6 弾・劾・裁・判 その2 カオス
――反撃開始だ。
まさか自分が人柱にされるとは思っていなかったが――教室の喧噪のなか、
「…………」
しぐれがこちらを見返す。相変わらずの人を見下しているかのようなシニカルな表情だが、こころなしかきょとんとしているようにも見える。しばし見つめ合う。
(……いや、気付けよ。……気付いてくださいお願いします)
頭を下げると、ようやく想いが通じたのかしぐれが口を開く。
「容疑者が絞られてきたところだが――ところで、お前たち、あれから現場の確認はしたのか?」
噴出しようとしていた蒼詩への批難は、その言葉でいっときだけ抑えられた。
「昼にひと悶着あったんだろう。なら、それで怖気づいた犯人が盗んだものを更衣室に戻したかもしれないな」
女子たちのあいだで困惑が広がるも、
(これで少しは、時間稼ぎに――)
「そういえば
「もし更衣室に下着が戻ってたとしたら、それってつまり、陽木の仕業だってことじゃねえの……?」
タイミングが悪かった――完全に、出遅れた。
所詮は浅知恵か。状況の不利を認識しつつも、蒼詩は反論を試みる。
「昼のことだったら……おれはあの後すぐ、しぐ先にアリバイ証言をお願いするために職員室に行ったんだ。それもしぐ先が証言してくれる……。なんだったら、生徒会の人間からも証言がとれるぞ」
……恐らく、だが。
ここで生徒会の名前を出すと先の疑惑が再燃する可能性もあったが、生徒会と繋がりがあると思われているならそれを利用するのも手だろう。
(……あのクレイジー恋に盲目ガールに借りをつくるのは躊躇われるけれども。しかし仮に証言が得られたとしても、教室から職員室への移動中に立ち寄ったと言われたら反論できない……)
うまく論点をずらすことが出来ないだろうか。
「そもそも……四時間目におれがいなかったとしても、更衣室に入るのは無理があるだろう。ノリと勢いと状況証拠だけで話を進めてるけど、実際問題、更衣室は『密室』だったんだ。それを――」
「それだけどよぉ……」
男子の一人が割って入る。
「陽木って、互助会じゃん? ――だから屋上の鍵も持ってこれた訳で――それなら、女子更衣室の鍵も入手できるんじゃねえの?」
「は? 待てよ、更衣室の鍵は
「スペアだよ、スペア」
「……!」
実際、各教室の鍵にはそれぞれ最低でも一つずつスペアが存在する。
屋上の鍵を蒼詩が持っていたにもかかわらず、
(くそう……これじゃ生徒会と繋がりがある風を醸し出したのが裏目に出る……。互助会と、生徒会。二つの肩書があれば確かに、男のおれが女子更衣室の鍵を入手することも可能……かどうかは分からないが、そういう風に印象を操作できる――)
真綿で首を絞められるようにじりじりと、追い詰められていくのを実感する。周囲の目が明らかに厳しいものに変わっている。
何か他に、無実であることを証明する方法は――
「そこまで言うんなら――持ち物検査でもなんでもしてみろよ!」
焦りから思わず口走って、
「……陽木、それは自殺行為だぞ」
しぐれの一言で、我に返った。
「そうだぜぇ、陽木……それこそお前、更衣室に戻してきたんじゃねえの?」
「ばっ、馬鹿言うなよ……! じゃあおれが昼に教室出て行った時、何か持ってたか!? 手ぶらだったろうが! 弁当だって食ってないんだぞこっちは……!」
自分で言っていて、気付いた。そうか、空腹だ。だからこんなに苛立っていて、短気になっているのだ。
(……落ち着け、感情に呑まれたらダメだ)
いや、むしろ、こうなったらもう冷静に思考を巡らせるよりも、いっそ感情に訴えた方が効果的かもしれない。だが自分まで感情的になってしまうと、かろうじて議論の体をとっていたこの状況が完全に崩れ去る。この先どんなに論理的なアリバイを展開しても、誰も聞く耳を持ってはくれないだろう。主張の強さがそのもの真実になれば、押し負けるのは目に見えている。
しかし、やることなすこと空回っているのも事実だ。
状況は最悪、コンディションも最悪。いつまで冷静でいられるか分からない。
ここまでくるとなんだか、誰かに嵌められているような気さえしてくる。実際信じていた男子たちに裏切られ、犯人に仕立てあげられようとしているのだが――
(……おれを犯人にしようとしてるヤツ――この状況を逆手にとって、疑いの目をそいつに向けられれば――)
