5 弾・劾・裁・判 その1 質疑応答
「さて、五時間目の授業だが――」
女子たちが声を上げる前に、担任・
「話は小耳に挟んだ。この時間は件の、更衣室で起こったという下着盗難事件の解決に当てよう」
小耳……。にわかにざわつく教室である。後ろの方の席に座る
「まずは女子、誰でもいいからことの詳細を報告しろ。話し合いは全員が正確に同じ情報を共有してから行う。順を追ってな」
しぐれには簡単にだが事情の説明はしたものの、第三者――というより、当事者たちの視点から情報を聞きたいのだろう。そういうところは教師らしく、公平性を重んじてくれるようだ。
(……そういえば、おれたちも詳しい状況は知らないんだよな。勢いに押されて……それも
改めて説明し再確認することで、また何か見えてくることがあるかもしれないし、思い出すこともあるだろう。説明の仕方や言葉のニュアンスの違い一つで印象はだいぶ変わるものだ。あやふやになることもあるかもしれないが、複数人から証言が得られれば情報の確度も増す。正確な情報は大事だ。
(場合によっては、おれたちがより追いつめられることになるかもしれないが――人事は尽くした)
あとはもう、なるようにしかならない。
さあ、開廷だ――
■
四時間目の授業が終わり、女子たちは校舎二階にある更衣室に入ったという。
「カギは」
「かかってました。
女子たちは体育で流した汗をぬぐいながら、それぞれ体操着から、ロッカーに収めていた制服に着替えようとした。
そんな中、過本
加えて、他のロッカーでも漁られたような跡が見つかり、女子たちのあいだで騒ぎになった。
「なくなっていたのは、雲居のものだけか?」
「はい……」
漁られてたのは勘違いかもしれない……。そんな声がちらほらと上がるが、男子の仕業だ、という批難の声にかき消される。
それらを片手で制止、しぐれは状況確認を続ける。
「上下か」
「上下です。……だよね?」
「……う、うん……」
憂君が確認をとると、綿雨ちゃんは小さくこくりと頷いた。
「女子って下着まで着替えるんすか」
と、男子の素朴な疑問。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というが、こんな状況でよくそんな質問が出来たものだと蒼詩は呆れてしまう。
「そうだな。別に全員がそうとは限らないが、授業前にスポーツブラに替えたりする。そうでなくても汗をかけば蒸れるし、肌着を着ていれば尚更だろう。ただ、まあ……上下か」
「……?」
上下――つまり、ブラジャーとパンツである。
(……「上」は分かるとして、「下」は我々と条件は同じ。確かに夏場なら着替えたくもなるが……。単純に替えを一式持ってきてただけなのか……。そうなると、綿雨ちゃんはいつも更衣室で「下」も着替えてるのか……)
思わず変な想像をしてしまい、雑念を振り払うように首を振る。
「で――盗まれたのは、授業前まで着ていた下着なのか、それとも新しく着替える予定の完全な『替え』なのか。どっちだ?」
「先生……それ関係ありますか?」
「あるんじゃないか、少なくとも犯人とっては。着用済みか、否か」
女子たちがざわつき始める。空気は男子たちを批難するムードになりつつあった。
(犯人をあぶりだすためか……? なんにしてもこっちがより不利に――というか、綿雨ちゃんもしかして今ノー……――では、ないか。着てるか)
ちなみに現在の綿雨ちゃんの格好は、周りが全員夏服の中、一人だけブレザーを着ている。
(衣替えの期間は一応今月中……つまり今日まで。まあ普通にちょっと暑くなってきたし、言われなくてもみんな自然と着替えている訳だが。……みんな先週ごろからちらほらと夏服に替えてて、ちょうど週明けの月曜の今日に、完全に衣替えしたって感じだな)
五月とはいえ肌寒く感じる日もあるし、衣替えのタイミングは個々人次第だ。昼に
「――ふむ。まあどちらでもいいか」
センシティブな話題だったからか、しぐれは綿雨ちゃんの返事を待たずに話題を切り替えた。
「それで……過本は、授業に欠席していた男子八名が更衣室に忍び込み、下着を盗んだと思った訳だ」
「ええ……まあ」
はっきりと答えないのは恐らく、憂君個人の考えという訳ではなく、事態が発覚した時その場にいた女子たちの総意だったからだろう。誰かが言い出し、そうだそうだということになった。憂君はそれを蒼詩たちに突きつけただけだ。
あるいは、もしかすると昼のやりとりを経て、憂君のなかで考えに変化が生じているのかもしれない。だとするなら、畳みかけるなら今だ。
「という訳で先生、授業中のおれたちのアリバイを証言してくれませんか?」
事実として蒼詩たち八人は昼休みまでのあいだ、中庭で作業に勤しんでいたのだから――
「確かにこいつらは私の指示で作業をしていた。中庭だったからな、他のクラスの連中も目撃しているはずだ」
窓際の席にいる蒼詩からも、窓の向こうに中庭が見下ろせる。先生ナイス、これでアリバイも強固なものに――
「ただ――私も常に目を光らせていた訳じゃない。他の目撃者にしてもそうだろう。全員がその場に確実にいた、とは言い切れないな」
「な……、」
「なにせ、思春期真っ盛りの男子と恋する女子というやつは、時に突拍子もないことを仕出かすからな」
予想外の裏切りに、蒼詩は言葉を失った。
(は、薄情者……! 鬼畜……!)
