11 反省回 その2 何気なく明かされる衝撃の真実




 何やら難しい顔をしている小晴こはると並んで、蒼詩そうたは帰路につく。


 思えば、こうして二人で下校するのはずいぶん久しぶりだ。一年の時はお互い生徒会の「雑用係」をしていたから一緒に帰ることもあったが、小晴が生徒会を辞め、蒼詩が互助会に入ってからというもの、その機会も丸っきり減ってしまった。


(わざわざ待っていたっていうことは……何か話があるんだろうけど)


 二度あることは三度ある。そんなことわざが頭をよぎる。


「で? 何か用か……?」


「特に用がある訳でもないのですがね……」


「じゃあなんで待ってたんだよ……。暇か?」


 ……友達いないのか? と口にしかけたが、聞くまでもない。これだから、蒼詩はこの幼馴染みを「更生」させたいのである。


「暇という訳でもないんだけどもね……」


 煮え切らない物言いをする小晴。本当に何か謝ってきそうな雰囲気が出てきて、蒼詩は自然と早足になる。


「こう、なんていうかね、歩いてる方が話しやすいなって思った訳ですよ」


「まあ、分からなくもない」


 部屋で面と向かったり、誰もいない空間で二人きりになるよりはまだ、移動しながらの方が気が楽だ。


「……で?」


 話を急かさず家まで間をもたせようか――そんなことを考えていると、不意に、


群雲むらくもさんのあれって、パクリだよね?」


「……は? 何を唐突に」


「パクリっていうか、私の推理の便乗的な」


「それは違うと思うけども」


 昼に披露した小晴の推理は当たらずも遠からずで、事態を収拾するには至らなかった。


(なんだ……? 引用したとか、フューチャリング小晴とでも言ってほしかったのか……?)


 なんにしても――千月ちづきが小晴の推理を引用したかと言えば、蒼詩は正直「違う」と思う。


(昼に群雲さんが席を立った時……)


 もしかすると彼女は気分を害したのではなく、小晴の推理を聞いて「これで事態が収拾する」と思ったからお昼を買いに購買へ行ったのではないか。

 つまり、彼女はあの時点ではもうことの真相に気付いていた――小晴と同じ発想に至っていたのではないかと蒼詩は考える。


「……私の方が先だったもん……」


「もん、て。まあ基本路線は同じだったけどな……。現場は密室、犯行は不可能。つまり下着はそもそもなかった……という点においては。ただ、言い方というかな」


 そもそもの「考え方」が違うのだろう。小晴はただ謎解きがしたかっただけだ。一方で、千月は騒動の解決を考えていた。目先の謎の答えが分かって興奮し、後先考えずに推理を披露した小晴と違って、千月は推理を述べた「その先」も考慮した上で自分の考えを口にしていたように思う。

 同じ着眼点、発想があっても、二人には決定的な違いがあるのだ。


「でもさ、なんで群雲さんはうまくいったのかな……?」


「うまくいったも何も、あれが真実だったから――」


 小晴が言いたいのはそういうことではないのだろう。解決したことそのものより、もっと全体的な話だ。


「オオカミ少年かねえ……」


「はいぃ?」


 実に不満げだが――これまでも小晴がああして出しゃばったことがあった。そうした小晴の行動が、今回の推理が「軽く」見られた要因だろう。一応聞きはするが、みんな話半分に受け止めていたのではないか。クラスに名探偵なんていない。推理なんて、そうそう当たるはずもない――


「まあ強いて挙げるなら、タイミングかな」


 推理を披露するタイミング。容疑者全員を集めるのが定番だが、騒動の解決を図るならクラスの全員がいるタイミングで行うべきだった。

 しかし、小晴の頭にはそもそも「事件・謎の解明」しかなく、「騒動の解決」は二の次。これも考え方の違いが招いた結果だ。


「それと、説得力か。お前の推理と違って、群雲さんは細かいディティールまではっきりしてた。仮にあれが真実じゃなくても、『そうかもしれない』って思わせる説得力がな」


 小晴も確かに「綿雨わたあめちゃんにはサイズの合う下着が無い」という、まあそれなりに頷ける説得力があった。ただ、直後に綿雨ちゃん本人に否定されてしまったこともあって、その後に何か根拠を述べたならまた展開は変わったのかもしれないが――


(関係者の心に寄り添ってないというかな……やっぱり言い方、それに繋がる「考え方」の問題だよな)


 小晴があのまま推理を展開しても憂君ゆきみの反発を生むだけで、むしろ事態はより悪化していた恐れもある。その考えを口にした結果どうなるか、「その先」に思考が及んでいないのが原因だ。


「群雲さんはぎりぎりまでタイミングを待ってたんだと思う」


 あるいは、あの瞬間まで覚悟が決まらなかったのか。それも仕方ないが、彼女は最終的に立ち上がってくれた。


「たぶん、五時間目が始まった段階で群雲さんが何か言っても、お前の時みたいに流されてたはずだ。根拠を全部言い終える前に、誰かに水を差されてな。綿雨ちゃんが自分から主張できないっていう実例があって、いろんな可能性が提示され尽くして議論が停滞して――おれが自首して、これでもう終わりってそのタイミングだったから」