一番怪しいのは男子のリーダー的存在である高葦いづみだ。他には――
「手ぶらで逃げたぁ……?」
さっきから攻撃的なヤツがいる。
「それじゃお前、あれなんじゃないのかぁ……? 穿いてたんじゃないのかぁ、盗んだ下着……!?」
「はぁあ……!?」
投げられたのは、爆弾。
これにはさすがに声を荒げそうになったが、その寸前で――
「うわ、ないわー……」
「陽木くんサイテー」
「キモっ……」
死にたくなった。
「陽木さ、お前ちょっと脱いでみろよ」
「この……っ」
ここまで攻撃的になる理由にまるで心当たりがないのが逆に腹立たしい。これが理由のない悪意というものか。あるいはただの悪ノリか。どちらでもいい。状況が最悪なことに変わりはない。
一人の声をきっかけに、様々な声が教室中に入り乱れていく。小晴が何か言おうとしていたが、目が合ったその時に首を振って黙らせた。今は、ダメだ。悪意が彼女に飛び火する。
脱げ、脱げ、というコールの中心を睨んだ。
(こいつ犯人だったら
怒りをバネに、なんとか状況を打開する――あの野郎を嵌めてやる手だてがないかと考える。
そうやって誤魔化さなければ――さすがに、心が折れそうだ。
「――そこまでだ」
ぱん、と。たった一回手を打っただけで、彼女は生徒たちを黙らせた。
「それ以上は行き過ぎだ。少し冷静になれ。……それと、女子。誰でもいいから更衣室を確認してこい。話はそれからだ」
そして――ちなみに陽木は穿いていなかったぞ、というよけいな一言が大いなる誤解を呼んだ。
■
しばらくして、女子更衣室の確認に行っていた
「で、どうだった」
「……あり、ました」
憂君の答えに、これまでとはまた違ったどよめきが教室内に湧きおこる。
「それなら――」
蒼詩は希望に顔を上げる。教室に戻ってきた憂君は困ったような顔をしていて、綿雨ちゃんはうなだれていた。ブレザーの内側が膨らんでいるのは、そこに盗まれた下着を隠しているのだろう。
「盗まれたものは戻ってきた。それで一件落着ってことで――」
しかし、
「でも、盗んだヤツがいるわけでしょー?」
「やっぱり犯人は特定しないと……」
「下着泥棒と同じ教室にいるとかムリ」
「このままじゃ無関係のオレたちまで白い目で見られるしさぁ……」
そうは問屋が卸さないとでも言うように、口々に意見が上がる。
(……同じ教室にいるのが無理? じゃあなんだってんだよ。犯人見つけたら学校から追放すんのかよ――)
ただ、それは一つの契機となった。
「そもそもさ、盗まれたっていうのが勘違いだったんじゃないか?」
なるべく冷静でいるよう心がけながら、蒼詩は訴える。
「見落としてたとか、誤解してたとか――そもそも、おれたち……おれのアリバイが怪しいから犯人扱いされてるけど、」
「あと鍵な」
「うっせ。……まったくの部外者の犯行って線もあるだろ」
「それはないよ」
――と、口を挟んできたのは、あろうことか一番味方であってほしい幼馴染みであった。
「更衣室は鍵がかかってたんだし、窓から入ろうにも、場所は二階。これまであった植木もなくなってるからそれなりの準備が必要だし――中庭だからね、梯子とか使ってる人がいたら目立つよ」
「それと、昼休みのあいだにあちこち聞いて回った結果、中庭にそうした不審人物を見かけた人はいない。代わりに、男子たちが作業していた目撃証言はとれた。……そもそも、中庭は校舎に囲まれてるから、部外者の侵入は難しいよね」
「……この……、」
思わずいつもの調子で文句を言いかけたが、小晴のお陰で一つ、アリバイが固まったのは事実だ。それをないがしろには出来ないし、
「じゃあ、他のクラスのヤツって可能性も、」
「そうたん……残念だけど、名前も挙がってない第三者が犯人っていうのは、まずありえないんだなぁ、これが」
「お前な……」
真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきた。机に両手をつき、うなだれる。崩れ落ちまいと必死に思考を働かせる中、普段と変わらない調子で話す小晴の声が届く。
「それからね、私ひとつ考えたんだけど――男子たちが授業に参加しなかったのは、彼らが女子更衣室を覗こうとしていたからなんじゃないか、て」
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