ざわめく教室。男子たちの抗議の声を鬼教師は薄ら笑いを浮かべて受け流す。
(……しかし、それもまた事実。公正だ。嘘は言ってない。この先生が真面目に監督してる訳がないんだし……当のおれたちだって、全員がずっと一緒にいたとはハッキリ言いきれない。確証はない……。でもそこはさぁ、融通きかしてくれたってさぁ、余計なことは黙っててくれよもう……!)
希望へと続く薄く伸びた蜘蛛の糸がぷっつりと切れ、地獄へと真っ逆さまに落ちて行く――そんな気分だ。
(でもな、おれたちは――少なくともおれはやってない。ずっと一緒にいたとは言い切れなくても、誰かひとりいなくなってたらさすがに気付くはず――だけど、このムードでそれを言っても、身内を庇ってるようにしか――)
すぐに失意から立ち直り、早くも反論の可能性を探る蒼詩だったが、
「そういえばー……」
と、
「途中、
「長いなぁとは思ったんだけど、うんこしてんのかなって――」
「!?」
一部の男子たちから上がった声に、蒼詩は思わず席を立つ。
「ちょっ、まっ、何言ってんの……!?」
「何って……事実を言ってるだけだよ」
「……陽木くん、しばらく姿が見えなかったよね? どこ……行ってたん、だろう、なぁ……?」
わざとらしいその物言いに、蒼詩はついカッとなりかけるのだが――口を開く直前に、廊下側の席に座る
どこか申し訳なさそうなその表情、何かを訴えるかのようなその視線――
(……まさか、おれを人柱に……? おれを生贄に捧げてことを丸く収めようと……)
恐ろしい想像に足から力が抜けそうになる。机に手をつき、なんとか座り込むのを堪えた。机の木目模様を目でなぞる。どうしてこうなった。なぜ自分が……。
(一番ヘイトを買ってたからか……? 生贄として都合が良かった?)
ぐるぐると目が回る。頭が真っ白になっている。しぐれの裏切りはまだなんとなく予想できたことだ。あの人が自分の思うとおりに動いてくれたことなんて一度もない。だけど、これは――あんまりだ。
「陽木くんさ、生徒会長にあのこと喋ったのもきみだよね……? 手柄をもって生徒会に返り咲くことが目的だったんだ!」
「人間のクズめ」
「幼馴染みに許嫁に、おまけに美人メイドだと……? リア充のクセにオレたちと一緒にいるなんておかしいと思ったんだ。内心じゃオレたちのこと馬鹿にしてたんだろ……!」
「人間のクズめ」
頭に入ってこない。
(先生に助けを求める――いや、ついさっき常に見張ってた訳じゃないって言ったばかりだ。おれだけは認知してたっていうのは不自然だろう。これに関してはもう、しぐ
どうする――顔を上げる。
(どうするもこうするも、既に人事は尽くした)
味方はいない。自分の身は自分で守るしかない。
そのための準備はもう、出来ている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます