかけられた。

 恐らく、そういう理由でもなければ誰も蒼詩そうたの存在を意識しなかっただろう。男子たちの「度胸試し」に誘われることはなかったはずだ。


 だから……。


(……まあ、なんというか。これも人付き合いの一環……とか言うと、途端に主体性がなくなって、おれが流されただけみたいになるけど……)


 普段あまり交流のない彼らと、一緒に何かをすること。

 それは放課後まで居残って学園祭の準備をするような――そういう、特別な感覚。


 とても褒められたことではないのだが。


(推奨されることではないのだが、それでも――)


 あるいは、だからこそ。

 共通の秘密を持つことで、親交を深められるのではないかと。

 これまで、小晴こはるのことを気にしてそういう人付き合いを疎かにしてきたから、これはいい機会になるんじゃないか……、と。


(ズルい考えだ)


 言い訳だ。結局のところ、自分から声をかけ、関わる勇気がなかったから。

 秘密をともにして――弱味を握って、そうやって面倒の工程を省いて友人をつくろうとした。


(でもさ、そうやって仲間をつくらないと……)


 いざという時、味方になってくれる人がいなくなる。


 たとえば、今日の女子たち。憂君ゆきみの……ひいては綿雨わたあめちゃんの味方をしていた。それは二人に人脈があったから、人望があったからだ。

 これがもし、自分だったら――現に、今日の蒼詩に味方はいなかった。


(まあ、結局徒労に終わった訳だが)


 むしろ骨折り損のくたびれ儲けといったところか。


「あんなことしなければ、こんなことにはならなかったんだよ?」


「もはやなんのことなのやら……」


 しかし、まったくの正論である。


 だけども、誰が予想できようか?

 更衣室を覗こうと授業を欠席したことで、下着泥棒の容疑者にされるなんて――窓から直接覗いてそれが見つかったのならまだしも、そもそも覗くことすら叶わなかったのだ。まさに泣き面に蜂だ。もはや天災だ。突如として襲い来る災難、不幸としか言い様がない。


(ことの真相を思えば、本当に予測不能だった。でも――)


 少なくとも、トラブルに巻き込まれることだけは避けられたかもしれない。


「超事件探偵……」


「ん? 何?」


「いや、なんとなく」


 小晴が「異能バトルもの」と評する、いわゆるライトノベルだ。過去に起こった事件の謎を解き明かすように、未来に起こる事件を――運命を紐解けるのではないか。自身の運命を読み解こうとする名探偵が登場する。


 あくまでフィクションだが、その考えには賛同できる。

 しかし、現実の事件は突発的で、真に予測し回避しようとするなら、常に身の回りの異変に気を張っていなければならない。

 だけども、台風の発生やその進路が予測できるように、「直近に起こるだろうトラブル」なら努力次第で回避できるはずだ。


 そう、たとえばあの時――屋上のカギが開いていることに気付いた時点で、みんなに引き返すよう促していれば。あるいは自分だけでも逃げ出していれば――


 ……今更だが、嫌な予感はしていたのだ。


(後悔しても遅い――というか、手遅れになってようやく人は後悔するんだ……)


 それこそ、考えても仕方がないことなのだが――こうして後悔しているからこそ、振り返らずにはいられないことがある。

 気になるのだ。


(そもそも、なんでおれたちの計画はバレてたんだ……?)


 正確な時期は分からないが、中庭の植木の移植はだいぶ前から決まっていたことのはずだ。植木が移動すれば、女子更衣室の窓を視認できるようになる――だから覗きが可能になる。クラスの男子が思いつくくらいなのだから、他にもその発想に至っている人物がいても不思議はない。


(移動直後の、体育の日――つまり今日、誰かが覗きを決行するかもしれない。ここまでは推測できるけど……それがドンピシャっていうのがな)


 しぐれならあるいは、今朝の男子たちの様子から何かを察することも出来るだろう。屋上の鍵がなくなっていることに気付き……もしかしたら、と。


(でも、しぐ先なら……わざわざ屋上に出て待ち構えたりしないよな? 面倒くさがりだし。あの人なら絶対階段の辺りで待ってるはず)


 日照不足を気にしたとしても――生徒会長まで連れてきたのは少し不自然だ。


(そうなると逆に、会長がしぐ先を連れてきたって方がしっくりくる。会長なら……まあ、同じ生徒会の他中くんの様子から今日の計画を察することも……。察するか? それより、やっぱり他の連中が言ってたみたいに、他中たなかくんが会長にリークしたと考える方がまだ納得できる……)


 しかしそうなると、他中まで罰を受ける必要はなかったのではないか。失敗すると分かっている計画に最後まで付き合うものだろうか?


 なぜ、彼女たちは屋上にいたのか?


(それさえなければ……覗き自体は失敗したとしても、早々に撤退すればまだ授業にも間に合ったはず。女子から濡れ衣を着せられることも……)


 些か責任転嫁のきらいはあるが、突き詰めると全ての原因はそこに集約される。


(思い返せば、前にもそうやって会長が屋上に先回りしてたこと、あったような)


 まるで何かが起こると知っていたかのような、その動き――正直、軽視できない問題だ。また今日のような事態に発展する恐れもある。


(ま、それもこれも、おれが何か悪いことしなければいい話なんだけども)


 覗きは、悪いことだ。明かされなければならない、白日の下で裁かれねばならないような悪事である。

 論理性には欠けるが、悪事を働いたからこそ、今日のような不幸に見舞われたと言われれば反論できない。


 不幸は連鎖する。たとえばそう、連続殺人なんかがまさにその典型ではないか。

 悪事を働き、弱味を握られた。それで脅迫され、追いつめられ、弱味を握る相手を殺す。その犯行を見られたから、目撃者を殺す。そうやって罪は積み重なっていく。


 結論、悪いことはすべきではない。

 すべきでないからこそ、悪いことなのだ。


(これに懲りたら不届きな真似は控えるんだな……か)


 ――度を越すと痛い目を見る。


 まさしく、良い教訓になった。


(おれは……おれたちは罰せられた。イケナイことをした罪は償ったはず。これで不幸の連鎖が終わるといいんだけど)


 謙虚に生きて行こう。陽木蒼詩はその日、心にそう誓った。



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