 ついでに言えば、普段あまり口を開かない彼女が声を上げたことも、全員の注目を集め、その意見に耳を傾けさせる空気を生み出したのだろう。


「つまり、ビギナーズラックってことだね」


「それは違う」


「そうたん、やたらと群雲さんのこと擁護するよね……いつからそんなに仲良くなったわけ?」


「それも違う。……擁護というか、命の恩人を支持して何が悪い」


「命の恩人」


「それくらいの恩を感じてる」


「ふうん……。でもさ、そうたんも私の推理が正しいって思ったんでしょ? だからお昼にあんなことを」


「あんなこととか言うな……」


 現場は密室、だから盗みは不可能――確かにその推理は正しいと感じた。なんらかの誤解があっただけだろうと。ならば、なくなっていたという下着が戻っていれば少なくとも騒動は収まるのではないかと考えたのだ。綿雨ちゃんならあわよくば、それで「なかったこと」にしてくれるのではないか、と。


(今だから思うけど、あまり良い考えではなかったな。自己主張控えめの子にお金渡して、これで手打ちにしようって言うようなもんだし)


 それに加えて、蒼詩があんなことを思いついたのは事態の収拾を図ることの他に、


(架空の犯人をでっち上げて、お前の推理を台無しにしてやろうとした――とは、さすがに言えない)


 そういう他意があったせいで、思惑通りに運ばなかったのかもしれない。


「ところでさ、下着なんだけどさ」


「…………」


 鞄の中の「それ」の存在を思い出し、知らず身体が固くなる。言葉の綾というか会話の流れであって、別に何か意図がある訳ではないのだろうが――どうしても、つい身構えてしまうのだ。


(鞄の中にあるから必要以上に警戒しちゃうのかもしれないけど……このまま家に持って帰ったとして――まあそうする他にないんだが、おれはこれをどうすればいいんだ……)


 今でさえ爆弾を抱えているような気分なのに、今後家に、部屋に隠しておくことになったら――


「そうたんがいつたまきさんに連絡したのかは知らないけど……早くても昼休み始まってから、だよね? 過本さんから事件の話聞いてから」


「それが……?」


 正直、あまり続けたい話ではない。小晴はなんとも思っていないかもしれないが、いわゆる思春期真っ盛りの男子にとってはとてもナイーブになる話題である。黒歴史を晒されるような感覚に近いし、導火線が短くなっていくような焦燥を覚える。


「そうなると、環さんの到着が早すぎるんだよね……どこかのお店で下着買って学校に持ってきたにしては。私がお昼食べて、その辺で聞き込みして……ひと段落ついたあたりで来てたから」


「それは……確かに」


 言われてみれば不思議である。午後の議論を思い出せば、小晴は環のことを「メイドさん」と呼んでいた。とても理解できないが、そうなると彼女はメイド服で学校にやってきたことになる。あるいはメイド服持参でやってきて、校内で着替えたのか。いずれにしても理解に困るが、なんにしても蒼詩の予想通り、連絡時点では自宅にいたのだろう。


(家からお店に行って、それから学校に来たにしては……早いな。正確な時間を測ったことはないからなんとも言えんけど。しかし連絡したものを探す時間もあるはず。おれも一応、午後の話し合いのあいだに更衣室に仕込めればいい程度に考えてたし)


 とはいえもはや過ぎたことだ。既に解決したことなので蒼詩は別にそこまで気にならないが、小晴には何やら気になることがあるらしい。


「思ったんだけど――、私のだったりしない?」


「……あれ、とは」


「下着」


「…………」


 マジか。


(可能性は、なくもないな。それに下着買ったんなら、あの人なら領収書の写真とか送ってきそうだし……家から直接学校に行ったとしたら、早いのも納得できる)


 しかし、そうなると――思わず、小晴の方に視線が向かう。


 たまたま、同じブランドのものを着ていたのか、それとも事情を察して適当に手近なものを選んだのか――いずれにしても。


(綿雨ちゃんには、キツかった……)


 小晴の体格は確かに華奢だし、スレンダーだが……。


 ――彼女には、自分に合うサイズのブラがないのです!


(ブーメラン)


 噴き出しそうになるのを堪える。

 それはそれとして――


(……綿雨ちゃん、着痩せするタイプなのかな……)


 いろいろと、考えてしまう。


「そうたんの指示?」


「なっ何を……馬鹿なっ」


 不意の質問に過剰反応。


「どうせ私の使うんなら、わたあめちゃんからサイズとか聞く必要なくない?」


「……いや、だから、おれの、指示、では、ない」


 少なくとも小晴の下着を使えとは言っていない。


 小晴に他意はないのだろう。純粋に疑問を追及しているだけだ。そんな顔をしている。まともに見ることは出来ないが。それにしても、こいつに恥じらいとかそういう概念はないのか。


「……お前はもうちょっと、こう……」


「何?」


「……なんでもない」


 言っても無駄だろう。まあ恥ずかしがられても対応に困るのだが。


(ともあれ、「これ」の処理に目途がつきそうで助かった……)


 本当にどうしようと思っていたから、これでだいぶ肩の荷が下りた。小晴の推理力も時には役立つものである。あとでこっそり洗濯物にでも混ぜよう――



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